◇ 世森友のラッキー名言 ◇      
   :幸福だから笑えるわけではない、むしろ、笑っていることが幸福なのだと言いたい。       
   :笑いのあるところには活気もある。よく笑う人は、不機嫌な顔をした人より長生きする。
   :叶えるのが夢だけど、叶わなくても夢は夢さ、泣いて笑ってそれが人生、平凡がいい。
   :人生いろ色あらァな、それを頑張って乗り越えたら喜びや楽しみが待ってるんやでぇ。
   :人生に於いて全ての壁が、自分を高める壁だと前向きに思える人は壁を超えられる。
   :ネガティブフィードバックこそ、得難い学びのチャンスそのものなのである。
   :大切だと思うのは世に名を博した偉い人や大作家とはなるべく謦咳に接することである。
   :たった百人のなかの、私という自意識や誇りや自尊心や見栄や保身や奢りや愚かさの孤独

2011年10月26日

宮本輝:著『ひとたびはポプラに臥す』全6巻より (講談社文庫・2002年刊)

印象的な名文・名言

第1巻より

P7[旅の始まりに]日本の殺伐としたシステムと生活にあって、私たちは多くのものを失いつづけているが、
  「静かに深く考える時間、静かに深く感じる時間」の喪失は、極めて重要な問題だと思う。

P111 この世界は虚偽に満ちています。私利私欲の海のようです。政治の虚偽による災厄を政治家が
  責任をとったことは一度もありませんでした。

P149 〈待つ〉。〈待ってあげる〉。胆力のない現代には、そんなことすらできない。

第2巻より

P27 張掖に、わずかに昔日のおもかげが残っているとすれば、それは〈歴史〉というものの気配によって
  かもしだされる落ち着きのようなものであろう。

P146 「空はない、天だけだと思ってたけど、とんでもない、ここには天もないな」

P214 「天道って何なんやろうなァ。二十年や三十年の単位では、天道のなんたるかは見えないちゅうことかなァ……」

第3巻より

P58 そのロバに乗ったウイグル人の家族たちを見ていると、三好達治の詩が思い浮かんだ。
   ― 静かな眼  平和な心  その外に何の宝が世にあろう。

P186 筆者のホームドクターの後藤氏は、阪大大学院で博士号も取得し、大企業への就職も決まっていたのに、
  27歳で阪大医学部を受験し浪人。筆者も同じ頃、作家を志し、妻子も居るのに、会社を辞め、家に籠もって
  小説を書いていた。28歳の頃、強度のノイローゼで発狂の恐怖の中にあった。5,6年後、二人が再会した時には、
  宮本氏は既に芥川賞・太宰治賞を受賞していた。

第4巻より

P216 焼け野原となった日本を実質的に統治したマッカーサーが極めて重要視したのは、「日本人に道徳教育を
  与えない。」という一点であったのだと、某出版社の役員が教えてくれた。それが何を意味しているかは明らかである。
  中国の文化大革命もしかり。自分を超える優秀な人材を処刑し、精神的衰退を目指し、支配しやすくするため。

第5巻より

P37 「俺は、お前には、何か人より秀でたものがあると思ってきた。…お前に過剰な期待を寄せた。
  …お前はさぞかし重荷だったことだろう。…俺を許してくれ。」亡くなる3ヶ月前の父親のことば。
  筆者は、20歳。雨の中を泣きながら歩いた。

P50 19世紀末〜のハンガリーの詩人、アディ・エンドレの詩「ひとり海辺で」(徳永氏・池田氏訳)
  「海辺、たそがれ、ホテルの小部屋/あの人は行ってしまった/もう会うことはない」

P118 自分はどこへ行くのだろうという不思議なせつなさが、長く長く続いた。

P172 ロシアの作家チェーホフが死ぬ少し前に、かつての恋人に送った手紙の一節。
  「ごきげんよう。なによりも、快活でいらっしゃるように。人生をあまりむずかしく考えてはいけません。
  おそらく、ほんとうはもっとずっと簡単なものでしょうから。」

P236 俺にはできない、俺には無理だ。…実際に小説を書く苦労よりも、そのような恐怖を乗り越えることのほうが、
  はるかに大きな闘いを必要とした。…五行書き、十行書き、二十行書きしているうちに、私の恐怖心は消えて
  いったのだった。「書く」という行為が「書くという恐怖」を消したのだ。

