◇ 寺沢憲重の10のラッキー名言 ◇      
:幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑っているから幸福になれるのだと言いたい。       
:笑いのあるところには活気もある。よく笑う人は不機嫌な顔をした人より長生きする。
:叶えるのが夢だけど、叶わなくても夢は夢さ、泣いて笑ってそれが人生、平凡がいい。
:人生いろ色あらァな、それを頑張って乗り越えたら喜びや楽しみが待ってるんやでぇ。
:人生に於いて全ての壁が、自分を高める壁だと前向きに思える人は壁を超えられる。
:ネガティブフィードバックの時こそ、得難い学びのチャンスそのものなのである。
:大切だと思うのは世に名を博した偉い人や大作家とはなるべく謦咳に接することである。
:たった百人の中の、私という自意識や誇りや自尊心や見栄や保身や奢りや愚かさの孤独。
:他人と比較するのは無意味だ理想の自分と比較せよ。何歳でも自分を変える努力をせよ。
:人生のターニングポイントの決断には。やり始める勇気とあきらめる勇気が必要である。 

2019年12月05日

一次予選にも通らず見事に落選「はんぶんこ」


  短編小説です。気が向いたら読んで見て下さい!。


  『はんぶんこ』タテ書き



     『はんぶんこ』 寺沢憲重

   その日は梅雨入り宣言がされた日で、室内は蒸し暑く、外では
  雨がしとしと降り、庭を見ると青や紫やピンクに色づいたアジサ
  イの花弁が濡れた重みでしなだれていた。
   それを見た智世(ともよ)は、アジサイを切り花にしようと思
  い立ち、傘をさして庭に出た。
  アジサイの青色と紫色と二本を切って戻ると、洗面所で二十p位
  の丈に切り、口の細い花瓶に生けた。
  「フフフフ〜ンフフフフ〜♪フフフフ〜ンフフフフ〜♪フフフフ〜
  ンフ♪フ〜フフフ?フフフ〜フ〜フ〜フ♪フ〜〜〜」
  『人生いろいろ』を鼻歌しながらリビングに戻り、テーブルの上
  にアジサイを飾った。
  「さてと、今日どうしようっかしら、あらっそうだわ! 読みか
  けの小説があったわ」
   本棚から夏目漱石の小説を取り出しソファに腰掛け栞が挟まれ
  たページを開けた。
   二〇〇八年十二月二十二日に発行された『別冊宝島・名作クラ
  シックノベル夏目漱石』『坊ちゃん』『夢十夜』『こころ』『硝
  子戸の中』の四篇が載っている。
  帯には−−もう一度読みたい。−−と書かれていた。
   智世は挟んであった栞を取ってテーブルに置くと『上 先生と
  私』に続く『中 両親と私』の(一)から読み始めた。
  「青年(私)が父親の様子を伺いに実家に帰ったのね、息子が卒
  業した父親の嬉しい気持ちとはそういうことだったのかぁ、なる
  ほど」
  と、胸のうちでつぶやいた。−−
   しばらく読み進めていると、紅茶が飲みたくなり、台所でお湯
  を沸かしていると、着信音のスカボローフェアのメロディーが聞
  こえたので、ガスコンロの火を止めて携帯を見ると、着信の相手
  は夫の雅章(まさあき)だった。
  「−−もしもし、おはよう」
  「あら! あなたどうしたの」−−
  「昨日の研修会は勉強になったよ。今からセミナー会場に行くん
  だけど、せっかくだ田舎に来たんだから、久保順平(くぼじゅん
  ぺい)と連絡を取りたいんだけど、あいつに電話をするときはい
  つも家の固定電話からかけてるから、電話帳を見てかける癖がつ
  いちゃって、携帯に登録してないんだよ、名簿を見て久保順平の
  番号を教えてくれないか」
  「はい、はい、解ったわ」
  〈どうしてこの人は、私に気を使うようなモノの言い方をするの
  かしら? もっと端的に、久保順平の電話番号を教えてくれない
  かって言えばいいのに〉と、智世は思いながら名簿リストをめく
  り、カ行を開け、久保順平の電話番号を見つけて教えた。
