◇ 寺沢憲重の10のラッキー名言 ◇      
:幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑っているから幸福になれるのだと言いたい。       
:笑いのあるところには活気もある。よく笑う人は不機嫌な顔をした人より長生きする。
:叶えるのが夢だけど、叶わなくても夢は夢さ、泣いて笑ってそれが人生、平凡がいい。
:人生いろ色あらァな、それを頑張って乗り越えたら喜びや楽しみが待ってるんやでぇ。
:人生に於いて全ての壁が、自分を高める壁だと前向きに思える人は壁を超えられる。
:ネガティブフィードバックの時こそ、得難い学びのチャンスそのものなのである。
:大切だと思うのは世に名を博した偉い人や大作家とはなるべく謦咳に接することである。
:たった百人の中の、私という自意識や誇りや自尊心や見栄や保身や奢りや愚かさの孤独。
:他人と比較するのは無意味だ理想の自分と比較せよ。何歳でも自分を変える努力をせよ。
:人生のターニングポイントの決断には。やり始める勇気とあきらめる勇気が必要である。 

2020年06月22日

宮本輝フアンクラブのテルニストのひとりが小説を書いた!。

 

 「手づくり本のご案内」

 「宮本輝フアンクラブ・テルニスト」の「てらけん」が小説を書いた!。

 小説を書くことにハマったキッカケは、今から約三年前でした!。

 宮本輝先生の大フアンであるという女性が青い屋根に来店した時に、

 「私、北日本文学賞に応募しているのよ、てらけんさんも挑戦して

 見たら、一次選考を通り、二次、三次、四次と選考を重ねて通り、

 もしも最終候補に残ったら……宮本輝先生に読んでもらえるのよ」

 と持ちかけられ「それは楽しみだなぁ」と思って応募してからでした。

 自伝的小説の「け!、くだらん」を書いていると書くことが面白くて、

 応募した作品数は長短編を合わせて20編以上になってしまいました!。

 作品が入選することは宝くじを当てるよりも難しいことが解りました!。

 コロナ禍でお店が暇なので小説をプリントして製本化したのです!。

 こちらをご覧ください。気が向いたら、ご購読をよろしくです!。(^^)/

 自分の書いた小説を製本化して販売しております!^^)。


posted by てらけん at 13:38| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2020年06月02日

「手づくり本」小説を書いて手作りの本を発売しています!。

 book3.jpg 

  こちらにご訪問の皆様こんにちは^^)/。

  ニュースではコロナと共存だなんて言ったりしていますが・・・、
 僕個人としてはコロナを撲滅させるか消滅させることを切に願っています。
 自粛要請が出てから、お客様の来ない店で、じっとしている時間をどう
 過ごそうかと考えていた時に、自分で書いた小説を自分で製本化し販売
 することを思いついたのです!。

  応募した時の原稿を単行本のように字数と行数と縦を指定して校正を
 やり直してからプリントアウトして、表紙画像も自分で作って、
 端を糊付けし右肩を糸で綴じると出来上がりです。
 本作りが楽しくて長編短編合わせて何冊か製本にしてホームページで
 紹介することができました。
 
  http://aoiyane.seesaa.net/article/474705713.html
 
 もしよろしかったら「手づくり本」のご購読をお願いします!。

 ➡ ご注文はこちらのコメント欄からお願いします!。

 HN:てらけん 本名:寺田憲治  筆名:寺沢 憲重

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posted by てらけん at 20:58| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2020年04月22日

大作家、好きな作家、本屋大賞、芥川賞、このワードに無縁の著作者からのお知らせ!。

 
  N+W+B+S By N.TERASAWA (Novel+write+Binding+Sale 寺沢憲重)

 自費出版はとても無理なので、著作者自身が手作りした製本を販売しております!。

 ▶︎コメント欄からご購入のお申し込みができます!。(個人情報は公開しません)

  お申し込み頂いてから、一冊一冊製本してお届けいたします!。

  店の電話かメールかFBのメッセでもお申し込み頂けます!。

 ▶︎手作りなので販売価格が少し高くつきますが、1200円以上の
  ご購入で送料はこちらで負担します!。


 👀👈この目をクリックしていただくと、書き出しを読むことができます!。


CIMG0266.JPG CIMG0197.JPG CIMG0204.JPG CIMG0298.JPG
  2000円 👀    2000円 👀     1000円 👀    1800円 👀
CIMG0201.JPG CIMG0198.JPG CIMG0203.JPG CIMG0205.JPG
  2000円 👀    2000円 👀     1800円 👀    1600円 👀
CIMG0206.JPG CIMG0207.JPG CIMG0209.JPG CIMG0208.JPG
  600円 👀     700円 👀      800円 👀     600円 👀
CIMG0215.JPG CIMG0268.JPG CIMG0212.JPG CIMG0265.JPG
  未完の非売品 👀   2000円 👀    600円 👀     700円 👀
CIMG0216.JPG CIMG0213.JPG たえなる十三話.JPG 半分.JPG
  1200円 👀    600円 👀      1800円 👀     600円 👀


あなたの本箱上.jpg あなたの本箱下.jpg
  2200円      2200円


 ▶︎ 短編をまとめた製本は手間が省かれますのでお買い得価格になります。

  三人のあきこ1000円。野良猫のサプライズ600円。はんぶんこ600円。
  驚異の人600円。この4作品を一冊にまとめた短編集「あなたの本箱(上)」
  ➡2800円分を2200円にて製本いたします。 

          本箱の上の見本.jpg 本箱の裏表紙.jpg
   

  石動山の朝の光800円。騙すような人じゃない700円。歌碑のある小さな島700円。
  暇もまたいい600円。この4作品を一冊にまとめた短編集「あなたの本箱(下)」
  ➡2800円分を2200円にて製本いたします。

          本箱の下の見本.jpg 本箱の裏表紙.jpg  


 *手作り中に接着剤が付着して、取れてないところも御座いますがご容赦を、、。

 小さな喫茶店『青い屋根』は新伊丹駅西改札口を出てバラ公園の右側の道をまっすぐ5分です!。

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posted by てらけん at 14:12| Comment(4) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2020年04月13日

コロナウイルスの感染やクラスターの心配がないと思う!。


 コロナウイルスの感染やクラスターの心配がないと思う!。

 なぜならば、お客様が来ない暇な店だから・・・です。

 で、ここ二、三日は書きためた短編小説をプリントアウトして、

 お手製の小説本を作っていました!。

 

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 作品数が多く、構想を文章に落とし込んでいく構成力は十分にある。

 短編集としてまとめていく方向もありだろう。

 読み応えのある佳品に仕上がっていると思います。

 どの作品も共通しているのは、テンポがあって、

 読みやすくて、読後感がとてもいいです。

 などといった講評をいただいております!^^)。

 「読んでやってもええでぇ」というご購読をお待ちしております!。







 
posted by てらけん at 07:25| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2020年04月07日

「言葉は心の栄養剤」「てらけんのおぼえ書き」短文・詩・ことわざ 


     「言の葉の宿帳」  「寺沢 憲重」

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    「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉(ことのは)とぞなれりける。
      世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思ふことを、
     見るもの聞くものにつけて、言ひ出だせるなり」 (古今和歌集より)


     「寝つきうた」

    今日の無事に感謝して
    明日の楽しみ夢に見て
    お休みお休みまた明日
    ねんねこねんねこねんねこなぁ

      海じゃ魚が眠ってる
      山じゃ鳥も眠ってる
      お休みお休みまた明日
      ねんねこねんねこねんねこなぁ

        明日の天気は晴れだろか
        明日はどんな日じゃろか
        お休みお休みまた明日
        ねんねこねんねこねんねこなぁ


     『過ぎ去った 時の中に』
  
     過ぎ去った時の中に
     大切な人がいるかい
     誰でも人を愛して 
     憂いに満ちた時がある
      時は流れ失した愛の 
      数だけ心くるおしく
      失した数だけ夢を見る 
      愛した数だけ切ない

     過ぎ去った時の中に 
     懐かしい友がいるかい
     誰でも友と出会って 
     憧れ抱いた時がある
      夢を求め歩いた道の 
      数だけ人は彷徨い
      求めた数だけ雄々しく 
      夢見た数だけときめく

     過ぎ去った時の中に 
     素晴らしい出会いがあるかい
     誰でも人と触れ合い 
     楽しく歌った時がある
      どんな時も一人じゃないさ 
      いつも笑顔絶やさずに
      はしゃいだ数だけ嬉しい
      笑った数だけ楽しい