第6巻より

P135 さまざまな障害や難関や自らの壁に懊悩呻吟しながらも、ひとつの事柄を好きで好きでたまらないという
  こと自体が、才能である。並外れて、あることが好きだということが、すでに才能なのだと私は思っている。
  それほどまでに「好き」であることは、もはやその人を成す生命の核のようなところからほとばしり出る何物かで
  あって、その人だけの快楽と同義である。快楽に向かって突き進もうとする力は、誰も止めることができない。

P165 父は、私が大学3年生のときに精神病院で死んだ。脳軟化症→失語症→治療費の不要な病院と紹介され、
  1週間後に危篤。…大部屋の…父のベッドまでの二、三十歩…、それなくして、作家としての私など存在しない。

【大空の亀さまのBLOGページより引用】 ありがとうございます。


本日のおまけ。大変貴重な画像です。(ご提供:テルニストクラブ By SAKUO)

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2011年05月10日

宮本輝の本より、人生の啓示となる名言・名文


宮本輝先生の作品の中の名言・名文を集めてみました!

「自分の自尊心より大切なものを持って生きにゃあいけん」 
『花の回廊』熊吾の台詞

俺が笑えば、相手も笑う。俺が怒れば、相手も怒る。俺が嫌えば、相手も嫌ってる。いや、そんな
人間関係だけではない。俺を取り巻くあらゆる境遇や環境は、すべて俺という本体を映す影なのだ。
『人間の幸福』

「昔は人生五十なんて言って、五十歳が平均寿命みたいなとらえ方をしていたけど、あれは解釈の
間違いかもしれんな。孔子は『五十にして天命を知る』と言ったんだ。五十歳になって、やっと
本物の人生が始まるってのが、人生五十年て言葉の本当の意味じゃないのかな。」
『森のなかの海』希美子の父の台詞

強気でなければできない退却というものがあるのだ。強気にならなければ揚げられない白旗があるのだ。
『草原の椅子』

「悪い過去は、すべて消える。そうだったらいいんだけど、そのための秘法をみつけたいな」
『朝の歓び』良介の台詞

「働く」ことで自分は生活の糧を得ている。自分がこの社会で生活できるのは「働く」場所があって、
「働く」機会を与えられているからだ。そしてそれは不平や我儘が通用する世界ではない。
自分の仕事に感謝し、その仕事に精一杯の労力を使うことが「働く」ことなのだ。
『星宿海への道』

悩みとは、真に、現実的に、悩みに直面させられた人の〈責任〉ではないだろうか。
『ここに地終わり海始まる』

「死んだらすべて無になるんだったら、人間は自分の欲望のために、ありとあらゆる悪事を
はたらくほうが得だってことになりますわ。でも、どっこい、そうはいかないってことに、
人間は死んだら気づくだろう。私、そのことを信じているんです」
『海辺の扉』老婦人の台詞

現実の世の中は、濁って、複雑で、ややこしいことだらけだ。けれども、根本の部分で、
こちらがすかっとしていれば、大きな汚れに巻き込まれはしない。外部の汚濁に染まるのは、
いつも、こちらがすかっとしないときだ。
『海岸列車』

《上記した名言・名文は「宮本輝の本」宝島社のページより引用しました。》

宮本輝の文学の世界
現代日本のすぐれた人気ストーリー・テーラーの一人。1981年からは、毎年一作のペースで長編を
新聞や雑誌に連載発表し刊行している多作家。欧州ものなど、題材は多彩だが、人間の宿命・運命
を見つめ人間の生死や幸福について深く考えさせられる。(Web検索結果より文言を抜粋)

宮本ワールド数ある宮本輝作品の小説を読む流れの中で、読者自身がなるほどと
感じ取ってこそ、名言・名文の意味深さが感動となって心に伝わってくるのである。
人間にとって大事なものは何なのか?、生きるための勇気や希望、失敗や成功、耐えることや我慢
すること、宮本ワールドは人間の心の幸せ感を触発し、その感動が人生をやる気にさせてくれるのだ。
と、思っています。名言・名文集で宮本輝文学の小説を読んでみたくなる一助になれば幸いです。

フアンの一言より、
「先生の小説からはいつも大切なものを気付かせて頂いています。ありがとうございます」。

宮本輝の本より、人生の啓示となる名言・名文


宮本輝先生の作品の中の名言・名文を集めてみました!