  「ありがとう。今夜は何時に帰るか分からないから、晩ご飯は先
  に済ませていいよ」
  「承知しましたわ〜−−ごゆっくりどうぞ」
   智世は不満を口に出さないで、わざとらしくもったいぶった言
  い方で返事をした。
   IT業界セミナー、インターシップ情報、IT業界に挑戦したい
  人のセミナー、IT業界に関する就活セミナー、IT業界への転職
  の際に役立つセミナーなどを調べ、最近はIT業界に関心を持って
  いるようけど、あの人には無理ね。
  「俺はIT業界に進出するゾォ〜」
   て、−−雄叫びをあげていたけど、−−すぐに音を上げるわ、
  −−あのボンクラにはIT業界は無理よ。
  −−台所に戻って、ガスコンロのスイッチを入れ、お湯が沸騰
  するのを待った。
  沸騰したお湯をティーカップに注ぎ、ティーバックを入れ、香
  りを逃さないように受け皿でフタをして蒸らしてから、ティーバ
  ックをゆっくりと半回転させそっと取り出した。紅茶の渋みがき
  つくならないように、お湯の中で揺さぶったりスプーンで押した
  りしないのが、紅茶を入れる時の智世流のこだわりなのだ。
   リビングのテーブルの上にティーカップを置いて、ソファに座
  り伏せていた本を手に取り、紅茶を一口すすり、−−ふ〜と一息吐
  いてから、夏目漱石の『こころ』をまた読み始めた。
   智世は人間心理をテーマにした作品であると評された『こころ』
  と題した青年(私)の手記を何としても読破して、人間心理
  の二面性を解き明かしたいと思っていたのだ。
   だが、−−なのにも関わらず、−−わずか五ページしか進んでい
  ないのに欠伸が何度も出た。「学問をさせると人間がとかく理屈っ
  ぽくなっていけない」(178頁引用)と言った父の言葉を読ん
  で、納得したかのように頷くと、−−ソファの上でそのままうたた
  寝をしてしまった。
   夫がいないことをいいことに、自分だけの時間を好きなように
  過ごすのだと思っていても、−−いつもの生活パターンの炊事洗濯
  清掃などの雑用を主婦は手を抜くわけにはいかない。
   主婦業は朝のうちにちゃんと済ませ一人の時間をゆっくり過ご
  していたのだが…… 
    −−その時!
   玄関のチャイムが鳴り響いた。
  その音で起こされてしまった。もうちょっと寝かしてくれていた
  らよかったのにと、思いながら子機を取って耳に当てると、−−
  「野沢さぁん、−−回覧板です」
  「は〜い、郵便受けに入れといてください」
   なんでこの人ったらいつも、回覧板でいちいちインターホンを
  押すのかしら? 
  郵便受けに差し込んで帰ればそれで済むのにィ。−−
   気持ちよく寝ていたのを起こされた不機嫌さもあって、つい口
  をついて愚痴が出た。
  雅章は飲んで遅く帰っても、温めのシャワーで全身を洗った後、
  「ああ〜腹減った。何か食べるものあるぅ」
   と言うのがクセである。
   「今夜もきっと、言うに違いないわ」−−
   買い物にちょうどいい時間だし、智世は出かけることにした。
  部屋着を脱ぎ外出着に着替えると、三面鏡の前の椅子に座り、手
  のひらにファンデーションを適量とり、指先で頬とひたいにちょ
  こんと着け顔全体にまんべんなくのばすと口紅を塗り、上唇と下
  唇を軽くこすり合わせると、ものの一分ほどで化粧を済ませエコ
  バッグに財布を入れ玄関を出た。
   商店街に入る手前にある駐輪場に自転車を停め、つい最近リニ
  ューアルオープンしたKスーパーのあるアーケード通りに向かっ
  た。
   歩きながらリニューアルオープンしてすぐに買い物に来たと
  き、お客様のレジ待ち時間の短縮を目的に導入したレジのシステ
  ムで、レジ係が商品登録のみを行い、会計はお客様自身が行う
  「セミ セルフレジ」に戸惑いちょっともたついたことを思い出
  した。−−
  「何でも便利になれば良いてもんじゃないわ」 