     過ぎ去った時の中に 
     辛かったこともあるさ
     人は誰でも悲しい 
     それでも輝く時がある
      過去を背負い今に生きて 
      自分を信じて歩こうよ
      いつか叶う時が来る 
      いつか輝く時が来る



     「ひとり言の覚え書き」@

    あのころは良かった。
    あのころは楽しかった。
    あのころは幸せだった。

     いくつもの夢を見た。
     いくつもの夢が消えた。
     いくつもの夢が叶った。

      この先に希望がある。
      この先に理想がある。
      この先に喜びがある。


     「ひとり言の覚え書き」A

     最高の人生は過去にあるのではない。
     最高の人生は未来へと続いている。
     人生の最終まで希望と理想を持ち続け。
     ワクワクしながら生きて行きましょう。


     「ひとり言の覚え書き」B

     幸せは 横に広まるの
     幸せは 縦に伸びるの
     幸せは どんな色なの
     幸せは 心のなかなの
     幸せは どこにあるの

 
     「ひとり言の覚え書き」C

     夢は覚めて夢と知り
     愛は別れて愛と知り
     時は過ぎて時と知り
     友は離れて友と知り
     金は不足で金と知り

     親は小言で親と知り
     体は病んで体と知り
     真は時経て真と知り
     幸は辛酸で幸と知り
     死は無言で死と知り


     「いのち」

     地震が起き大津波が来た
     家々が消え犠牲者が出た
     助かったお母さんが
     赤ちゃんを産んだ
     そして二十五年が過ぎた
     その子が母親になった
     

    「ひとり言の覚え書き」D

    ひとときも同じ時間はないんだよ
    たったいま過ぎた時間は戻らない


       『誰かに……』

     誰かに楽しかったよ、嬉しかったよといいたい…
     誰かにありがとうと、感謝のことばをいいたい…
     誰かに愛しているよ、元気でいてねといいたい…
     誰かに泣いていても、良くならないといいたい…
     誰かに生きていれば、良い事あるよといいたい…
     誰かに物事を簡単に、諦めないでねといいたい… 
     誰かに自分の気持に、負けないでねといいたい…
     誰かに成したい事を、続けるんだよといいたい…
     誰かに運を頼らずに、自分でつかめといいたい…
     いいたい誰かとは、僕のことなのかも知れない…


      「なーちゃぱてぃーす」造語

     お疲れさま・ご苦労さま・どうもまたね・どうもでした
     また会いましょう・ではさようなら・ありがとうなどを
     全てモーラした(含んだ)超便利な言葉です!!!^^)。
     「ナーチャパティース」と言ってみよう!!! ^^)))。


       『あなたの……お守りに、縁起のいい四字熟語』

     『開運招福』『夫婦和合』『屋敷平穏』『地鎮守護』『難局打開』
     『交通安全』『子孫繁栄』『商売繁盛』『病気平癒』『家宝豊満』
     『福徳円満』『必勝成功』『水難消滅』『神恩報賽』『昇運来福』
     『成績向上』『子育順調』『足腰健康』『一家和合』『災禍撃退』
     『富貴繁栄』『良縁成就』『前途洋々』『金銀融通』『除災招福』
     『安産成就』『学業成就』『旅行安全』『家相開運』『合格成就』
     『安心立命』『邪気退散』『心願成就』『家内安全』『学問成就』
     『開運厄除』『無病息災』『大願成就』『良縁成就』『恋愛成就』


       『川』

      通いなれたる橋の上
      陽が射して青空写し
      輝く水面と流れる水
      しばし眺め秋惜しむ


       「ひとり言の覚え書き」E

     どんな苦労も努力をすれば必ず報われると人は言う。
     苦労がいつまでも報われないのは努力不足だと言う。
     無駄な努力は本当の努力と言えないのだと人は言う。

     壁というのは超えられる人にしかやってこないと言う。
     壁は試練だそれを超えてこそ大きくなれると人は言う。
     壁にぶつかったらこれはチャンスだと思えと人は言う。

     悩み事はどうしようって一人で抱え込むなと人は言う。
     悩み事を誰かに聞いてもらうことで乗り越えましょう。
     人生に無駄は無い生かすも殺すも自分次第と人は言う。


       「ひとり言の覚え書き」F

     今夜の満月は。自分の信じる道を後押ししてくれるでしょう。
     あなたが心から納得できる道であればその道を貫いて構いません。
     一番大切なのは、あなたの心がどう感じているか、あなた自身が
     その道を進むことに納得しているかどうかが大切なのです。


        『雪割草』

     悲しくて俯いていたんじゃないんだよ
     しょんぼりしてたわけじゃないんだよ
     チョットだけ考えごとをしていたんだ

      そしたら、健気に咲いている君と出会った
      早春のまだ冷たい風に身を震わせながら
      咲いている君が土の中の妖精に見えたんだ

       君は母が教えてくれた雪割草って花だよね
       君は厳しい冬に耐えようやく咲いたんだね
       君に教えられたことを僕は忘れないからね

        どんな時でも君を思って乗り越えて行くよ
        来年も再来年も、ずっとずっとこの場所へ
        可憐な君に逢いに来るからね、きっときっと



        「わたしは私」

        わたしは、私が嫌いなの
        わたしは、私が分からない
        わたしは、私のことが好き
        わたしは、私のままでいい
        わたしは、私が大事なの
        わたしは、私が支えるの
        わたしは、私を信じるの
        わたしは、私を演じるの
        わたしは、私を守りたい
        わたしは、私を続けたい
        わたしは、私を愛したい


         「様々な天才」

         苦しみ喘いで絵を描く人
         好きで楽しく絵を描く人
         生きるために絵を描く人
         世に秀でた人も色々です。

 
       「ひとり言の覚え書き」G
       
    「必要に駆られて何かを得ようとすることを勉強というのは確かだ」

       
       「ひとり言の覚え書き」H

    「どんなに明るく照らされていようとも必ず暗い影がある。
     その暗い影があるから立っていられるのだ。
     寝てしまったら支えていた暗い影も無くなる。」



        「慈愛の木」

       丘に一本の木があった 花を咲かせ実が生った
       慈愛の木と名付けられ 木の下に人々が集まり
       至福の時間を過ごした それから十年が過ぎて
       人々は訪れなくなった 木は変わってないのに
       人々が変ってしまった 木は天地の恵みを受け
       今も慈愛に満ちている 今も変らず生きている



       「ひとり言の覚え書き」I

      夢中に燃えた恋愛も時が過ぎれば、
      恋愛の形は自然と変わって来る。
      それは恋愛とは違う愛しいという
      たった一文字の愛の形になる。
      相手の気持ちを直接聞かなくても
      分かり合えるようになったときに
      本当の意味で相思相愛と言える。



       「人生はんぶんこ」

       楽しみ喜こび半分こ
       苦しみ悲しみ半分こ
       怒りも不満も半分こ
       愛し合うのも半分こ
       おもいやりも半分こ
       人生なんでも半分こ


      
      「ひとり言の覚え書き」(11)

       気持ちには気持で返そう
       心には心で返そう
       愛には愛で返そう
       笑顔には笑顔で返そう
       思いやりを忘れずに…



     昔からあることわざに、ツッコミ返しをしてみました。

       「笑う門(かど)には福来たる」
       (笑っていたら怒られた、、^^)

       「起きて半畳 寝て一畳 天下奪っても二合半」
       (二合半もめし食えるかぁ〜^^)

       「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」
       (知るも足るもキリがない^^)

       「大賢は愚なるが如し」
       (ほんまに賢い人は愚かに見えない^^)

       「鵜の真似をする烏(カラス)」
       (同じ黒というだけやないか^^)

       「阿呆の考えつくことは阿呆らしい」
       (↑これぼくが作った自虐的ことわざ^^)


       「ひとり言の覚え書き」(12)

        尾も白ければ顔も白い
        それは犬のことじゃろか
        いやいや違う猫なんじゃ

        尾も黒ければ顔も黒い
        うちの犬の腹は白い
        うちの猫の腹は黒い



        【人間】

        人間はつねに何かを求めている。
        人間はつねに何かで迷っている。
        人間はつねに本質は何を考えている。
        人間はつねに不幸を繰り返している。
        人間はつねに自分を良く見せたがる。


         「ひとり言の覚え書き」(13)