「人間ちゅうもんがこの地球にあらわれて以来、死なんかった人間は、ひとりもおらんのじゃ」
『天の夜曲』熊吾の台詞

〈やさしさ〉というものが、かって人間の哲学に組み入れられたことがあっただろうか。
〈やさしさ〉がイデオロギーになったことがあっただろうか。
『オレンジの壷』

人情のかけらもないものはどんなに理屈が通っても正義ではない。
『草原の椅子』

「どいつもこいつも、どうしたらいいのかわからなくてゲームをやっているんだ」
『葡萄と郷愁』岡部の台詞

「生きていることと、死んでいることは、もしかしたらおなじことかもしれない」
『錦繍』勝沼亜紀の台詞

「キンちゃんも俺も、どいつもこいつも、自分の身の中に地獄と浄土を持ってるんや。そのぎり
ぎりの紙一重の境界線を、あっちへ踏み出したり、こっちへ踏み出したりして生きてるんや」
『春の夢』哲之の台詞

枚挙にいとまがない人生における誤謬もまた、人間が抱えている悪の一つである。「愚か」は悪だ。
『避暑地の猫』

「死んでも死んでも生まれて来るんや。それさえ知っとったら、この世の中、何にも怖いもんなんてあるかいな」
『五千回の生死』男の台詞

優しくなったらいいんだよ。人間がみんな、やさしーくなったら、それでいいんだ。
そうなったら、世の中の難しい問題なんて、みんな解決するぜ」
『アルコール兄弟』島田の台詞

焦る……。これが現代という時代のひとつの病根である。時の流れ方に対する処し方から生じる現代の業病だと思う。
『ひとたびはポプラに臥す』

「人間は、自分の命が、いちばん大切よ」
『青が散る』ペールの台詞

「おっかさんは、いつも偉大なんだ。この皺だらけの笑顔を見ろよ。少々の不運にこだわってたら
生きちゃいけない、そう言ってるみたいじゃないか。おっかさんてのは、たいしたもんだ」
『愉楽の園』野口の台詞

「なにもいまさら口のすることでもありませんが、人間てのは魑魅魍魎です。
だからこそ、他の動物にはない精神活動を営み、そこから多くの知恵も湧いてくるんですが」
『焚き火の終わり』滝沢宗一郎の台詞

宮本ワールド数ある宮本輝作品の小説を読む流れの中で、読者自身がなるほどと感じ取ってこそ、
名言・名文の意味の深さが感動となって湧き上がったり、伝わったりしてくるのである。
人間にとって大事なものとは何か?、生きるための勇気や希望、失敗や成功、耐えることや我慢する
こと、宮本ワールドは人間の心の幸せ感を触発し、その感動が人生をやる気にさせてくれるのだ。
と、思っています。名言・名文集で宮本輝文学の小説を読んでみたくなる一助になれば幸いです。

フアンの一言より、
「宮本輝先生の小説は何度も読み返すたびに新しい発見があり、感動があります。」










2011年03月04日

宮本輝の名言・名文を集めて掲載

《人生の啓示となる名言集》


宮本輝先生の作品の中の名言・名文を集めてみました!

「何がどうなろうと、たいしたことはありゃあせん」
『地の星』(流転の海シリーズ 文庫本の230P)

「やれやれ、勝てそうだ」という局面を迎えると、人は安心して悪手を指してしまう。
どんなに優勢のときも、どんなに劣勢のときも、終盤に入って、やっと、
「さあ、これからだ」と頑張らなければ、勝負には勝てない。
『彗星物語』

恐らく人間とは、一つの欠点の消滅によって新しい美徳が生じるというのではない。
欠点は欠点のままに、その人のちょっとした心の作動によって美徳に生まれ変わる。

学校は出たわ、早死にしたわ、てなことになったらどないするんや。勉強なんか出来ん
でもかめへんのや。アホでもええ、根性なしでもええ。大きいにさえなってくれたら

「量のない質というものを信じない」

若者は自由でなくてはいけないが、もうひとつ、潔癖でなくてはいけない。Teru-m.jpg
『青が散る』

久美子のすべてを許してやろうと思った。我儘も高慢さも、お天気屋な
ところも、俺を石か木みたいに扱ったことも帳消しだ。
『優駿』

風の精の申し子のように速く、嵐みたいに烈しく、名馬となる
天命をたずさえた仔馬でありますように
『優駿』

「説明と描写は別物。説明する文章はできるだけ減らして、
描写による文章を心がけている。」

文章によって抽象化されたものが、読者の中で具象化する。
そんな「水だと思って飲んだら血だった」と感じさせる小説を理想とする。

阪神大震災で被災、心の傷も癒えないままにシルクロードを旅した。
「天山山脈が見えたとき、自分が書きたかったのは人生の
不思議だったんだと改めて感じた。

生前に水上勉さんが「宮本という山には(小説のモチーフとなる)たくさんの木が
生えているんだ」と言ってくれたことがある。「水上さんこそ多いでしょう」と言ったら、
「おれはだいぶ切り倒してきた。君は若いからこれからも生える」と笑っておられた。
(自分の人生を振り返ってみたら)木の多さは確かにそうかもしれないと思う」