  とひとり言を言って、なんとなくアーケードの天井を見上げた。
  新装された天井が晴れた日の青空の様にスッキリといい感じにな
  り、透明感のあるアクリルの水色に見とれた。
  「あらまぁ! −−今まで気づかなかったわぁ」
   Kスーパーに入店しカゴを持って売場全体を見渡しながら、夜
  食を何にしようかと考え二、三歩歩き出して閃いた! 
  「今夜はあんかけ卵とじうどんにしよっと」−−
  消化が良いし、冷蔵庫の残り野菜をたっぷり入れて……、
   冷凍うどん五玉、玉子ワンパック、白ネギ、白菜、トースト、
  トマト、その他をカゴに入れレジを済ませ、エコバッグに買った
  物を入れていると、智世の横にレジを済ませた人が立った。ふと
  横顔を見ると昔からの知人だった。相手も顔を向け、お互いに目
  が合い、どちらからともなく、
  「あら! お久し振りね」−− 
  「こんにちは。お元気そうで」−−
   十五、六年前まで母と一緒によく買い物に行っていた果物屋の
  おばちゃんで、お店を辞めた後も、ちょくちょく街中で会う人だ
  った。
  「わたしさ、ここで美味しいと評判のチーズケーキを買ったの
  よ、急いでなかったら、あそこで、いっしょにお茶しながら食べ
  ません」
  「あら! よろしいの」
  「ご遠慮なくどうぞ」
  「じぁ、お言葉に甘えて」
   電子レンジに電気ポット、給茶機にカウンターコーヒーを設置
  し、お買い上げいただいた商品をゆっくりとお召し上がりいただ
  けるという『くつろぎ広場』で二人は休憩した。
  「智世さんでしたよね、智世さんのお母さんには大変お世話にな
  りました。いちじくがお好きで、旬の時期には毎日の様に買って
  もらいましたわ」−−
  「いいえ、こちらこそ、いつもおまけしてもらって、母は果物が
  大好きで果物が無いと生きてはいけないって、果物には生命活動
  に欠かせない栄養分の酵素が含まれていてそれを摂取するのが健
  康維持になるのよって、しょっちゅう言ってました」−−
  「その酵素のことをお客さんに教わったの、お客さんは食後より
  も、食前に果物を食べて酵素を摂った方が効果的だと教えてくれ
  たの、それで、−−果物屋が酵素のことを知らないのではいけない
  と思って、『新谷弘実』先生の本を読んで勉強したのよ、酵素が
  寿命を決める。−−生きた酵素は食事を通じて摂取することが重要
  なんだって書いてあったわ」
  「ミラクル・エンザイムよね、現在は酵素の知識は随分世の中で
  知られているわねっ」
  智世は話をしながら、しげしげと果物屋のおばちゃんの顔を見て
  時の移ろいを感じた。
  「おばちゃん、おばちゃんが店を閉めてから商店街もずいぶん様
  変わりしたわよねぇ」
  「そうだねぇ、隣の花屋に向かいのお菓子屋に、その隣のカシワ
  屋に奥の豆腐屋も鮮魚店も商店街の真ん中にあった肉屋も隣の八
  百屋もその向かいの履物屋に布団屋に洋服店に、−−皆んなおらん
  ようになってしもうた。
   人通りが全盛期の五分の一ほどでは小売店はやっていけない
  よ、大型店舗があっちこっちにぎょうさん進出して来たさかいや
  ねぇ」
  「男はつらいよの渥美清さんそっくりの肉屋のおっちゃん、あの
  肉屋のコロッケはうまかったねぇ、−−威勢のいい魚屋の〈さわら
  が旬でっせぇ〜おいしいさわらが入ってまっせぇ〜新鮮で刺身が
  おいしいでっせぇ〜〉と呼び込む魚屋のおっさんのダミ声、愛想
  のない花屋の兄ちゃんとか懐かしいわよねぇ」
  「お客と商売人といろんな話ができて、対面販売にはそれなりの
  良さがあったわね」
  「そうね、現代人は人間同士の触れ合いが希薄になってしまい、
  どこか寂しいわねぇ」
   新しい時代のニーズに対応して、市場はマンションに建て替え
  られ、医院や保育所ができ、飲食業や各種サービス業が増え、商
  店街は変貌しながら、町と共に歩み続けていた。