         どうにもならないことを考えないで、
        今をどうしようか? 今、何をしようか? 
        を考えるのよ、頑張らなくていいのよ、
        やりたいことに関しては少し無理をしてでもやるのよ、
        努力とかじゃ無くて、何もしない、何もできないじゃ、
        生きている意味がないじゃない。


         「超短編小説(Super short story)」

         あっちこっちでいい香りを漂わせていた金木犀の小さな
        花がすっかり地面に落ちてしまったころの肌寒い朝。
        天気予報で気温が10℃以下になると暖房の目安だと言った!。
       「そう言えば昨日、かきねのかきねのまがりかど〜が走ってたわ」
       「何よ? それ???」
       「灯油を売りに来るタンクローリーよ」
       「そっか!、ははははは〜(笑える^^)」
       「灯油巡回販売サービス車だね」
       「さざんかさざんか咲いた道・・も聞こえてたわ」
       「灯油販売車から流れる他の歌は?」
       「たき火だたき火だ・・・もあるわよ」
       「それって、みんな同じ童謡の焚き火だよ」
       「そっか!、雪やこんこん、あられやこんこん……だったわ(笑)」


         「超短編小説(Super short story)」

        結婚して50年経った仲の良いご夫婦。
      「お前は女を忘れたんじゃないだろうね」
      「どっちだったか? 忘れたわ」
      「えっ! どっちだったかも分からないの」
      「そうよ・・・・・・」
      「寝ている時は女に見えるけどなぁ」
      「それは勘違いかあなたの妄想よ」
       夫はこの極上の孤独こそが人生だと知った!。


        歌詞「北山時雨」

       山は赤く燃えているのに、二人の恋は燃え尽きたのか、
       清き流れの鴨川に、京都の夜の思い出を涙とともに流します。
       鳴いて誰呼ぶユリカモメ、頬に冷たい、あ〜あああ〜北山時雨

       わたし今も覚えているわ、抱かれた夜の貴方の温もり
       愛されたいと願いつつ、京都の夜の思い出を重ね合わせて胸の奥
       そっと閉まった、あ〜あああ〜北山時雨
       浮世の定め、あ〜あああ〜北山時雨

       今日も一人古き都を尋ぬれば、歴史を語る・・・・・・・・・・・・(未完成)




       「ひとり言の覚え書き」(14)

      何となく見ると凡庸そうな人だが、
       実はよく見ると凡庸では出来ない
       ことをこなしている人がいる。


        「ひとり言の覚え書き」(15)
 
        【言葉は心の栄養剤】
       ・あまり人生を重く見ず楽観視せよ。
       ・人生は重いか?軽いか?重いよりも軽いほうがいい。
       ・人生を軽くするのも自分次第、重いなら軽くしよう。
       ・人生行路は愉快な心で歩むべきである。
       ・時には憂いや恐れが生じるのが人生だが、それは新しい
        ことに挑戦する転機なのだ!。


        「ことわざ」

       カラダの栄養素は食事で摂る
       ココロの栄養素は言葉で摂る


        「ことわざ」

       批判し小言を言いたがる人ほど
       さも分かったようなことを言い
       自分が傷つくことを恐れる余り
       自分のポジションを上げたがる


       「ひとり言の覚え書き」(16)

       友達だと言っていた人も友達ではなくなり
       友達だと思っていた人も友達ではなくなり
       旧友とか知友だった人も今では居なくなり
       親友と呼べる人は周りに一人も居なくなり
       男女問わず信頼できる信友は居るだろうか
       懐かしい幼馴染や級友は何人いるだろうか
       相手が都合のいい時だけ友達なのだろうか
       友達の定義が解らない僕はソリタリーかも


        今朝の一言より。

       人を好きになるのに時間が要るが
       嫌いになるのには時間は要らない
       ストレスの大半は人間関係である。

        今朝の一言より。

      人生の転換期には想像もしないことが起こる。
      ネガティブな事も転換期のプロローグである。
      苦言こそが人生のターニングポイントである。

       今朝の一言より。

     人は皆、健康で悩み、お金で悩み、仕事で悩み、
     人間関係で悩み、老いに悩む、この5つだという。



       早朝に浮かんだポエム 『宇宙からの響き』

       宇宙には何百何千何万もの聞こえない音が響いている。
      音は聞こえないが宇宙には音楽の原点が潜んでいる。
      先人たちは、空を見て、太陽を見て、月を見て、星を見て、
      海に山に川に、大地と草木と生きとし生けるも、そして風、
      地球という惑星から幾千幾万もの限りない数の音楽が生まれ、
      手を叩き足を鳴らし指を鳴らし、木を叩き竹を叩き皮を叩き、
      やがて、人類の英知と技能で多種多様の楽器を創り演奏し、
      人類は地球上のありとあらゆる場所で音楽とともに生きて来た。

       目にした情景から、心の動きから、暮らしから、宇宙からの
      光のように響きのように、一瞬のひらめきを感受し詩が生まれ
      ゲーテのように、歌曲や交響詩が生まれ、詩が音楽を作り、
      古代から紀元前から、狩りを喜び、豊作を祝い、祭りのとき
      儀式のとき、音楽を奏で楽しんできた。

       人類は音楽によって感動を覚え、音楽によって癒され、音楽
      によって影響を受け、心を動かされてきた。
      音楽と人類の関係は深く、太古の昔から続く人類の営みである。
      聴こえてはいない宇宙からの響きに耳を傾け、音は楽しむ
      ものである音楽の原点に立ち返ろうではないか・・・。


     読んだ方から、過分な褒め言葉を頂戴しましたの載せました!。

     『宇宙からの響き』

     一つのことを三段階に分かれた内容を詩として描かれていますね。
     宇宙界から人類界に、そして現代へと・・・。
     これは完成されたW音楽賛歌Wです。
     これは音楽の神に捧げし一篇のW戯曲Wです。
     音楽への「栄光」と「尊厳」、そして「感謝」。
     このまま三幕の舞台表現ができます。

      とても良い詩で嬉しく拝読させて頂きました。
     のっちゃんよりけんちゃんへ


      2017年5月11日(木曜日)(5/11)は、蠍座の満月。

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      さそり座の満月は。自分の信じる道を後押ししてくれるでしょう。
      あなたが心から納得できる道であればその道を貫いて構いません。
      一番大切なのは、あなたの心がどう感じているか、あなた自身が
      その道を進むことに納得しているかどうかが大切なのです。


      【つぶやき】 その一

      人間は時として、いや往々にして
      他人に対して口うるさい人間ほど
      自分は正しい常識人であると思い
      分かったようなことを書きたがる

      
      【つぶやき】 その二

      私はソリテュード(積極的孤独)を旨とし、孤高の人でありたい。 



      『今朝の詩』

      大海を憧れとすると、川の流れには源流があり
      この小さな川にいくつもの支流が交わりやがて
      本流となり大河となって憧れの海にたどり着く
      憧れの大海の中に混じり合うことが叶うと源流
      のあった森林のことを忘れてしまうものである
      こういう身勝手な人間にはなりたくないと思う。


      【本質は変わらない】  

      「人」の本質とは、考えるところの精神である。考える精神を
      持っていれば、それで「人」である。
      古代から人間の基本的な営みや、人の心を動かす欲望や嫉妬、
      羨望や打算、妬みやっかみ、人の良し悪しに好き嫌い、集団と
      個人との接し方や交流といった問題は、今も昔も何ら変わって
      いないことに気づかなければならない。
      人生を送る上で「人」の強さと弱さ、楽しさと悲しさ、信頼と
      裏切り、仲間と孤独、といった「人」の表と裏の二極が見え隠
      れしているのである。本質は見えないところにあると言う。





     



posted by てらけん at 09:39| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2020年02月06日

てらけんこと寺沢憲重の小説の講評!。


      幻冬社から戴いた講評

  画像になっておりますので二度のクリックでオリジナルサイズになり読みやすくなります。

  スクリーンショット 2020-01-30 9.33.58.png


      文芸社から戴いた講評

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      講評の内容が腑に落ち、とても参考になりました!。





posted by てらけん at 09:41| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2020年01月07日

てらけんのシンプルゴルフP13!。


  「この動きを真似ろ」

  ゴルフスイングを難しく考えて欲しくないので、

  解りやすい解説と動画をアップしています。

  動画の解説と動きを理解して練習に取り入れて下さい!^^)。

  てらけんのシンプルゴルフP12ではなくてP13でした!。

  

posted by てらけん at 11:46| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年11月29日

てらけんが書いた小説を読んでみてください!。

  
     2019 

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     人は抗うことのできない運命という流れに翻弄され、

    否応なしに生き方を変遷していくものなのであろうか……?