『どんな人と出会うかは、その人の命の器次第なのだ』

運の悪い人は、運の悪い人と出会ってつながり合っていく。
へんくつな人はへんくつな人と親しんでいく。心根の清らかな人は心根の清らかな人と、
山師は山師と出会い、そしてつながり合っていく。

「別れようが別れまいが、親子は親子やないか」2009.04.06朝日-p.jpg
仕事がうまくいかなかったり、病気になったり、生きていく上で思い通り
にならないことは多い。心が弱ったとき、ぼくの小説を読んで、もう一踏
ん張りするかと感じてもらえたら、作家として幸せに思う。

この世の中には、「不思議」という言葉を使う以外、いかなる適当な言葉
も当てはまらない事柄が無限にある。
『ドナウの旅人』

恋人同士であれ、夫婦であれ、友人であれ、いったい誰がいつもいつも
相手の求めるものに応じられるだろう。
『ドナウの旅人』

「賢過ぎる女も、それに愚か過ぎる女も、人生を劇のように生きられないわ」
『ドナウの旅人』

「冗談てのはねぇ、相手が笑って初めて冗談と言えるんだ。」
『ドナウの旅人』

「女って、ええい、どうなとなりやがれって覚悟しちゃわなきゃ、どんな男と
だって結婚出来やしないわ。先のことなんて誰にも判らないんだもの。」
『ドナウの旅人』

「何も知らない人間は、ときに何でも知ってる人間と同じ行動に走ったりするもんさ」
『ドナウの旅人』

ローソクが電灯に変わり、馬車が自動車に変わっただけではないか。同じような
喜怒哀楽の独楽の上で生き、そして死んでいくのだ。
『ドナウの旅人』

結局は家に帰るしかない。自分のすみかってのは、そんなに簡単に捨てきれるもんじゃない。
あっちこっちほっつき歩いて、気がついたら家のベッドに寝てる。そんなもんさ。
『ドナウの旅人』

人生において大切なことは、簡単な言葉でしか表現できません。
難解な言葉で説明する人は、結局わかってないんです。

恐らく人間とは、一つの欠点の消滅によって新しい美徳が生じるというのではない。
欠点は欠点のままに、その人のちょっとした心の作動によって美徳に生まれ変わる。

人間には、勇気はあるけど辛抱が足らんというやつがいてる。
希望だけで勇気のないやつがおる。
勇気も希望も誰にも負けんくらい持ってるくせに、すぐにあきらめてしまうやつもおる。
辛抱ばっかりで人生何も挑戦せんままに終わってしまうやつも多い。
勇気、希望、忍耐。この三つを抱きつづけたやつだけが、自分の山を上りきれる。
『春の夢』親父の遺言

自分のためだけに生き、人のために生きたことがない……。そんな人間が寂しいのはあたりまえだ……。
『人間の幸福』260P

「人間から誇りってものを奪っちゃいけない。どんな人間にも誇りってものがあるんだ。それを奪うのは、
命を奪うのとおんなじだ。でも、誇りってのは、少しでも正義をおこなわない人間には無縁のものなんだ。
娘の心臓が止まったとき、俺、娘に、ありがとう、ありがとうって言ったよ。俺たちの娘として生まれてくれて
、ありがとうって……」『人間の幸福』481P

「今の貴方は魔が差しているだけなんだよ!魔は人間としての生命力が 落ちている時につけいるんだよ!」
『草原の椅子』

「私は今は一番幸せだ。所願満足という言葉があるが私は自分にそのような
境遇が与えられるとは想像もしなかった。…それにしても世の中というものは、
なんと奇妙な因縁に満ちていることだろう」
『胸の香り』

「・・・それらしい口実をもうけてるけど、すべては、利権。政治家や企業や
そのおこぼれにあずかろうっていう一部の庶民の利権のために、何千年もかかって
出来上がった大自然の途方もない恵みが水泡に帰してしまう。・・・」
『焚き火の終わり』