   その晩、セミナーに参加した雅章が、−−
  「あぁ疲れた、−−疲れた」
   と言って遅くに帰って来た。
  「セミナーでは、インターネット業界、WEB業界、情報処理サー
  ビス業界、ソフトウェア業界、ハードウェア業界に分類し、それ
  ぞれの内容を説明されたけど、−−俺のスキルを発揮できるような
  感じではなかったから、−−途中で辞めて出た」
  「えぇ! もう諦めたの〜早!」
  「新しいことに挑む時は、やり始める勇気が必要だが、諦める勇
  気も必要なんだよ」
  「諦める勇気ね、あなたの場合は面倒臭いと思ったら、さっさと
  やめちゃうのよねぇ、人生この先まだまだ長いんだよ、−−今後ど
  うするの」
   雅章は着ていたものを脱ぎながら、−−
  「そうやって今日まで生きてこれたんだからいいじゃないか、
  〈捨てる神あれば拾う神あり〉って昔から言うだろう。次に何を
  始めようかと悩み、人生のターニングポイントで葛藤し迷った時
  に、−−前に進むばかりではなく立ち止まって自分と向き合い、諦
  めるのも大事なんだ。−−世間は広い悲観的にならず運気が上がる
  流れを待つのも生きるための占術だよ」−−
   それだけ言うとバスルームにとっとと消えた。−−
  たまたまネットで、雅章の出身地に近い能登島の「島の宿」でセ
  ミナーがあることを知り、能登島で開催されるのなら行って見よ
  うかという気になり、研修会と翌日のIT業界関連のセミナーに参
  加しに行って来たのである。
   雅章はシャワーを浴びてパンツ一丁になり、−−
  「ああ〜腹減った。−−何か食べるものあるぅ」
  「ほうら来た! 」
   と智世は胸のうちで言った。
  「はぁい、パジャマに着替えて待っててね、すぐに作るから」
   そう返事を返し、ガスコンロのスイッチを入れた。熱くなった
  出汁と水溶き片栗粉を混ぜた鍋に、自然解凍で生うどんに戻した
  1玉を入れた。野菜を入れ?が茹で上がるころ、溶き卵を手早く
  混ぜ、三つ葉を散らし、おろし生姜を添えて出来上がり。
  「はいどうぞ、あなたの好きな、あんかけ卵とじうどんですよ
  ぉ〜」
  「いっただきまぁす。−−熱! おいしいねぇ〜」
  「料理のコツはさぁ、片栗粉はだし汁で溶くのよ、生うどんは茹
  でてから入れるんじゃなくて野菜と一緒に入れるの、その方がう
  どんに出汁が沁みて野菜は煮詰め過ぎなくてすむのよ、卵とじは
  沸騰しているうちに高い位置からたらせばふわふわに仕上がるわ
  よ〜」
  「ふ〜ん、おいしいよ、おいしいけどさ全部は食べられないな
  ぁ、半分こしようか」
  「いいわよ、−−食べられる分まで食べて」
  「そう言えばさぁ、−−和倉駅のキヨスクがなくなって自動販売
  機と和倉温泉観光案内所になってしまってた。駅弁もあのおいし
  かった『えんがら饅頭』も買えなくて、横のお土産屋さんで売っ
  ていたサンドイッチとビールを買って、福井県の九頭竜川を渡っ
  たあたりで、−−食べたんだよ」
  「じゃぁ、三時間ほど前に食べてるじゃん」
  「そうだね、消化が早いのか? というよりも、家に帰ると安心
  して智世の作ったものを食べたくなるんだよ、−−パブロフの犬
  の条件反射といっしょだね」
   そう話している二日ぶりの雅章を見て、研修会とセミナーで何
  を勉強し、何に刺激を受け、何を得て来たのか、分からないが、
  
