◇ 寺沢憲重の10のラッキー名言 ◇      
:幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑っているから幸福になれるのだと言いたい。       
:笑いのあるところには活気もある。よく笑う人は不機嫌な顔をした人より長生きする。
:叶えるのが夢だけど、叶わなくても夢は夢さ、泣いて笑ってそれが人生、平凡がいい。
:人生いろ色あらァな、それを頑張って乗り越えたら喜びや楽しみが待ってるんやでぇ。
:人生に於いて全ての壁が、自分を高める壁だと前向きに思える人は壁を超えられる。
:ネガティブフィードバックの時こそ、得難い学びのチャンスそのものなのである。
:大切だと思うのは世に名を博した偉い人や大作家とはなるべく謦咳に接することである。
:たった百人の中の、私という自意識や誇りや自尊心や見栄や保身や奢りや愚かさの孤独。
:他人と比較するのは無意味だ理想の自分と比較せよ。何歳でも自分を変える努力をせよ。
:人生のターニングポイントの決断には。やり始める勇気とあきらめる勇気が必要である。 

2008年04月06日

囲碁が面白くて楽しくて

囲碁


囲碁が趣味の一つになった

関西に来て、小さな会社で働くようになり、テナント募集の営業に毎日駆けずり回っていた。
会社とは名ばかりで従業員の数は6名だけ、専務、常務、大卒が二人、高卒が二人である。
名詞の肩書きだけは営業用に一人前に年功序列でついていた。

何処からかやって来た6人が集まったトンネル会社であった。ある日、常務と呼んでいた人に、
「今度の日曜日に僕のところへちょっと遊びに来ないか」と誘われたのである。「あっ、はい」
当時は遊ぶお金もないし休日は暇を持て余していた。何かご馳走でもしてくれるのかな!?。

行った先は長屋形式のアパートの二階で、常務は三ヶ月ほど前に離婚して一人住まいをしていた。
下着姿で現れニコニコ顔で入れや上がれやと促されるまま、玄関に入るといつも履いている靴が
一足きちんと並んでいた。それを見て何だか、ふと、男一人のやもめ所帯の侘びしさを感じた。
2DKの狭い部屋に上がるやいなや、隣の部屋からそそくさと折りたたみ式の碁盤を 

持ってきて食卓用のテーブルの上に置いた。盤上にある星と呼ばれる点の9箇所すべてに石を
置くように言われ、「とにかく、打て、囲んだ陣地が多い方が勝ちや」……???。
「囲碁のごの字も知らないのに無茶苦茶や」そう思いつつも、一応上司の言うことだから
仕方なく打ち始めた。そして・・・。何局打ったか覚えてないが9つの石(9子局)を
置いて打っても負けてばかりで置き石のハンディを生かす事はできなかった…。悔じかった。

その後、何度か誘われているうちにハンディの石数も見る見る減っていった。後で解ったこと
なんだが、常務はまさしく「下手の横好き」のヘボ碁であまり強くなかった。
離婚の寂しさもあって…、好きな碁を打ちたくて私を誘ったのだろう。こっちの石を殺して
盤上から石が取れたら嬉しそうに笑う得意げな顔が思い出される。
碁がちょっぴり面白く感じ興味を持ち始めた21歳に成り立ての頃のことだった。

半年間で市場はオープンした。テナント募集の仕事も終わり、小さな会社で何をすることも
無くなり、それぞれが次の仕事を見つけ身を退き去っていった。私は小売自営業を始めた。
小さなスペースのスーパーを11年間、営みその後、次の商売に替わって間もなくの頃である。
店の常連で来ていた若い客が兵庫県大会で優勝経験のあり、碁がめっぽう強い奴だった。
ある日、いつものように飲みに来ていて「マスター碁を知ってるの」と聞かれた・・・。

下につづく
posted by てらけん at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | Terakenの囲碁短編小説 | 更新情報をチェックする
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