「勝ったのはだれでもない、博正という青年の祈りにすべてがひれ伏したのだ」
『優駿』

「ひとこと……。そう、ひとことなのだ。ひとことで、……なんと、おぼつかない生き物であろう。」
『避暑地の猫』

人は嫉妬する生き物なのよ。どこで誰が何を理由に、一人の人間に嫉妬のTeru-post.jpg
心を抱いているかわかったもんじゃない。人間が抱く嫉妬のなかで最も
暗くて陰湿なのは、対象となる人間の正しさや立派さに対してなの。
『骸骨ビルの庭』

われわれは他者の人生に意味を与えることはできません。われわれが
彼に与えることのできるもの、人生の旅の餞として彼に与えることの
できるもの、それはただひとつ、実例、つまりわれわれのまるごとの
存在という実例だけであります。
『骸骨ビルの庭(上)』

どんな魔法使いになるよりも、「人を幸福にする力」を持った人間に
なりたいと、子供がお伽噺を夢想するのと同じ気持ちで……、
『骸骨ビルの庭(上)』

「人徳というよりも、福徳やなァ。不思議な福徳を持ったお方なんやろ。
 どんな人生をおくってきはったお方や?」
『骸骨ビルの庭』上巻 P252

「魔だらけでっせ。自分のなかにも、周りにも。この魔っちゅうやつは、
うまいこと隠れてまんねや。この魔め、みつけたぞ、お前の思いどおりに
されてたまるかい、かかってこいって大声で言うたったら、きっと勝てまっせ」
『草原の椅子上』

「人情のかけらもないものは、どんなに理屈が通ってても正義やおまへん」
『草原の椅子上70頁』

「人間も組織も、生命力が弱くなると、見栄とか虚栄心とか対面にこだわるようになる」
『草原の椅子上120頁』

「強気でなければできない退却というものがあるのだ。強気にならなければ掲げられない白旗があるのだ」
『草原の椅子上206頁』

「どこで生まれて、どんな学校を出て、どんな仕事をしているかなんて、どうでもいい。つきあううちに、
そのようなことは自ずとわかっていく。大切なのは、その人間の品性や心根であって、これだけは偽りがきかない」
『草原の椅子下139頁』

人生の大事に対して、結局は感情で対処した人間は、所詮、それだけの人間でしかないんや」
『草原の椅子下255−6頁』

日本人は、いつのまにか、畏敬の念というものを失ってしまったような気がする。
あらゆるものに対して、畏敬の念を忘れた。この自分もそうかもしれない。死の砂漠に立って、
果てしない風紋を見れば、あらゆるものに対しての畏敬の念が蘇えるであろう。
『草原の椅子下』

怖がって生きるのも一生。安心して生きるのも一生。少々、何があろうとも、安心していると
いう修養を、自分もまた努力して己に課さなければならないと憲太郎は思った。
安心しているということは、能天気に油断しているというのとはまったく違う。
物事にかしこく対処し、注意を払い、生きることに努力しながら、しかも根底では安心して
いる……。そういう人間であろうと絶えず己に言い聞かせることだ……。
『草原の椅子下』

世の中がいかに汚れようと、いかにすさもうと、いかに衰退しようと、心根がきれいな
人間がいるかぎり、いつか歪みは正され、失望は希望へと一転する。心根というものが大切なのだ。
『草原の椅子下』

俺には宇宙と同じ力があるのだ・・・・・・。・・・。何が起ころうが、それがどうしたというのだ。
俺は、生き、働き、人間を尊敬し、生きとしいけるものを愛しみ、正しい振る舞いをこころがけて、
与えられた寿命を生きつづけるのだと思ったのだった。すると、怖いものなんか失くなってしまった。
『草原の椅子下』

物事には、正しいやり方と、そうでないやり方とがある。正しいやり方をひたすら繰り返していれば、
いつかそれが自然のうちにできるようになっていく。「正しいやり方を繰り返しなさい」
『草原の椅子下』

「いろんなことがあったが、自分を苦しめたり、いじめたりした人たちを許そうと思った、って……。
えんとくをもってむくいるっていう言葉が中国にあるらしいが、・・・・・できそうな気がした、って」
『草原の椅子下395頁』

確かにこの世には、人間の精を抜いていく病気があるんやと、・・・・・そんな病気にかかった人間の心には、
この曽々木の海の、一瞬のさざ波は、たとえようもない美しいものに映るかも知れへん。・・・・・そやけど、
荒れ狂う曽々木の海の本性を一度でも見たことのある人は、・・・・・暗い冷たい深海の入り口であることに気づいて、
我に返るに違いありません。
『幻の光』