何故か? 男の頼もしさを感じ、久しぶりに胸がキュンとし、疼
  くものを感じた。
   雅章が半分残したあんかけ卵とじうどんを食べ終わり、丼を持
  って台所に立って、
  「あなたまだ寝ないでしょ、−−もっと話を聞かせてね」
   と声をかけ、丼を洗いお風呂に入った。
   智世がお風呂から出る頃には、雅章は寝室で寝息を立てて深い
  眠りについていた。
  「なぁんだ、もう寝ちゃったの」
   期待が外れ、智世はがっかりし、ツインベッドの一つに、そっ
  ともぐった。

   翌日、朝食にハムエッグトーストとりんごの薄切り入りの野菜
  サラダを食べ、マグカップに淹れたコーヒーをすすりながら、雅
  章が昨日のことを思い出し喋り出した。
  「セミナーの午前中の部が終わって、久保順平に電話をしたら、
  セミナー会場まで会いに来てくれたよ。あいつは長男だから実家
  の電気屋を継いだんだ。家庭電化製品の販売は大手販売店に敵わ
  ないから、主な仕事は配線工事とか空調設備の設置なんだ。猛暑
  になると忙しくなるが、梅雨に入ったばかりのこの時期はまだ暇
  なんだって、すぐ近くにいい店があるからお昼をそこで食べない
  かと誘われて、能登島から中島町へ『ツインブリッジのと』を渡
  って、道の駅中島ロマン峠にある『峠茶屋』で和定食を食べたん
  だよ、地元の野菜って聞いただけで美味しく感じたねぇ」 
   雅章は珈琲を飲み『峠茶屋』で食事をしながら久保順平から聞
  いた話を喋り始めた。
  「ひでえもんだよ」−−
  「何よ? 何が酷いの?」−−
  「田舎の現状を聞いたんだけど……、想像を絶するね、限界集落だ
  って嫌な言葉だよ」
  「限界集落、−−そうね聞きたくないわね、過疎化の問題ね、どこ
  も高齢者ばっかりだもの、地域活性化だなんて、−−いくら言って
  も現実的には無理ね」
  「はぁ〜って、−−溜息が出るよ。社会的共同生活の維持が困難な
  集落は消えて行く運命なんだ。この先の日本はどうなるんだろう
  なぁ? 順平が言うにはさ、山間部に行けば、住んでた人が居な
  くなった家屋の屋根や土壁が崩落し、村の奥の山手の大半は廃屋
  同然だって。
   昔はさぁ稲刈りが終わると、脱穀機のある共同米倉庫の横の広
  場で村の住民を六班に別けてチームを作り、景品が出るバレーボ
  ール大会をしてたんだぜ、それが今では年寄りが住んでる家が十
  軒ほど残っているだけで、そのほとんどが一人暮らしなんだっ
  て、−−胸が苦しくなって泣けてくるよ」
  「廃墟とか廃屋を探索して写真を撮っている写真家がいるけど、
  人が消えた家屋が長年の過酷な自然の風雨にさらされ朽ち果て、
  天井は突き抜け、壁が崩れ基礎がむき出しになり、どの建物も、
  