   コチラ➡ http://aoiyane.seesaa.net/article/474705713.html?1590136816


posted by てらけん at 18:12| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年11月27日

てらけんこと「寺沢憲重」の短編小説!『歌碑のある小さな島』


 偶然にも!、読売新聞に七尾市の「机島」の紹介記事が・・・!。

  てらけんが書いた短編小説と重なりご縁を感じました!。

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   画像をクリックすると拡大し読みやすくなります。



 『歌碑のある小さな島』を読んで解説と感想文。 
 
 先ず小説の書き出しがとても素敵ですね。
主役の彼女の登場で先の展開が読み手にわくわくさせます。
二人の愛の行方が気になり、もう読む人の心を摑んでいます。
平成から新たな時代の幕開きの元号「令和」を切り口にして物語って
いくなど憎いですね。

 さて、ご承知のとおり万葉集と旧中島町との縁起は大伴家持が巡行で
香島津(かしまつ・七尾港)から船で熊来(くまき・旧中島町)にこられ
たことであります。

 また、歌碑と言えば実際に詠まれた場所に建立されることが最も
重要である。世の文学青年らがそこに立って、その歌を通して歌人と
対峙し思いに馳せる。それに反して、そうでない場所での建立。
二つの実感の違いはいかがなものか。想像しなくても明白であろう。
推して知るべしである。と遠藤周作は言っています。いい得て妙であります。

それに小説に登場する薬師寺の元管主・高田好胤師は次のお言葉が
あります。
・「親が子をつくるのでなしに子が親をつくる」
  子によって親にさせていただいている我が身かな。
・「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心、
  広い心、もっともっと広い心」
 どれも、私の座右の銘であります。

また机島ですが私も想いでの多き島です。
川で育つたわが少年時代の海水浴と言えば机島でありました。
親父の勤務先での夏期職員家族親睦行事は机島の海水浴が定例です。
初めての海は透きとおっていて怖かった事を想いおこしております。
当時、シーズン中には売店が設けてあったように記憶してます。
潮が引くと隣の種子島まで歩いて行けたことを薄っすらと覚えています。

北陸新幹線の中でのお弁当を愉しむ二人。和倉温泉の旅館「加賀屋」
までの旅路がまるで楽しく読み手をハッピーにしてしまう。
全体をとおして言える事だが情景が手に取れるようで、
まるで映画を観ているように脳裏に映る。

 地元では昔から忘年会など何かに付け加賀屋を利用するのがごく自然で
した。古き良き時代に和倉温泉駅のホームまで仲居さんがお見送りして下
さる。今でも半端でないおもてなしの“加賀屋の流儀"には頭が下がります。
ある忘年会の日でした。ふとお風呂場に置かれた何の変哲も無いごく普通の
ゴミ箱を見て驚きました。そこには筆で「ごみ箱でございます」と書かれて
あったのです。加賀屋の心が隅々まで行き渡っている。日本一に納得です。

 和倉から能登島に架かる能登島大橋の曲線美は浴衣の帯の曲線をモチーフに
したとか。ロマンのある話ですね。
 レンタカーで走ったコースは偶然にも「能登和倉万葉の里マラソン」のコー
スです。それとは別に熊木川周回コースの「なかじま万葉の里マラソン」が
あります。どれも万葉集の歌人大伴家持を讃え偲ぶマラソンです。

いよいよ目的の机島に上陸。島での予期せぬドラマの展開が実に面白く想像を
掻き立てる。ここにこそこの小説のタイトルの真髄を垣間見る。

「能登石伝説」怖いですね。石には昔から神霊が宿ると言いますから。
私はこのような伝説、初めて知りました。

「知られざる郷土の偉人」の本製作。高野さんの夢が叶うといいですね。
また、西仙関先生の家持探求の情熱には尋常ならんものがあります。
名著「シュリーマンの古代への情熱」に匹敵します。
なお、「長谷川等伯」については「狩野永徳」と対比しての考察が面白く
お薦めしたい。

現在、NHKの大河ドラマに五輪の前畑秀子さんが登場しています。
それに輪島の山中選手のことなど、作者による来年の東京オリンピックを
意識してのことからか。そうでなしにこれも偶然であろう。

机島と種子島の壮大な”アウトドアレジャーの夢ランド”計画。
そこでのサンセットライブなどはバリ島に居るようであろう。
テント村や流行のテントサウナー。サウナーの後はそのまま海に。
また、家持にちなんでの短歌大会。カヌーや昔の丸木舟の貸し出しなど。
アイディアが沸き上がって止まらない。

高野さんは遠い目を東に向け語りだした。
その語りがなんとも言いがたくつい聞き入ってしまう。
いよいよ当小説のクランクアップか。

この小説は「令和」をきっかけに「万葉の旅」と二人の「ラブストーリ」
が織りなす。まさに”万葉恋歌”ですね。
"能登はやさしや土までも"と結ぶ「完」はさすがです。

 <終わり>


 野中信嗣様の感想文を添えて頂き誠にありがとうございました!。





posted by てらけん at 09:17| Comment(6) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年11月20日

てらけんのメールに届いた。小説『けっ!くだらん』を読み終えて…。

 
 小説『けっ!くだらん』を読み終えて


 感想文、〜小説『けっ!くだらん』を読み終えて〜をお届けさせていただきます。

  小説『けっ!くだらん』を読み終えて

 誠に読み応えのある小説です。
 持病のめまいのため読み終えるのに三日もかかりましたが、
 不思議なことに読み終えた後、気持ちが爽やかになりました。

 読了日が令和元年11月11日。
 当小説の183p、「最後に」の日付が平成29年11月11日でした。
 「けっ!くだらん」ようですが、どちらも同じ日付に不思議な「縁」を感じております。

  第一章 『青』

 ふるさとの母なる我が"熊木川"。童謡・唱歌「ふるさと」の歌詞そのものですね。
 幼い頃の夏休みのおもな遊びは川遊びでした。当時、男の子は水泳パンツなど珍しく
 殆ど“黒猫ふんどし”。
 小説に描かれた内容はどれもこれも身に覚えのあるものばかりです。
 私は鮎釣りが得意でした。毛ばりにはそれぞれ名前がついています。
 水の色と時間によって針を替え、川辺の淀みに釣るのが秘訣です。
 それに、お袋のレシピだが、鮎は焼いて酢味噌に付けて食べるのが一番美味しい。
 誰が言った言葉か忘れたが、「味の記憶は永遠である」と言う。

 かつての"熊木川"は清流で多様な魚類や生物が棲む宝庫であり、子どもたちが生きた
 自然に触れる貴重な川でありました。
 なお、旧中島町の象徴として指定された<鳥>は"熊木川"に棲む「カワセミ」ですし、
 ちなみに<花>は「ササユリ」であります。
 現在のその川は水害対策の護岸工事が原因で昔の面影がなくなりました。
 「カワセミ」の姿もなかなか見られない状況です。
 トンボや蛍が飛び交うかつての姿は今どこに行ってしまったのでしょうか。
 ドブ川であろうが清流であろうがどの川も必ずその源流の一滴がある。
 それをたどり尋ねればおのずと答えがそこにあります。

  なお、昔の清流を取り戻し、保存するには川の生態系を破壊しないことです。
 まず、微生物が清流をつくる。そこでは植物プランクトンが育ちます。水生昆虫などを
 魚類が食べ、野生動植物へと命を繋ぐ。
 それに、土手をコンクリートで吹き付けるなどの工法は川の命を奪います。
 川は息をしており生命体そのものなんです。
 その生命体は他の生命にも恩恵を与え「永遠の命のリレー」を織り成して循環している。
 自然の摂理であります。
 それは自然界のいろいろな生き物たちが織り成す生態系の法則であります。