雨でなくても、ちょっとした風でも吹けば散り亡んでしまう満開の桜を、・・・・・眺めていた。
かつてこんなに息を凝らして眺め入ったことはなかった。・・・・・ぽろぽろ、ぽろぽろ減っていく
なまめかしい生きものにも思えるのだった。・・・・・この不思議な夜を、桜とともに起きていようと決めた。
『幻の光、夜桜』

私は慄然たる思いで、いつまでもこうもりを見つめた。それは鋭く黒い目を持つ、鳥とも獣とも
つかない生き物の、醜悪な踊りであり、汗と虚無にまぶされた官能の、無数の飛沫であり、奇怪な
熱情にあやつられるそれらの精魂の、どうしようもないざわめきであった。
『幻の光、こうもり』

私は、作家をこころざしたときから、〈純文学〉という言葉を嫌悪していました。文学に〈純〉も
〈不純〉もない、ただ、いい小説と、よくない小説がある。質の高い小説と、質の低い小説があるだけだ。

どんな教育をしているのか・・・・・「人を裏切るな。他人の物を盗むな、とだけ教育しておる。
梅ノ木にバラは咲かん」
『命の器、瀬音風音』

土曜日のせいか、リスボンの目抜き通り付近には人が多く、密集した石造りの建物の壁に貼りつくように、
靴磨きの少年や新聞売りたちが並んでいる。街灯が、細かく敷きつめた石畳を灰色のさざ波みたいに見せている
一角に、オフィスともアパートとも思えない古ぼけたビルがあった。
『胸の香り さざなみ』

「私の生きた時代は、夢みたいだった。まぎれもなく歪んだ時代でした。しかし、その歪みが、
まっすぐ高く飛ぶために屈んだのだという時代であってもらいたいものです。」
『オレンジの壷(上)』196P&200P 雨宮豪紀の言葉

〈愛〉と〈心〉。いかにも陳腐な言葉。しかし、私たちは、この陳腐な二文字からいつも
 自由になれたことがない……。
『オレンジの壷(下)』169P祖父の日記より

「女は、面倒な生き物だよ。賢い女は、その賢さがわずらわしさの種になるし、馬鹿な女は、
その馬鹿なところが、男にとってはいらいらの種になる。しかも、賢くなければ馬鹿でもない
という女が一番厄介だ。何をするかわからない」
『オレンジの壷(下)』216P祖父の日記、〈鯨〉の台詞より

「現代人には二つのタイプがある。見えるものしか見ないタイプと、見えないものを見ようと努力
するタイプだ。君は後者だ。現場が発しているかすかな情報から見えない全体を読み取りなさい」
『三十光年の星たち』93P

「いやな思い出が、あれはあれで良かったんだ、いい方向へといくために、あのときはひとときの不運に見舞
われたんだ、あの不運や不幸は、のちに大きな幸福のためにあったんだって、はっきりとわかってくるんだ」
『三十光年の星たち』171P佐伯老人の台詞

「どんな手のこんだ魔法も、このひからびた小さな種から芽が出て花が咲き、また次ぎの種を
作ることと比べたら、たいしたことおまへん」
『三十光年の星たち』240P三浦の台詞

「自分を磨く方法を教えるよ」と佐伯は言った。……、……。
「働いて働いて働き抜くんだ。これ以上は働けないってところまでだ。もうひとつある。自分にものを教えて
くれる人に、叱られつづけるんだ。叱られて、叱られて、叱られて、これ以上叱られたら、自分はどうか
なってしまうっていうくらい叱られつづけるんだ。このどっちかだ」
『三十光年の星たち』上255P佐伯の台詞

「物」を見る目と言うのは、人間を見る目でもある。優れた「物」の価値を解せない人は、
「他者」をも粗末になっていくのだ。
『三十光年の星たち』下147P佐伯の台詞

「誰かが、こんなことを言ったよ。……母親が死んだら、子供はそのとき哀しくて泣き暮らす。
父親が死んでも哀しいことに変わりはないが、五年、十年たつごとに、思い出して泣く回数が増える。
父親の死は、人間に、いろんな形の愛情というものを教える……。そんな言葉だったな」
『海辺の扉』上 廃墟のモザイク119P~120P


記述した中には私や読者が感じた名言の他に、メディア記事による名言も含まれております。
名言も名文も、「そうか!」と具現化し、そうとらえることが出来た読者のあなたも素晴らしいと思います。
宮本輝作品を読んであなたが感じた名言・名文をCommentよりTerakenに教えて下さい。宜しくです。