今にも屋根ごと崩れ落ちそう。あんな写真を見ると切なさを感じ
  身につまされるわ、退廃美とか美廃墟とかは、私には解らないけ
  ど、朽ちた建物が何かを訴えている気がするわね」
  「そうだね、そこに生活していた人々の無念さのような思いが伝
  わってくるよね」
  「で、−−あなたの育った町はどうなの?」
  「一見、町並みは変わってないようだけど、商店街の通りは閑散
  として、店じまいをした店が増え、空き地になっている箇所もチ
  ラホラあるそうだよ、僕が高校を卒業した頃までは、あんなに栄
  えていた商店街も、買い物は大型スーパーに車で行ってまとめ買
  いするから、小売店はやっていけなくなったんだって」
  「−−日本全国がそう言う傾向よねぇ」
  「テレビではスローライフの田舎が暮らしがいいように取り上げ
  られているけど、そう甘くはない、過疎化がすすんでいる地域に
  移住したら将来が不安だよ、仕事がなく収入が激減し、お年寄り
  との付き合い方も大変で、田舎暮らしの理想とはかけ離れてい
  て、失敗した例も多いんだってさ、残念な話だけどね」
  「地元の人に溶け込めなかったり、農業で独立するのも簡単では
  ないし、自然が豊かなだけでは食べて行けないものね、……」
  「お年寄りの面倒を見る人が居ないから、介護難民の問題もクロ
  ーズアップして来てるんだ。高齢者の面倒を見てケアする地域密
  着型の介護が必要とされているんだよ。
   久保順平は偉いよ、アルツハイマー型認知症の母親を最後まで
  自宅介護を続けて看取ったんだって、−−その話を聞いて感動し涙
  が出たよ」
  「認知症の親を介護している話をよく耳にするようになったわ、
  介護する方もされる方も、両方ともお気の毒だけど、あなたも私
  もいつ認知症になってお世話になるか? 分からないけど……、い
  ずれは行く道だから覚悟していないと、どっちが看ることになる
  かしら、−−お世話するのもお世話になるのも嫌だわ」
  「誰にも面倒を掛けさせたくないって願ってるけど、こればっか
  りは分からないさ」
   雅章は最後のコーヒーを一口飲んで、−−
  「順平がさ、おいしいものを食べさせてやろうと思って、母親に
  能登牛の柔らかくておいしいのを食べに行こうかと聞いたら、喜
  んで行きたいと言ったんだって、温泉に浸かってから焼肉を食べ
  させてあげようと思い立ち、富来町にあるピラミッドのような形
  の建物で、『シーサイドヴィラ渤海』という宿泊施設の日帰りの
  温泉を利用して湯に浸からせ、その近くの小高い場所にある焼肉
  レストランに連れて行き、サーロインステーキを食べさせたんだ
  って、順平の母親は、サーロインステーキが柔らかくておいしい
  と言って喜んでたってさ。
  レストランの二階から日本海が眺められ時折、潮風に乗って窓か
  ら海の匂いがした。
   海の匂いがすることに気付くと、親父がまだ生きていた頃に、
  海水浴で遊んだ昔のことを思い出し、認知症の母親が話し始め
  た。
  順平の記憶の思い出と重なり、母親の記憶が鮮明に蘇っているこ
  とに驚いたって。
   海の匂いで記憶が呼び起こされたのかも知れない、−−人間って
  不思議だよなぁ、
  アルツハイマー型認知症でも、−−匂いを嗅ぐと記憶が蘇るんだ
  ね」
  「それ! 聞いたことがあるわ、花の匂いを嗅いで以前に行った
  場所を思い出したり、嗅覚を刺激するのは、認知症の脳にいいん
  だって」
  「お肉を食べ終わると、母親は若い頃に見た日本海に沈む夕日を
  見たいと言い出したので、志賀町の『サンセットヒルイン増穂』
  の近くにある『世界一長いベンチ』に母親を案内し、日本海に沈
  む夕日を見ることにした。
   その長いベンチは全長460.9Mあって、日本海に沈む美しい夕
  日を多くの人達に見てもらいたいという強い希望から、地元の多
  くのボランティアの手によって作られた名所なんだ。
  母親は日没までずっと喋り続け、自然現象の絶景のサンセットが
  始まるのを待った。
   その日は運が味方をしてくれたのか、年に一、二度見られるか
  どうかというぐらいの、大きなだるま太陽が現れた。順平の母親
  は夕日で頬を赤くし、胸の前で両手を合わせ小さく叩いて、両手
  を合わせ拝んだ。薄く覆った雲を黄金色と真っ赤に染めた美しい
  夕日がゆっくりと日本海に沈んでいった。
   母親は潤んだ瞳を光らせ、口元には笑みを浮かべ、穏やかな顔
  を順平に向け、−−
  〈私は夕日が沈むように死にたい〉と言った。 
   その時、何故そんなに悲しいことを言うの、何故そんなに暗い
  ことを言うのと思ってしまい、−−さげすむような目で母親を見て
  しまった。
   そして介護を続け最後まで看取った時に、−−〈私は夕日が沈む
  ように死にたい〉と言った母親の声が聞こえた。母親が亡くなっ
  てから、〈私は夕日が沈むように息を引き取りたい〉そう言う安
  らかな心情を伝えたかったのだろうと、あの時の母親が言った言
  葉の意味を理解できた。
   最近では、母親に寄り添い最後まで看取ることができたことの
  幸福感を沸々と味わえるようになってきたんだと、笑顔を僕に見
  せ、今思えば母親の介護を続けてきた五年間の日々は、−−あの夕
  日が沈んだ後の僅かな時間に変化していくブルーのグラデーショ
  ン。−−穏やかで無心になれる時間、−−何とも言えない残照の明
  りの中に居たような気がするんだ。と久保順平は言ったんだ。
   母親の行動や言動にイライラすることがたび重なり、それがスト
  レスになり、自分が心身ともにボロボロになる前に介護サービスを
  受けさせようかとも思ったが、現状から逃げることは母親を見捨て
  るような罪悪感に悩まされ気持ちがふさぎ込んでしまった。
   そんな時に、観音さまが目を開けるでもなく閉じるでもない状態
  の半眼には、半分は外の世界を見て、半分は自分自身を見つめてい
  るという意味があったことを思い出した。
  −−それからというもの半眼というヒントから、なんでも目一杯の
  100%ではなく、−−半分の50%でいいんじゃないのか、−−と悟
  ったんだよ。
   たとえば、母親の行動や言動を半分に受け止め、母親に対する
  イライラを半分に迎え、母親を叱るときの口調も半分は優しさに
  変え、言ったこともしたこともすぐに忘れてしまう認知症に対し
  て、−−悲しまず感情的にならず半分は笑って過ごそうと努めたら
  余裕を持てるようになり、ストレスを感じなくなった。
   そうしていると、母親の体調が良い日は笑顔が多く、〈ありが
  とう。助かるわ〉って、感謝されるようになったんだって、そん
  な話を聞くとさ、介護って厄介なことばかりじゃないんだと思え
  たね、もちろん厳しい現実もあるけどさ、順平の話を聞いて、そ
  んな親子の関係を過ごせた日々に無量の幸福な時間があったのだ
  ろうと思ったよ」