  私は現在の河川土木工事はどのようになっているのかと、調べてみました。すると、
 『多自然川づくり』と言う概念が確立されていました。
 国土交通省による『多自然川づくり』とは“自然環境の喪失を懸念する住民から、
 各種開発の差し止め請求が起こるようになり河川も例外ではなく、ダムやコンクリート
 護岸も問題視されるようになったことを踏まえ1993年(平成5年)に成立した環境基本法では、
 公害対策基本法で規定されていた生活環境の保護に加えて、環境の保全が規定されている。
  そして1997年(平成9年)には、河川法も改正され、従来までの「治水」、「利水」に加え、
 「河川環境の整備と保全」が盛り込まれた。
 『多自然川づくり』に基づいた河川改修では、極力、改修前の自然環境のしくみを維持する
 ことを意識している。そのため、施工箇所に存在する植物や木、石などの素材を利用したり、
 自然の生み出す流速や川幅、水深、植生の変化等を残したりするよう努めていてコンクリート
 護岸による直線水路ではなく、河川の自然環境を活かした、水際の変化に富んだ河川構造と
 なっている。
  また、河川全体の自然の営みを視野に入れ、地域の暮らしや歴史・文化との調和にも配慮
 することが重要となるとなっている。(”国立環境研究所ホームページより引用。)

 熊木川の護岸工事はいつ頃行われたか存ぜぬが河川法が改正されてからであればときっと
 違っていたかも知れぬ。

  第二章 『赤』

  羽咋市滝町の別荘界隈では今、赤とんぼの乱舞の季節。複数の種類が飛び交っています。
 興味を持ってネットで調べて見るとなんと種類の多いことか。
 なお、去年ここでオニヤンマを見た。また、少年時代に故郷でみたギンヤンマはそれ以来、
 出会っていない。
 オニヤンマは同じところを往復して飛ぶので大きなタモがあれば比較的に捕りやすい。
 また、故郷ですっかり見ることのできないシオカラトンボをこで見ることができて喜んでいる。
 なお、将来、庭に小さなWビオトープWを設けたいと思っている。楽しいことになると思う。

  第三章 『黒』

  基本的に、シマミミズが釣り餌に良い。特にフナ釣りには当ミミズである。
 ナマズは大きい泥ミミズでハエナワ漁である。
 そして、鯉はふかしたジャガイモをタンゴ状にして釣る。
 また、干潮になるとススキやサヨリが遡上してくる。
 夜、懐中電灯の光で集まる浅瀬の鮎をタモですくう。
 当時誰もやっていない捕り方だと自負している。
  ある日、石亀を捕まえたら、お袋がお酒を飲まして逃がしてあげなさいと言われ川に帰した。
 それに、フナが目当てなのにキンチョウ(ゴリ)やへチャ(タナゴ)がよく釣れた。
 直ぐにそれを川に放す。
 ボラを投網で捕る人もいた。モガニを竹で編んだザルに餌を付けて捕る名人もいた。
 また。春に遡上するイサザは金網と竹でできた舟形網を浅瀬に沈めて静かに待つ。

 なお、私は海から遡上する鮎とイサザしか食べなかった。

  第四章 『橙』

  親父の先祖が釶打の古江です。今W古江焼きWと言う焼き物を時々目にします。
 これは七尾の地域資源であるケイソウ土を、花器・植木鉢に加工し、中島地区古江の
 特産品「古江焼き」として市の育成支援を受けています。
  また、定かではありませんが、西谷啓治(”日本の哲学者。京都学派に属する。
 京都大学文学部名誉教授、文化功労者。(” ウィキペディアより引用。)の姓の西谷は
 西谷内から来ているとか、何かの本で読んだ気がするのだが思い出せません。

 ご先祖さんが西谷内の出身なのか、著名な方なので調べてみるのも面白いかも知れませんね。
 なお、霊水「座主の水」の近くで当水を使った蕎麦屋がありました。
 随分昔に一度寄りましたが今はどうなっているかわかりません。
 流行っているといいのですが。

  第五章 『茶』  第六章 『緑』

  加賀先生の『私の人生抄』を読んでみたいものです。と、思ってネット検索した
 ところ出て来ました。なんと、けんちゃんのブログの中でした。
  読んで感動いたしました。ここではその感想等を述べさせていただきます。
 その前に、先生の書の冒頭に出てくる「貧富禍福一如」のW一如¨で紹介させていた
 だきたい話があります。それは、あるお坊さんのお通夜でのお話であります。

 「生死一如」とは、生も死も離れていません。紙の「表裏」の関係です。"表裏一体”です。
 「裏」である嫌いな「死」を無くすように削って、削っていたら「表」の「生」が
 台無しになったと言う面白い話です。「言い得て妙」ですね。

  また、数え年と言うのは仏法の教えからきており元々の意味は生まれた時に一つの
 「命をいただく」のでそこを一歳とする。
 そして、一月一日に新たに「命ををいたく」それで数え二歳となる。
 この話よって、これは時の流れの時間ではなく「いただく命」のことであったかと、
 気づかされました。
 私達はそのように「命をいただいき」ながら「生かさせてもらっている」のです。
 他力ですね。

  (一) 貧苦の妙薬に生かされて

  先生は信仰深く慈悲に満ち溢れた母の影響があって、生活の中に仏法が生きていたのですね。
 偉大な方の伝記を読むと最後の結びには必ずと言っていい、母の事が書かれています。
 いかに人は母の影響が大きいか、物語っています。

 「十億の人に十億の母あらむも 我が母にまさる母ありなむや」
 ”宗教家・哲学者の暁鳥敏(あけがらす・はや、1877−1954)の歌である。
 彼の母親が亡くなったときに作られた『母を憶う歌』370首のうちの1つであります。
 現代語訳:世の中のすべての人には母親がいる(いた)。しかし、自分の母親よりも素晴らしく、
 そして尊く有り難い存在は、この世のどこを探してもいない。となります。
  この歌の凄いところは、自らのことを語っていながら、十億人のすべての人に該当して
 しまうことであります。「うちの母親は世界一だ」「いや、うちの母親のほうが上だ」と
 いったランキング争いではありません。(”犯罪被害者の法哲学のブログより引用。)

  そうなんです。皆さん一人一人もこの歌のように、そうですよ。と歌っているのです。
 そして、彼は母の死に接し何ヶ月も泣いていたそうです。
 ついでに、もう一つ暁鳥敏の歌を紹介しましよう。
 「とにかくに われに尊き われを産みし母なりければ われにいみじき」「いみじき」とは
 善と悪に対してもいうことばですが、この場合は「素晴らしい」「最高だ」という意味です。

   母という字を書いてごらんなさい
   母という字を書いてごらんなさい
   やさしいように見えてむずかしい字です
   格好のとれない字です
   やせすぎたり 太りすぎたり ゆがんだり
   泣きくずれたり 笑ってしまったり
   お母さんにはないしょですがほんとうです 
    ー サトウ ハチロウ ー

  『父母恩重経(ふぼおんじゅうきょう)』(父母の恩をわかり易く説いたお経)に、
 「父母の恩重きこと天の極り無きが如し」また、「己れ生ある間は、子の身に代らんことを
 念(おも)い、己れ死に去りて後には、子の身を護らんことを願う」とあります。
  自分が生きている間は、子供のためには自分の身の危険をも顧みない、この世を去って
 から後も子供を護りたいと願うという、正に、命をかけた無償の愛、それが親心なんですね。

  (二) 小・中・高教師を遍歴して

  ここでも母の慈愛の心、恩愛がでできます。
 求道の精神や参禅、先に述べた暁鳥敏師のこと、桜井鎔俊和上について述べられていますね。
 「称ふれば我も仏もなかりけり南無阿弥陀仏の声のみぞして」これは一遍上人の歌です。
 先生の念仏三昧を伺い知ることができます。

  「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候死ぬ時節には
   死ぬがよく候これはこれ災難をのがるる妙法にて候」
  ”江戸時代の曹洞宗の僧侶である良寛の言葉です。
 一八二八年の冬、良寛が七一歳の時、住んでいた新潟の三条に一五〇〇人以上の死者が
 出る大地震が起こりました。幸いにして、良寛自身には被害はなかったのですが、子供を
 亡くした山田杜(と)皐(こう)に送った見舞い状にこの一文が出てきます。
  災難に逢うときは災難に遭い、死ぬときには死ぬしかない。私たちがどんなに手を
 尽くしてもそれは変えられません。だとしたら、それらを受け入れて生きるしかないという
 意味の言葉です。
 どんなに不運が続き、大災害に逢おうとも、それは紛れもない命の現実の姿でしかなく、
 そのことを「災難」としてしか捉えることができないならば、どこまでもその不運を嘆いて
 生きて行くしかありません。
 子供を亡くし悲嘆にくれる友人に対しそのことに一切触れることなく、
 「人として生まれたからには生老病死からは逃れることはできず、あるがままを
  受け入れ、その時自分ができることを一生懸命やるしかない」という仏教の教えを
 語ることで励ました、心のこもった言葉ではないでしょうか。
 そこには良寛さんの温かい人間味が感じられます。”
 (学校法人 光華女子学園 今月のことば「平成23年1月のことば」より引用。)