   雅章は定年退職後も働く意欲が充分あるのだが、自分が理想と
  している就職口はなかなか見つからないでいた。
   その日も、ハローワークに出かけた。
  家にいても退屈だから、就職口を探しているんだという気休めに
  来ているようなもので、ここぞと思える就職先が見つかるとは思
  っていない。求人票に目をやり、日本の雇用情勢はどうなってる
  んだ? カラ求人も多いと聞くが? 求人件数は増え仕事はいく
  らでもあるって本当なのか? 採用率が四分の一だなんて実態は
  悪化してるんじゃない? と小言を呟き、職安を出ると昆陽池公
  園に向かった。
   老化は足からという足腰の筋肉が衰えると、ちょっとした段差
  でもつまづきやすくなり転倒し、骨折すると回復するまでのリハ
  ビリが大変だと聞く、だから散歩が健康にいいんだ。一周約2キ
  ロ程の昆陽池公園の散歩を終え、171の歩道橋を超え市役所の西
  側を通り警察署の南側にある喫茶スナック「パープレイ」に寄っ
  た。
   店に入るとチーちゃんだけだった。
  「何飲みますか」
  「コーヒーちょうだい」
  「はい、どうぞ」
  チーちゃんはデンモクとマイクを雅章の前に置くとコーヒーを淹
  れに店の奥に移った。
  デンモクで新沼謙治の「ヘッドライト」を入れた。伴奏が始まる
  とチーちゃんが、
  「うち、この歌好きやねん」
   そう言われて気を良くして歌えた。他に誰も居ないのをいいこ
  とに、続けざまに好きな歌謡曲を五、六曲歌い五時近くになった
  ので、−−
  「よしこれでラスト、チーちゃんデュエットしてくれる。『北空
  港』を入れるから」