  ここで、「視線教育」という言葉を始めて知りました。
 おそらく加賀先生独自の言葉ではなかろうかと存じます。
 生徒一人一人に視線を向ける。特に問題生徒に視線を投げかける。
 また指名をよくする。生徒は認められていることを知ると、必ずよくなってくるものである。
 など、加賀先生の教育への情熱はただならぬものがあります。

  (三) こころの健康づくり

  ここでは、鹿島町の教育長時代の夢として図書館を設けることが述べられていらっしゃいます。
 現在、中能登町立鹿島図書館(公立図書館)が設置されており、先生の夢が実現されています。
 また、当図書館に中能登町生涯学習センターラピア鹿島(コミュニティ センター)が隣接されて
 おり芝生の広場もあります。
  それに、子供の憩いの場、公園も整備され、町の文化ゾーンとなっています。
 先生がご存命であるならばどんなに喜ばれたことでしょう。
 先生が種を蒔かれ、それが現在実っていると言うことであります。
 先生の「命の花」が見事に咲き誇ったと言うことであります。

  (四) 健康法の実践について

  食については昔から腹八分といいますね。
 また、複式呼吸は座禅からきています。
 なお、先生の実践された健康法は現代に通じ氏の「先見の明」に頭が下がります。

  (五) 諸事感謝と心の奉仕

  人生で経験することに無駄はない。「塞翁が馬」という言葉の通りです。
 また、「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」人生を川の瀬の浮き沈みに見立てて、不運があっても、
 そればかりではないから落ち込まないことだ、という意味のことわざです。
 「禍福は糾える縄の如し」「かふくはあざなえるなわのごとし」と読み、交差する縄の表裏を
 たとえて、幸福と不幸は表裏一体となってやってくるものだという意味のことわざですね。

  「今日もよし、明日もまたよし、明後日も、よしよしよしと生きる一日」  
 平沢興(京都大学第16代総長)この歌は私の大好きな歌の一つです。

  加賀良雄先生の「私の人生抄」<菊の巻>を拝読させていただき、自分の人生に重なる
 とこともあってか、共感だけでなく救われることが多くありました。
 誠に有り難く嬉しく思います。書を通じて先生にお会いできたことに感謝申し上げ、
 この五・六章を終えたいと思います。
 そして、会せていただいたけんちゃんに有難うであります。

  第七章 『黄』

  この章ではけんちゃんのご両親のご人徳がにじみ出ています。
 唐突ですが買い物先の店は「アンニャ」だと思います。

  幼い頃の小学校での遊びの思い出にはきりがありませんね。
 校舎屋根に上がってスズメの巣をとったり、校内でのかくれんぼ。肝試し。校庭での
 トンボ、蝉捕り。運動場では草野球、陣取りゲーム、ケンケンパー、缶けり、模型飛行機等々。
 また、講堂でピンポン。巡回映画。敬老会での演芸大会。
 なお、大きくなってからはピアノの練習、フォークダンス、青年団、町内の運動会、
 盆踊り、列挙に糸目がなくきりがない。

  私も小学時代に校庭の桜の木から落ちて息ができず気絶寸前のことがありました。
 なお、けんちゃんは小さい頃、火傷にあったことをこの章を読んで知りました。
 それに、別所に火傷の妙薬があったのですね。
 良くなってよかったですね。

  第八章 『金』

  法事には亡き人の思い出話が一番の供養になると思います。
 お父さんは色々と立派な功績のあるお方であられたのですね。

  ここで私の大好きな歌を紹介させていただきます。
 「父は照り母は涙の露となり同じ慧みに育つ撫子」(詠み人知らず)
 父の大智(光)と母の大悲(水)の慧みを頂いて育つ我が子(なでしこ)
 親の智慧と慈悲によって子は育つ。これを撫子に掛けられて歌っているのですね。

 鈴木大拙は文化勲章を授与されたときに昭和両陛下に御進講された名著「仏教の大意」大智と
 大悲(智慧と慈悲)についてご講話されました。この本を再度読み返したいと思います。。

  お父さんの倒られた現場の岡田家の前の喫茶店「雅」は偶然にも私の妻の実家です。
 なお、お父さんは死の直前まで人々の為に尽くされていたのですね。
 お父さんのお言葉、「楽したらダメやぁ、楽したら錆びたノミと一緒で、
 使い物にならんようになるがやぁ」は、肝に銘じたい素晴らしいお言葉ですね。
  また、加賀先生の何事にせよ、絶対こうしなくてはならぬのならぬ(拘り)をすてることである。
 これこそ我が座右の銘にしたいものです。
 と言うのも、私は何事にも完璧で完全主義なところがあって、そのことで苦しんでまいりました。
 この言葉は私にとって救いの言葉です。
 「人はほんの一言で救われる」とはこのことです。
 ストンと腑に落ちました。誠にありがたいことであります。

  「かくあるべし」という理想は必ず現実の自分との矛盾(=ギャップ)を生みます。
 これは誤った考え方ですね。
 また、「あるがまま」とは、気分や感情にとらわれず、今自分がやるべき事を実行していく、
 目的本意の姿勢を示し、積極・能動的な「あるがまま」と解釈し、頂いております。

 「晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿は 変わらざりけり」
 山岡鉄舟が残した名言ですね。
  
  凶福の凶は、対する吉で成り立ち、吉は凶によって成り立つ。
 吉がなければ凶とも言えず、その反対もしかりである。
 福と禍も同様であって従って「一如」という。明も暗があればこその明である。
 明があっての暗ですね。

  なお、
 ”一如とは、絶対的に同一である真実の姿、という意味の仏教用語である。
 「一」は絶対唯一、「如」は真如・如同の意で、一異の差別なく平等であることをいう。
 世間における一切の事物・現象には実相があり、普遍的に不二同一であることをいう。
 平たく読めば「一つの如し」となる。(” ウィキペディアより引用。)

  人は瀬戸際の「死」に直面し、立ち止まったとき、真の「生」に引っくり変える。
 瞬時に逆転して生に生まれ変わるとき、その生は強靭な生になるであろう。そう思います。

 また、重度の吃音症と人を二度と恨まない話についても目が止まり感嘆致しました。

  ここからは引用文です。
 “ 信仰をする人としない人の、一番大きな違いは、人生の問題の解決を「内」に求めるか、
 「外」に求めるかの考え方の違いではないかと思うようになりました。(略)

  例えば、こうです。どうしても赦せない憎い人がいるとします。
 ある人は、憎む対象となっている存在、すなわち「外」なるものを亡き者にして、
 自分の憎しみという「内」なる問題を解決するかもしれません。
  しかし、別の人は、憎しみという心、すなわち「内」なる心を問題として、
 なぜ憎いという感情が起きるのかを内省するのです。
  そして、憎しみの心をもつ自分を深く恥じるのです。
 憎い人、すなわち、「外」なるものは、内なる問題に比べて大きな問題にはなりません。
  外に問題の解決があると考えたがる人は、外に希望を感ずる人です。外、すなわち
 憎む人間がいなくなれば、憎しみはなくなると考える、世間の圧倒的多数の人です。
  これは人生に対する、人のとる姿勢の大きく分かれるところだと思います。(略)

 「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」と
 言い切った親鸞聖人は、またさに内、仏との対面だけを内省して生きていた人でしょう。(略)
 つまり、外なるものに価値を与えているのは、内の執着です。
 空腹時の握り飯と、満腹時のビフテキ、どちらが魅力的か、価値があるのか、
 内なる食欲が決めているのです。
 にもかかわらず、ほとんどの人は、物自体に価値があると誤解しています。

  人生は楽しいことがいっぱいあるのに、なにも深刻な顔をして、問題を難しくする
 必要などないじゃないか、死ぬときはみな死ぬんだから。・・・
 「外」を大切にする人は、そう言います。
 それでも「内」に眼を向ける人は、ものごとを正しく見る眼をもっている人だと思います。(略)

 桜井鎔俊師いわく「悪人とは如来に対面して自己を根元から否定した者を意味するのである」と。
 社会生活がいろいろの意味で豊かになっていくことに生き甲斐を感じている人は、
 (本人は自覚していないと思いますが)決して、信仰を求めていませんので、如来と
 対面する喜びを体験することはできないと思います。

  「他力をたのむこころかけたる」善人は、仏ではなく、自分の心を命綱として人生という
 崖登りをしていますので、もし、その命綱から手など離してしまったら、自分が長い人生で
 築いてきた「生きる意味」を失い、奈落の底に転落してしまいます。

 《手を離せ、我が、底で受けとめるぞ》と、耳の底で仏が語りかけても、善人は人生を捨て、
 生き甲斐を失う恐怖には勝てないのです。
 仏ではなく、どこまでも自分を頼りにする習慣から脱することができないのです。悲しきかな。
 (略)とあります。

  仰せの通り 外の解決にばかり心を配っていることに気づかされます。
 お念仏は 南無阿弥陀仏は 如来と対面させる働きがあるのです。
 南無阿弥陀仏は 生きる意味を 示してくれる働きがあるのです。”
 (妙念寺・電話法話原稿一覧「平成16年 第589回 内か外か」より引用。)

  <註>この引用文の文中に登場する桜井鎔俊師について
 加賀先生は師の教えにより根本的に心の救いを得ることができたと
 「私の人生抄」<菊の巻>で告白しております。

  第九章 『桃』

  宗次郎や喜多郎の音楽は癒されますね。時々座禅や瞑想に使っています。
 我が家の正月のカウントダウンは喜多郎の曲、シルクロードで乾杯してます。

  第十章 『紫』

  この章では146pの漬物とご飯で大きくなったようなものだ。
 で、クッスと笑ってしまいました。
 また、150pでは弔問客たちが、寝ている父に向かって正座し、数珠を出して手を合わせ・・・
 (ここでも笑ってはいけないのに、つい笑ってしまいました。)

 なを、心停止、呼吸停止であっても耳は聞こえていると言いますね。耳が最後に死ぬらしいです。
 (このことからご臨終の会話には配慮しなければなりませんね。)

  やさしいお母さんの死に目頭が熱くなりました。

 小学生の頃です。久六にいたおばあちゃんがいつも西に沈む夕日に手を合わせて拝んでいました。
 確か、信仰深い高橋のおばさんだと思います。
 そのおばあちゃんから二個のボールをいただきました。
 善い行いをしたら赤い糸を、悪い行いは黒い糸を巻く。
 赤い糸巻きのボールが大きくなるようにといただきました。
 いろいろと近所の大人に育てられて大きくなったと思っています。

  それに、綺麗なおかみさんの民話が実におもしろい。
 また、けんちゃんの憲は憲法の憲ですね。
 私達の結婚記念日は憲法記念日です。
 これもまた不思議な縁ですね。

  第十一章 『白』

  蜻蛉の守護神の物語はよくできていて実におもしろい。
 小説のラストはスタンディングオベーションです。
 見事な小説に敬服致します。

  徹底的にリサーチした研究によれば、運は魔法の力でも、神様からの贈り物でもなく、
 「考え方」や「心の持ちよう」が大きく影響すると述べており、松下幸之助さんが面接の
 最後に必ず「あなたは運がいいですか?」と質問し、「運が悪いです」と答えた人は、
 どれだけ学歴や面接結果が良くても不採用にしたという話はあまりにも有名です。

  178pの「無明煩悩」「往生一定」のところで仏法の"三毒"が浮かびました。
 "三毒とは、仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、すなわち
 貪・瞋・癡を指し、煩悩を毒に例えたものである。 三毒は人間の諸悪・苦しみの根源と
 されている。ブッダの説いた根本仏教、大乗仏教を通じて広く知られている概念である。
 (" ウィキペディアより引用。)

  あとがき

  私の人生と重ね合わせて読まさせていただきました。
 私は幼児の頃「膿胸」という病にかかりました。手の施しがないと言ったその医者の前で
 母が私の口の中に手を指し込み、さらに口で膿を吸い出して私の命を助けた話です。
  それに、自転車に乗っていて、車との交通事故に2度遭いました。いずれも無傷。
 それから肺炎で入院、直近では重度の熱中症で救急搬送。
 けんちゃんと同じように運がいいのかも知れません。

  虹は七色ですがけんちゃんの虹は11色ですね。
 どの色も眩しく時には重く輝いていました。
 読み応えのある11色の深い深い小説でした。
 読み終えた後、さわやかな風がよぎります。
 主人公に同化して、いま不思議な感覚になっています。これがカタルシス効果なのでしょうか。
 とにかく高次元に昇華され、かつ、精神が浄化されました。

  「最後に」

  ここではこの小説の終わりに添えてふさわしくまとめるかのようにけんちゃんの人生論、
 エキスが凝縮しています。「生死観」即「死生観」、「死生観」即「生死観」ですね。
 すなわち「生死一如」です。
 けんちゃんの「いかにして生きるか」はそのまま「いかにして死ぬか」と言うことです。
 けんちゃんは自分が何者であるか、アイデンティティの旅に出かけたのかも知れません。
 この先も物語が続くことでしょう。まるで、ネバーエンディング・ストーリーのようです。

 読み終えた後、私にとって、ためになる話しが山積みであることに気づき感謝しています。

 「けんちゃんの大河ドラマ」にありがとう。そして、けんちゃんにありがとう。

  <終わり>

 〜追記〜 

  けんちゃんの壮絶な人生。よくもここまで調べて書かれたなぁ〜と思います。
 驚きです。小説の中の皆さんに出会ったことに感謝しています。
 更に言えば、NHKのテレビ番組あなたのファミリーヒストリー〜ルーツにまつわる
 「謎」や代々伝えられてきた「伝説」!〜を観ているようでした。

 令和元年11月19日
 けんちゃんへ
 ノッチより


 もしよかったら、あなたもこの自伝的小説 『けっ!くだらん』を読んで見て下さい!。

 読後の感想はコメントでお気軽によろしくです!!!てらけんより^^)。




posted by てらけん at 09:11| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年10月08日

青い屋根のマスター(てらけん)が暇つぶしに書いた小説!。


 応募作品『のっちゃん」

 「青い屋根」をご存知の皆様へ、一人でも読んで頂ければ嬉しいです。

  『のっちゃん』発売中の物語はほとんどがノンフィクションです。


 小説「のっちゃん」の主人公(登場人物)からの解説文をコピペしました。

 なお、小説を読んでふっと映画「小さいおうち」を思い出しました。
 当映画の撮影関係者から頂いた映画のリーフレットです。
 おもむろにそれを引き出しから取り出しました。
 そこに書かれていた文書を紹介します。

  数々の名作を世に送り出して来た山田洋次が、監督作82本目にして全く新しい
 世界へと踏み出しした。ことの始まりは2010年に第143回直木賞を受賞した、
 中島京子のベストセラー「小さいおうち」読了後、「自分の手で映画化したい」
 と熱望した山田監督は、すぐに作者に手紙を書いた。50年以上に渡って、
 "家族の絆′′を描いてきた山田監督が、今作で初めて、"家族の秘密"に迫る。
  家族の温かさを見つめ続けたその目で、今回は更に深く、人間の心の奥深くに
 分け入り、その隠された裏側まで描きだそうとする一。そんな、監督の情熱から
 生まれたかってない意欲作が、ついに完成した。
 日本映画界を担う実力派と、次世代を担う若手俳優・豪華キャストの競演が実現!
 と書かれていました。


  【コメントではなくメールで届いた感想文】

  拝啓
 けんちゃん、今晩は!
 小さなコミュニティ・・・のブログから縦書き『のっちゃん』を再び
 読ませていただきました。
 前も涙がでましたが、今回も同様です。
 自分のことなのに涙が出るのはどうしてでしょうか。
 いや、自分のことだからでしょうか。
 この感動は「事実は小説よりも奇なり」、ノンフィクションからでし
 ょうか。でも、時間が経って原因がわかりました。
 それは、けんちゃんの人の人生の「喜・怒・哀・楽」がエキスのよう
 に卓越された小説文によるからでしょう。

  第一楽章は厳かに謹みて、第二、第三楽章は苦悩から歓喜に至り第
 四楽章はあるとあらゆるものへの感謝とその喜び。
 ベートーヴェンの第九を彷彿とさせます。
 小説の「第8章」と最後の「あとがき」がコンサート終了の余韻のよ
 うに家路まで漂っています。