  (女)♪夜の札幌 −−−−−−♪
  (男)♪これからは−−−−−−♪
  (男女)♪−−−−−− 北空港♪

   デュエット曲を歌い終わるとチーちゃんにじゃあ又ねと言って、
  帰路に就いた。
   家に帰ると智世はソファの上で仰向けて、夏目漱石の『こころ』
  を読んでいた。
  「おやぁ〜まだその小説を読んでるの」
  「まだやなんて、『下の先生と遺書』を読んでる途中よ、だって
  遺書が長いんだもん」
   智世はこんなに長い遺書がかつてあっただろうか、罪悪感に苛
  まれ自分を追い込んでしまった先生の心は病んでいたのだろうか
  と案じ、重苦しい虚しさを感じていた。
   雅章の悪いクセで知ったかぶりが始まった。
  「人間の心の闇を繊細に表現してるんだろうけど、読んだ人の見
  解が変わるというか? 意見や評価が分かれる作品だね、あんな
  ことで……、自殺する人間のエゴイズムってどうなんだろう? −−
  腑に落ちんなぁ」
  「もう何も言わないでよ、まだ読んでいる途中なんだから、印象
  深い名台詞もあるのよ、−−『精神的に向上心のないやつは馬鹿
  だ』と、−−『恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なも
  のですよ』この二つがお気に入りなの、−−今のところしっくりし
  ないから、最後まで読んで、−−しっくりした気持ちにさせてよ」
  「しっくりしないよ、−−無駄だと思うな」
  「うるさいわねぇ、ほっといてよ、私は私で、家事の合間の楽しみ
  として読んでいるんだから、−−そんな気持ちを逆なでしないでよ」
  「いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ、その小説に対して、
  一家言持っていたもんだから、つい要らんことを言っちゃったね」
  「あなた、私と何年一緒にいるのよ」
   智世は怒るとヒステリックになり、あなたはあの時はこうだっ
  た。この時はこうだったと、昔のことまで蒸し返し、あれこれと
  引っ張り出し、怒りが増幅し、ああだこうだと雅章を甲高い声で
  叱責し罵倒し始める。−−
  「だいたいね、−−あなたには思いやりとか愛情が欠落している
  のよ。自分の都合のいいように生きて来たんだから、−−私に対
  しては、
気持ちには気持で返してよ。心には心で返してよ。
  
−−愛には愛で返してよ。−−笑顔には笑顔で返してよ。
  
−−私に対する思いやりを忘れないでよ」 
  終いには自分が何を言っているのか分からなくなってしまい我に
  帰るパターンなのだ。 
   そうなると雅章は大人しくして、〈さもありなんむべなるかな〉
  といった体で頷きながら、智世の気が収まるまで黙って聞いてい
  るふりをする。 
   嵐が去った頃合いを見計らって、雅章が切り出した。
  「料理だってさ、甘過ぎても辛過ぎてもあんばい悪いだろう。世
  の中の平和も夫婦円満も適当なところで半分こがいいんだよ、言
  いたいことも半分で、怒りも半分こに抑えて我慢する」
  「あなたって、半分こが好きねぇ、それって半分腰が引けてんじ
  ゃないの、−−半分こにするって無責任に感じることもあるわ、
  でも、−−なんでも半分づつ譲り合うと言う意味に於いて、半分
  こはいいわね、−−相手への思いやりにも通じるし、自分自身の
  辛いことや悲しいこと悩みごとなどメンタル面の緩和にもなるわね」
  「久保順平の話を聞いて、気づいたんだよ。夫婦円満の秘訣、持
  ちつ持たれつ無償の愛は、−−見えるものも見えないものも、−−
  分けられないものもわけれるものも、〈人生なんでも半分こ〉に
  分け合う生き方が、良いんじゃないかと悟ったんだ」
  「気づかないままでは悟れないものね、あなたの言わんとするこ
  とは何となく分かるわよ、だから転職先が見つかるまで、お小遣
  いも半分こね、私はお箏を習うからお月謝がいるのよ、だから、
  お小遣いも半分こにしようね」
  「おい、智世それはチョッと待って、話がおかしくなってるよ、
  なぁ解釈を間違えてるよ、智世、小遣い減らすのは勘弁してくれよ」
  「じゃあ、私を〈大きなだるま夕日〉で有名な富来町に連れて行く
   って約束してよ」
  「わ、わかったよ、−−いつか必ず連れてってあげるから」
  「相手の意見を聞いて、譲り合うのも半分こよねぇ」
   智世は即興で節をつけ歌い出した。−− 
   人生なんでも半分こ♫ 楽しみ喜こび半分こ♫
   奪い合わずに半分こ♫ 苦しみ悲しみ半分こ♫ 
   怒りも不満も半分こ♫ 愛し合うのも半分こ♫
   ♫フフフフ?フフフフ?フフフフフ♫♫♫                      
             「完」
 

 
posted by てらけん at 09:17| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする
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