 「この小説に寄せる言葉」として。
 " 真の肯定は、否定の網をとおり抜けてこなければならぬ " ・・・
  ( 鈴木大拙 )
 " 蝋燭の灯りが消えぬうちに現世を楽しみ、薔薇の花がしぼまぬう
  ちに摘み取ろうではないか "・・・ ( ドイツ学生歌より)

  敬具

posted by てらけん at 16:01| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年10月06日

てらけんのシンプルゴルフP12。


 「目から鱗が落ちる」

  地道にこの基本練習をすればゴルフは簡単です。

 なぜならば、クラブなりの球筋でボールが飛ぶようになるからです。

 構えたままあげて構えた位置に構えた形で戻す練習です。

 「簡単に出来るとか、解っていると言って、この練習をおろそかにして、
 
 すぐに、プロのような球筋を打とうとしてフルスイングでボールを打ち、

 ボールの行方ばかり気にしながら練習をしている人が本当に多いです」





  大きなクラブでフルスイングの練習をするときも、構えたまま上げて
 
 構えた位置にグリップの形を変えずに戻すことに集中してください!。

 「バックスイングが出来たら、構えた形に腕を腰で引き下ろす」






posted by てらけん at 09:44| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年07月28日

読んでもらえたら嬉しいです!。てらけんこと寺沢憲重(^^)/。

    
寺沢憲重の書き下ろしアルバム『あなたの図書室』


   「あなたの図書室」 作品講評
   作者の人情が感じ取れる作品群であった。
  昭和の日本を感じさせるような雰囲気を纏った本作はどこか懐かしさが感じられ、
  現代において賑わっている懐古的なコンテンツと共通している、包み込むような
  優しさがある。
   さらに、人生を歩む上で大切なことはなにか改めて考えさせるような強いメッ
  セージ性も含まれており、仕事関係や家族といった人間関係を様々な側面が見つ
  めなおす魅力的な作品であった。
   ただ、メインキャラクター以外の登場人物像をもう少し明確にしてみてはいか
  がだろうか。現在、人物像が少しぼんやりしているキャラクタ―が多々見受けら
  れる。具現化して特徴をさらに細かく描き本作の魅力であるリアリティを強化す
  るとよいだろう。
   また、全体的に会話文の箇所を少し精査してみてはいかがだろうか。現在、多
  くの場面で会話文がありリズミカルに読める一方で、キャラクターの動きやしぐ
  さ等の描写をはさみ、より生きたやり取りにしていきたい。これは上記で示した
  登場人物を際立たせるうえでも必要になるかと思う。情景描写も少し取り入れて
  描くとより作品の奥行きが出てくるだろう。
   ただし、一部説明的になりすぎる節もあるためそこは気を付けていきたい。
  作品数が多く、構想を文章に落とし込んでいく構成力は十分にある。短編集とし
  てまとめていく方向もありだろう。
   ただ、僭越ながら量よりも質を上げていく段階にあるかもしれないとも感じた。
  とりあえずは、数作品に絞って台詞を洗練させたり、描写を細かく与えたりと加筆
  修正を加えてまとめる方向が、最終的には筆力の底上げになるのではないかと思う。
  (株式会社 幻冬舎ルネッサンス新社より)


  
 『あなたの図書室』寺沢憲重短編集「心のアルバム」



 【某氏の寸評】

  小説のテーマもメッセージも読み手にストレスを感じさせることも無く分かり易い。

 読みやすくて物語の展開もいいが、オリジナリティーがもう少し出ればと、いったところか……?。

 読後にどんな気持ちを抱かせたいのか重要ですが、どの作品も押し付けがましいとか、

 作為的な文面がないので読後感はとてもいいです。

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     人生のキーワード「深慮遠謀をめぐらす」!!!^^)。

  読んで面白かったらお友達に進めてもらえれば有り難いです!。





posted by てらけん at 16:07| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年06月28日

てらけんこと自称作家「寺沢憲重」が書いた小説たち!^^)。

 
 『リアルだが浅慮な創作』

 てらけんが筆名:寺沢憲重(てらさわのりしげ)で応募した作品たちです!。

 店が暇なのでその時間を有効に使おうと自伝的小説を書き始めたら……、

 書く楽しみ面白さにハマってしまい、趣味が高じて応募する気になりました!。

 あっちこっちに応募して結果的に落選した作品たちを公開しています!。

 ひとりでも多くの方に読んでもらえたら、とても嬉しいです!^^)。

 製本して発売中!、こちらをクリック


 『暇もまたいい』『のっちゃん』『明日への思い』『けっ!くだらん』『挫折知らず』

 『デカメロンのオマージュ』『エキストラ体験記』『石動山の朝の光』『はんぶんこ』









 
posted by てらけん at 12:02| Comment(12) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年06月23日

てらけんの義理の姉の末弟の「野口敏信」氏の活動!。


 『心こそ大切なれ 私の歩む道』 主任臨床心理士 野口敏信氏

  *こころ/KOKORO/心/心こそ大切なれ/私の歩む道(25)=完

 米沢市立病院・主任臨床心理士/野口敏信さん/“蘇生の輝きを信じて”/

 閉ざされた心に光をともし20年。続きを是非お読みください!!!!!。



  幼馴染の「とし坊」がご立派になられて、僕は誇りに思いとても嬉しいです。

 「野口敏信」のぐち・としのぶ 昭和25年、石川県鹿島郡に生まれる。

 48年、宮城教育大学(養護学校教員養成課程)卒業後、米沢市立病院に勤務。

 現在、主任臨床心理士。日本心理臨床学会会員。山形県臨床心理士会副会長。

 山形アルコール問題研究会会員。44年、入会。圏書記長(本部長兼任)。教学部教授。






posted by てらけん at 14:07| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年06月12日

青い屋根にはるばる遠くから来てくれました!。


 「宮本輝」先生の小説の愛読者とそのお友だち!^^)。

 神奈川県平塚市からお出でになってくれました!。

 本日は遠くからのご来店。まことにありがとうございました!。

 素晴らしい素敵な四人様。またのお越しを〜〜〜^^)。

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posted by てらけん at 16:29| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年05月25日

新伊丹駅から歩いて5分、喫茶「青い屋根」の花壇。

 
 「小さな花壇に咲いたゼラニューム」


  CIMG1030.JPG






posted by てらけん at 15:25| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年05月12日

てらけんのシンプルゴルフ。てらけんのシンプルゴルフ!。


  てらけんのシンプルゴルフ

 YouTubeでてらけんのシンプルゴルフと検索してください。

 動画を見てゴルフは難しくない事を理解してください。

 アドバイスをそのまま信じて練習に取り入れてください。

 長年のレッスンで培った上手くするメソッドです!!!^^)。

 この通りに実行したら6ヶ月で過去よりいいスコアが出ます。




posted by てらけん at 14:49| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年04月16日

てらけんのシンプルゴルフP11。

 
 「こうなるように振れ!」

  プロはみなこう振っているのに、このスイングをしているのに、
 こうなるように振れと何故?ポイントを絞って教えないのか?
 そこがそうなるように、そうできるようにと教えるばかりです。

  ではいっそのこと、そこをそうするだけに集中して見てはどうでしょう。
 動画のフォローからフィニッシュの動きを真似して見てください。
 脇が締まり、左腕の肘が曲がったり引けたりしないように注意です!。
 確実に飛びます。弾道も方向性も良くなります!!!^^)。
















posted by てらけん at 09:47| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする

2019年03月04日

てらけんのシンプルゴルフP10!。


 「ゴルフを難しく考えるな」

 初心者向けの解説をしております。

ぼくがストラップを振っている動画の腕と同じ軽い腕にしましょう。

とりのはねのようにかるく羽ばたいている腕です。

 軸のあるカラダの回転で腕がインパクトに戻ることを常に意識して、

練習することで、綺麗なスイングで飛ばせるようになります。

 デッド・ハンズなスイングを見につければいい弾道で飛ぶようになります。

デッド・ハンズとは手と腕の力が抜けた状態で、腕でボールを打つのではなく、

体の回転のスピードでクラブヘッドのスピードを速くさせるスイングです。

アドレスからバックスイングで右に向いたカラダが戻る勢いで腕がインパクトを

迎えるスイングを身に付けましょう。

腕の力が抜けたデッドハンズを見につける練習をして下さい。

バックスイングで上げた時に腕の力や筋力をゼロにして下さい。

うちわで風を起こしている時の柔らかくて速い手首にしましょう!^^)。








posted by てらけん at 13:51| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする