◇ 寺沢憲重の10のラッキー名言 ◇      
:幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑っているから幸福になれるのだと言いたい。       
:笑いのあるところには活気もある。よく笑う人は不機嫌な顔をした人より長生きする。
:叶えるのが夢だけど、叶わなくても夢は夢さ、泣いて笑ってそれが人生、平凡がいい。
:人生いろ色あらァな、それを頑張って乗り越えたら喜びや楽しみが待ってるんやでぇ。
:人生に於いて全ての壁が、自分を高める壁だと前向きに思える人は壁を超えられる。
:ネガティブフィードバックの時こそ、得難い学びのチャンスそのものなのである。
:大切だと思うのは世に名を博した偉い人や大作家とはなるべく謦咳に接することである。
:たった百人の中の、私という自意識や誇りや自尊心や見栄や保身や奢りや愚かさの孤独。
:他人と比較するのは無意味だ理想の自分と比較せよ。何歳でも自分を変える努力をせよ。
:人生のターニングポイントの決断には。やり始める勇気とあきらめる勇気が必要である。 

2019年10月08日

青い屋根のマスター(てらけん)が暇つぶしに書いた小説!。


 応募作品『のっちゃん」

 「青い屋根」をご存知の皆様へ、一人でも読んで頂ければ嬉しいです。

  『のっちゃん』の物語はほとんどがノンフィクションです。

  気が向いたら縦書き横書きの読みやすい方で読んでね!。


        縦書きの⇨ 「のっちゃん」.rtf
 


       横書きの⇨ 『のっちゃん』  寺沢憲重(てらさわのりしげ)
 
          第一章 「ステレオ」

 能登半島の付け根にある「宝達山(ほうだつざん)」が637mで最高峰である。
七尾市の南に位置する「石動山(せきどうざん)」が564m、輪島市の「鉢伏山
(はちぶせやま)」が544m、珠洲市(すずし)の「宝立山(ほうりゅうざん)」
が471mである。
石動山をよく知る地元民や森林管理局の人達は真冬の石動山を登ると遭難する。 
「雪が積もっている厳冬期に石動山に登るようなダラはおらんぞ、死にに行くよ
うなものだ! 自殺行為に等しい! 凍傷にかかって凍死するぞ、低体温症にな
り睡魔に襲われて寝てしまったら死ぬぞ!」と地元の人々は口々に言う……。
 雪山の怖さは「八甲田雪中行軍遭難事件」で知られている。
「八甲田(はっこうださん)」は軍事訓練中に最も多くの死者を出した世界最大
級の雪山遭難事故だった。
厳冬期で積雪量の多い冬山登山は過酷で生と死が隣り合わせで、遭難事故が発生
するリスクが非常に高いことを今も伝えている。
 その年は大雪が降り、積雪が4Mから5M、そんな雪山の登山に単独で挑んだ
男がいた。
極寒の山から無事生還できたのか? 無謀な決断の要因は? 何があったのか? 
突き動かしたものは? 駆り立てたものは? ただの冒険心からだったのか?……

  −−日曜日のお昼過ぎ、
 廣田兼也(ひろたけんや)はそそくさとお昼ご飯を済ませると、
「母ちゃん、チョッと行ってくるわぁ〜」
「けん、どこへ行くがやぁ〜」
「のっちゃんちぃ」
「夕飯までにはちゃんと帰りまっしねぇ」
 どこの家も同じで母親は心配性で口うるさく家では小言を云う役目なのだ……。

 石川県七尾市中島町上町を通る県道23号線はまだ舗装されておらず砂利道だっ
た。大型車が通る度にすごい土埃りが舞い上がる。
「ごめんくだぁい、−−のっちゃんおりますか」
 のっちゃんのお母さんが奥から出てきて。
「あらっ! 廣田のけんちゃん、ノブは二階におるわいね、上がりまっし」
 廣田兼也の家から歩いて三分三十秒で、電気店の次男坊「中野信次(なかのの
ぶつぐ)」 学年が二つ上のスラッとした格好いい憧れの先輩がいた。
「廣田兼也」が高校三年生になったころから、のっちゃんとの親友(マブダチ)
の関係が深まった。−−
 学校が休みの日は頻繁にのっちゃんの部屋に上がり込んで遊ぶようになった。
「廣田兼也」と「中野信次」は、もともと、子供の頃からの知り合いで、のっち
ゃんの、お兄さんもお姉さんも、顔見知りだった。
 −−で、部屋に行くようになったきっかけは。
「けんちゃん、いっぺん遊びに来まっしね」
 −−とのっちゃんに、誘われてからだった。
 のっちゃんの部屋には! (さすが電気屋さんと思ったが)−−
安月給の中から月賦で買ったという。ビクターの真空管ステレオ・セパレート型
が、部屋の真ん中にドーン! と置かれていた。
のっちゃんはステレオの音を廣田兼也に聞かせたくてしょうがなかったのかも?
……、兼也は初めて、グレン・ミラー楽団のレコードをステレオで聴くことが出
来た!
「のっちゃん、凄いな! 凄いな! 」
 スピーカーからの重低音が下っ腹に響いた。
六十年代当時、レコードに「 STEREO 」と表示されたステレオ盤が普及し始めて
いたが、ステレオレコードプレーヤーなんて代物は、まだまだ、一般家庭では高
嶺の花だった。

 高校三年の兼也は、姉におねだりして買ってもらったプレーヤーに、廃車から
外したカーラジオのスピーカーを上下に取り付けた箱にスピーカーらしく見える
布を張ったお手製のスピーカーボックスを繋ぎ、なけなしの小遣いで買ったレコ
ードを聴いて楽しんでいた。
 観た映画のサントラ盤は映画を観た帰りに、必ず買うことにしていた。
七尾駅前のオリオン劇場で観た「ティファニーで朝食を」は、オードリー・ヘッ
プバーンと雨に濡れている猫のラストシーンしか覚えていないが、アンディ・ウ
ィリアムスが歌う『ムーン・リバー』は大好きだった。
 当時は、洋画を見るのが大好きで『大脱走』『エデンの東』『ウエスト・サイ
ド物語』『禁じられた恋の島』『鉄道員』『ベン・ハー』など60年代は数々の映
画を鑑賞した。007/危機一発の『007/ロシアより愛をこめて』この映画は、
のっちゃんに誘われて金沢市の香林坊の映画館まで観に行った。
『ウエスト・サイド物語』は、どこの映画館で上映するのかをのっちゃんが知る
と誘ってくれて、女の子達も一緒に、金沢市、七尾市、穴水町の計三箇所の映画
館を観て廻った。
初めて観たミュージカル映画の魅力に惹かれた。歌って踊るだけの映画ではなか
った。音楽もダンスも脚本も良かった。印象に残るシーンが随所にあり、とにか
く、ダンスシーンの格好の良さにただただ憧れた!。
 のっちゃんは映画を観たその日の夜など、学校の体育館で「I liketo be in
America Ok by me in America ララララララ〜アメリカ〜」と、
歌って踊って、ひとりで楽しんでいた。−−
 のっちゃんは、当時としては身長が高い方で、ウエスト・サイド物語のジョー
ジ・チャキリスや洋画の影響で、ヘヤースタイルはソフトなリーゼントで、カル
ダン、テッドラピドスが好みで、濃紺のビロードのジャケットに黒のタック入り
ドスキンのスラックスを着こなしていたのが印象的だった。
「−−あんた、ひょっとして洋行帰りかいね」
 なんて、時には見間違われたこともあったという。   
 昔は「電気蓄音機」(電蓄)と言っていた。レコードプレーヤーと言うように
なってから78回転のSP盤の売り上げが激減し、SP盤の製造は中止になり、45回転
EP(ドーナツ)盤の売り上げが順調に伸びていった。
 圧倒的な人気を高めたシングル盤は主に流行歌であり、33回転LP盤はクラシッ
ク、ジャズ、オーケストラなどの音楽だった。
 はじめてステレオで聴いたクラシック音楽は、ドヴォルザークの交響曲第9番
「新世界より」第4楽章と、ベートーベン作曲の交響曲第6番「田園」だった。
 一週間後、−−兼也は、同級生の友人二人にもステレオ音楽を聞かせてやりた
くて、のっちゃんの部屋に突然! 友人二人を連れて行った。
「今日は友達を連れて来たわいね!こっちが『高松』そっちが『和倉』」
 のっちゃんは、かしこまって正座している二人に、こっちそっちと指をさして。
「−−高松くんと−−和倉くんか−−初めましてよろしく」
 初対面だから致し方ない。−−
 お互いが自意識過剰で肩苦しい挨拶だった。−−
「のっちゃん苗字で呼ぶのは何や? 肩苦しいがいねあだ名を付けてや」
「そうやな、たった今から ター坊とワケンって、呼んでもいいかいね」
 兼也の意見に賛同して、のっちゃんは人当たりの良い気さくで媚びない一面を
見せ、いつものように、にこやかな顔で接した。
 この瞬間から、ター坊(建築科)とワケン(機械科)と兼也(機械科)と、
のっちゃん(地方公務員)の友人関係が始まった。
二人は十分もしないうちに、昔からの知り合いのように打ち解けて喋っていた。
 ター坊は教職員の家で育ち品行方正な感じでワケンは食料品店の長男で大人
びていた。七尾駅から七尾線に乗り能登中島駅で下車し、のっちゃん家まで徒歩で
来た。のっちゃんは、七尾から来た二人を気に入ったようで、いろんな話をした。
 −−そんな話の流れの中で。
「けんちゃんの好きなというか、自分の励ましや戒めにしてる言葉は何かいね?」
「うそつきは泥棒のはじまりと、親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はないっ
て、母ちゃんがしょっちゅう言うてるやつや」
 それを聞いてのっちゃんは、のけ反って笑った! 
 つづいてワケンが、−−
「遠くて近きは恋の道、近くて遠きは田舎道、ああ〜男女の仲はなんと遠いもの
かのぅ〜、近くて遠いは男女の仲よ、あぁままならん」
 とふざけて言った。
「ワケンは好きな人でもおるがかいねぇ」−−
 と、のっちゃんにツッコまれ、三人は大笑い。
 ター坊は、しばらく、考えて……! 
「大山鳴動して鼠一匹、聞くは一時の恥聞かぬは末代の恥、魚心あれば水心、
馬鹿とハサミは使い様、棚から牡丹餅、青は藍より出でて藍より青し、坊主憎け
りゃ袈裟まで憎い、君子豹変す。以上!」−−
「まあ! つらつらとようけ出たがいね!」
「これみんな母親が近所のおっちゃん、おばちゃんとマージャンをしているとき
にダジャレで使うことわざやねん、出たらでかいぞぉ〜でかいぞ〜と、国士無双
のテンパイが流局し、ノーテン罰符だけになると、すかさずだれかが、大山鳴動
して鼠一匹かいねぇと言うんや、リーチを掛けると、誰かがマチは何やろうねと
呟くと、聞くは一時の恥聞かぬは末代の恥やけどマージャンではご法度やわいね、
すると誰かが魚心あれば水心って言うやないのっていった調子や、数学教師だっ
た同じ町内のおじいちゃんがオーラス(最終局)で、跳満(大きな役で高得点)
に打ち込んで逆転負けし『クッソ〜だちゃかんだらぶちが〜』と言うと、すかさ
ず『君子豹変す』と母親が言うんや、おもしろいやろマージャンは呆け防止やな」
「さすがに元教職員の遊び方はウイットに富んでるね、ことわざが飛び交うとは」
 −−と言って、のっちゃんは頷いた。
「ぼくの座右の銘は! 親父から聞かされていた『人間は平等である』やねん、
親父は寡黙な人なので母から聞いた話やが、親父は職業軍人で海軍大尉やった。
『利根』という重巡洋艦に搭乗してたときに瀬戸内海で空襲に遭い被弾し損傷し
ながら座礁してしまった。機関室にいた親父は部下がパニックになり、燃え上が
る甲板にわれ先にと飛び出し、命を落とすことを止めるために、当時配下だった
喜劇俳優の堺駿二(堺正章の父)さんに、−−なんとか隊員を落ち着かせるよう
にと命じたんや、コメィデアンだった堺駿二さんの歌やお笑いの芸で部下たちが
落ち着きを取り戻した。それで部下全員が助かったんやて、そんな目に遭うた親
父も無事に生還できて運が良かったんやなぁ」−−
のっちゃんのお父上様は『学問のすゝめ』の冒頭に、「天は人の上に人を造らず、
人の下に人を造らずと云えり」の名言を用い、人間の自由・平等・権利の尊さを
説いた「福沢諭吉」が創立者の慶應義塾大学を出た人だった。
「いかなる職業であろうと、あるいは身分や階級に違いがあろうと、人間は平等
である」と説いてのっちゃんに教えたという。−−
 何年か後にのっちゃんは、人間は平等であると言う前に、人間一人ひとりに違
いがあることを互いに認め合い尊重することで、真の平等が生まれるのではない
かという悟りに気付いたと言う。
「人は時として戒(いまし)めの言葉に救われるがやね、先人の教えのことわざ
には、教訓や格言など叡智(えいち)が詰まっていて、人生の処世術が学べるさ
かい、知ると知らぬでは大違いやわいね!」
 ためになる話の後も、のっちゃんの機知(きち)に富んだお喋りが楽しくて、
愉快で、面白くて、太ももを叩いて笑い合って過ごしていた。−−

 グレン・ミラー楽団、パーシーフェイス楽団、ビリー・ヴォーン楽団のLP盤や、
まさに今から流行らんとする。アストロノウツの「太陽の彼方に」ビートルズな
どをステレオで聴かせてもらい、至福の時を過ごした。
 一年後の1964年の夏に「太陽の彼方」が大ヒットし、エレキギターが流行し、
ビートルズはヒットチャートの1位から5位までを独占し人気が爆発した。
 のっちゃんがタバコと灰皿を持って立ち上がり、窓の敷居に腰掛け一服吸った。
三人はのっちゃんのタバコを吸う格好を見て、裕次郎、宍戸錠、小林旭など銀幕
のスターを見ているような羨望の眼差しを向けた。
 タバコを吸い終わると、−−
「次は、クラシック音楽をかけるから、目を瞑って聴いて、浮かんだ情景、曲の
感想、思ったことを言うのをやってみんかいね! 」−−
 三人は顔を見合わせ、首をすくめるようにして照れた様子を見せしながらも、
面白そうな感じに興味津々、やる気満々になった。
「−−やる! やる! ちょっと緊張するな……」
 のっちゃんがターンテーブルにLP盤を乗せカートリッジ(ピックアップ)を、
人差し指に乗せ、レコード面の音溝の始まりの部分にレコード針を慎重にゆっく
りと下ろした。−−
 ター坊、ワケン、兼也の三人は、窓辺に背を凭れて神妙な面持ちで目を閉じた。
のっちゃんは、先入観にとらわれないようにするために、音楽の題名は言わなか
った。しかし、三人とも、ジャケットのドヴォルザークの文字がチラッと見えて
しまった! ||十二分チョットの音楽を聴き終わって……。  
 −−ター坊が「はい」と挙手をして感想を言った。
「大地を走るSLに乗り、車輪の軋むリズムに合わせて、過ぎ去る車窓の景色を見
ているような情景が浮かびました。ラストは夕日に向かって突っ走って行くよう
な感じがしました……」
 −−次に、ワケンが手を上げて……。
「リズムの進行、メロディーの変化が雄大なアメリカ大陸へと誘(いざな)うよ
うに聞こえました。壮大な故郷への切なる想いを知らしめる絶大な効果を感じま
した。ヴァイオリンが加わり盛り上がっていくクライマックスは交響音楽の醍醐
味を感じて魂が震えました」
 二人が言っているほとんどは、ジャケットの裏の解説文に書かれてあったこと
だった。
 −−最後になった兼也は……。
 先に思っていたことを言われてしまい、切羽詰まり思いつきで言った。
「最初の方は躍動感に溢れ、騎兵隊が大草原を駆けて行くイメージが浮かびまし
た。目を瞑って聴いていると、演奏者がそこに居るようで、音楽が立体的に聴こ
えました。シンバルが1回だけ鳴りましたが、ずっとその時を待つ演奏者の気持
ちはどうなのかな? と、チョッと気になりました」
 三人の感想を聞き終わり、−−のっちゃんは。−−
「はじめての体験やと思うけど、多少は高尚な感じがしたやろね……、そもそも、
100人の人間がいたら100様の嗜好があって当然やわいね、三者三様の自由な捉
え方でいいがやちゃ」−−
 ター坊とワケンの感想が想定以上に真面目なのに感心したなぁ。けんちゃんは、
ほんとうに思ったことを言ったので、価値観の多様性を感じて面白かった。
クラシックを聴き感想を述べるには、それなりの知識や教養が必要になって来る
ものだと語った。
 −−何ともはや真面目な遊びなのでしょう。
「のっちゃん、来週の土曜日も来ていいかな」
「−−あぁ〜いいよ」−−の返事を聞いて、その日は帰った。

 −−翌週の土曜日。
 当時はまだ公立学校の土曜日は半ドンであった。その後に週休二日制が導入さ
れ、今日では「半ドン」は死語になりつつある。
 羽咋工業高等学校は羽咋駅から二級河川の羽咋川沿いを歩いて、国道249号線
に出て、大橋南詰を右に曲がり、かなりの坂道をずっと登りきったところにある。
羽咋駅から学校まで約1.8q徒歩で25分位。その通学路を土曜日は。国道249号
線の坂道を駆け下り川沿いを走り駅まで必死に走って列車に間に合うと、次の列
車に乗るよりも1時間早く家に帰れる。
 かつては半日行われていた土曜の授業、学校ごとの方針で土曜日の休みを段階
的に取り入れ、多くの学校は週休2日制になった。
かつての教育方針は詰め込み教育で知識をたくさん覚えることを目的としていた。
それによって熾烈(しれつ)な受験戦争が起きた。既存の教育方針が問題視され
是正を計った。
 授業内容を検討し時間割を見直し、これまでの土曜授業を廃止し、有意義に時
間を使うよう促す「ゆとり教育」に転換された。ところが、これまで世界で高か
った日本の教育水準がみるみる低下したのだ。
「ゆとり教育」の是非はどうなのか? 何をかいわんや、−−言わずもがだ。

 −−土曜日、授業が終わると三人は、いち目散に羽咋駅まで走った。
どうにか間に合った。七尾駅に降りてター坊もワケンも家に戻って私服に着替え
た。ワケンは紙袋にLPレコードを入れて来た。
ター坊は、母親が持って行きなさいとすすめた菓子折りを持って来た。? 
七尾駅で穴水方面行きのホームに待っているとNA校の普通科へ通っている女子
生徒と出会った。二人とも兼也と中学の同級生である。
「こんちわぁ〜、うたちゃん、やっちゃん」
 兼也は中三の夏休みに、やっちゃんと、うたちゃんの家で遊んだことがあった。
うたちゃんは、日活の「芦川いずみ」さん似で、保母さんになるのが夢だった。
やっちゃんは、松原智恵子さん似で、ええとこの子という雰囲気で可愛らしくて、
社長さんの奥さんになりたいわぁと言っていた。
久しぶりに会った二人はまだまだ純情そうでNA校のセーラー服姿が新鮮だった。
「うたちゃん、やっちゃん、久しぶりやなぁ、一緒に帰ろう。紹介するは、−−
こっちがター坊で、そっちがワケン」 
 兼也はいきなりニックネームで二人を紹介した。
ター坊です! ワケンです! と屈託のない挨拶の仕方が可笑しかったのか? 
うたちゃんと、やっちゃんは、忌憚なくクスリと笑った……。 
「女子に対する免疫がない男子校のオレらは、女子との会話に慣れてないさかい、
何を喋ったらいいのか分からん? がやちゃ」
 とワケンがおどけると……!
「免疫力が無いがやちゃ〜」−−
 とター坊がすかさず言ったので、みんなが笑った。
 初対面同士なのに、かしこまることもなく、緊張感もなく、すぐに和み、列車
に乗っている間も、能登中島駅から中島町の商店街に向かって歩いてる時も、
たわいない話のキャッチボールが途切れることなく続いた。
 兼也がNA校の普通科へ行っとけばよかった。たくさんの女子に囲まれて、
モテたかもと男女共学の環境を羨ましがると……。
ワケンが男子校の華の無い寂寥感を嘆き、バンカラと言えども寂しいと言った。
 −−ター坊は照れ隠しに、目を細め笑っていた。 
「今から三人で、どこへ行くの?」
「先輩の、のっちゃんち」
「何かあるの?」
「ステレオ音楽のミニコンサートすんねん」
 ||二人は目を輝かせ興味津々だ……! 
「何だか! 楽しそう! 」
「二人とも、このあと用事ある」−−
「別にこれといった用事はないけど……」
「だったらさ、よかったら、聴きにお出でよ」
「いきなり行ってもいいのかしら」−−
「いいよ、いいよ、大丈夫やちゃ」
 のっちゃんの、人柄の良さを話して聞かせ、ステレオで室内楽の調べを一緒に
聞こうよと二人を誘い、遠慮しないでのっちゃんちに、お出でよと約束をした。
稼業が荒物屋さんのうたちゃんを見送り、商店街を通り過ぎ、神社の前を通り橋
詰を右に曲がる手前で、やっちゃんを見送った。
上町橋を渡って右に行けば五分ほどでのっちゃんちだ。否応なく高揚感が高まる。
「こんにちは〜のっちゃん」−−
「おぅ〜来たか、上がりまっしねぇ」
 二階に上がると、ほうきとチリトリを持って立っていた。−−
「部屋の掃除をして、ちょっと模様替えをしてみたくなったがやちゃ」
「のっちゃん、ぼくらも手伝うわいね」
「どうすんの? ステレオを動かすの?」
 畳の上にカーペットを敷き、ステレオを部屋のど真ん中に置き、窓には音を遮
り、残響音を吸収するように、分厚いカーテンを吊し、壁には七尾市のM楽器店
から貰ってきたA1サイズの音楽ポスターを二枚貼り、コンセントに差し込むだ
けのムードランプと、キャンドルも買って来ていた。
「のっちゃん、こんな感じでいいがかいね」
「これでいい、||こうしたかったがや〜」 
 −−模様替えが済み、一段落して。
ター坊が、これ! どうぞと手土産を渡した。
ワケンはニヤけた顔で紙袋を開け、LPレコードを取り出した……。
ジャズのクラリネット奏者のエドモンド・ホール(Edmond Hall)とベ
ニー・グッドマン(Benny Goodman)のレコードだった! −−
「えっ! ワケン! −−それ? どうしたの」
「親父が七尾でバンドをやってて、クラリネットを吹いてんねん、それで家には
ずっと前から、このレコードが置いてあってん」
「へぇ! そんながかいねぇ!」−−
 のっちゃんは、驚きを隠せず素直に喜んだ! その時! −−
「ごめんくださ〜い、ごめんくださ〜い」
 下の方から黄色い声が聞こえた。
「来た〜! 来た〜!」
 ワケンとター坊が色めき立った。
女性の声に! 首を傾げ、誰が? 来たのだろう? と怪訝そうな顔で立ち上が
ろうとしているのっちゃんを制して、兼也が階下に降りた。
「ようこそ、どうぞ、上がって、上がって」
「こんにちは〜おじゃましま〜す」−−
「のっちゃん、本日のサプライズやでェ! 」
 兼也がこれこれこうで二人を誘ったのだと、ことの成り行きを説明した。
「ほんながかいね、−−ハハハハハ〜」
 −−のっちゃんは高笑いをした。
 部屋の模様替えが済んで、いい雰囲気になった丁度いいところに、女子二人が
来てくれた僥倖に、ご満悦の様だった……。
 兼也は私服に着替えて来た二人を見て、大人の秘めた部分を隠し持った。−−
芽生えたばかりの女性のエロティシズムを感じていた。
 ワケンもター坊も、スケベな好奇の眼差しを見透かされないように作り笑いで
ごまかしながらも、獲物を見つけたライオンのような大きな目で二人を見た。
「コンニチハ〜」−−と、改めて挨拶を交わした。
 のっちゃんは、階下から座布団を二枚持って来て、二人に座るようにすすめた。
緊張し、かしこまって正座している二人に、−−
「ここでは、同じ仲間だと思って、気楽に足を崩して楽にしてくだいね」
 スカートを気にしながら、横坐りをするエレガントな仕草に目が奪われ…、 
素足の膝小僧を出して、脚を曲げたふくらはぎの曲線美に女性らしい、セクシー
さを感じ男性陣は、−−うかつにもゴックンと生唾を飲んだ。
「ようこそ、さてと、音楽はどんな? ジャンルが好きながかいね?」
「勉強するときにラジオから流れてくる洋楽を聴いている程度で特に……」
当時のラジオ番組は「S盤アワー」「L盤アワー」「ユア・ヒット・パレード」
で、映画音楽に限らず流行の外国音楽をどこよりも先に聴けたラジオ番組だった。
「しいていえばS盤アワーで聴く、ポップスのヒット曲が好きです」−−
「S盤アワーかいね。−−解ったぞいね! 」
 のっちゃんは先ず、サンレモ音楽祭の大賞を受賞した曲を聴かせてあげた。
・ルチアーノ・タヨーリ(Luciano Tajoli) の『アルディラ』
・エミリオ・ペリコーリ(Emilio Pericoli)の『ぼくの選ぶ人』
・ジリオラ・チンクェッティ(Gigliola Cinquetti)の『夢見る思い』
 −−うたちゃんも、やっちゃんも、エミリオ・ペリコーリの甘いソフトな歌声
にノックダウン! ター坊とワケンと兼也は、ジリオラ・チンクェッティの
「夢見る想い」のピアノの音と「ノノレタ〜ノノレタ〜」の歌声と歌詞に心を
グッとわし?みにされた! −−
 
 Non ho l'et?   私はまだ 大人じゃない
 Non ho l'et?   私はまだ 大人じゃないの
 Per amarti    あなたを愛するには
 Non ho l'et?   私はまだ 大人じゃないの
 Per uscire    出かけるには
 Solo con te   あなたと二人だけで
 Se tu vorrai   もし あなたが望むなら
 Se tu vorrai   もし あなたが望むなら
 Aspettarmi   私を待っていて
 Quel giorno avrai その日にあなたは手に入れるでしょう
 Tutto il mio amore  私の愛のすべてを
 Per te     あなたに

 兼也がサンレモ音楽祭のことを知ったのも、イタリアで開催され、カンツォー
ネ・ブームが起きたのもこの頃だった……。
いよいよ、ワケンが紙袋を抱えて持参したエドモンド・ホールとベニー・グッド
マンのクラリネット演奏のLPレコードをかけた! −− −− −−
 何とも言えない大人の世界観を堪能した。−−
のっちゃんはもともと、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、ビル・エ
ヴァンス、チャーリーパーカー、トランペットの演奏と歌も歌ったルイ・アーム
ストロングや、ジャズ・ヴォーカルではビリー・ホリディ、サラ・ボーン、カー
メン・マクレエなどの、レコードを聞いていたが……、
 ワケンが持って来てくれたレコードを聴いて、クラリネットの軽快なスイング
と美しい音色に魅了され、−−スウィング・ジャズの代表的な音楽を聴いて、
 −−ますますスイングジャズの虜になってしまった! 。 
 そのころは漠然としているとしながらも、−−
「音楽ディレクターになって、自分の好きな音楽の世界を求め、−−素晴らしい
音楽のレコードを製作して、音楽の力を人々に伝えるのが夢なんや」−−
 とのっちゃんは自分の夢を語った。−−
 −−生徒たちの卒業アルバムの寄せ書きに、……
 ・ 音楽のあるところにのっちゃんあり。
 ・ のっちゃんがいるところに音楽あり。
 と書いた女子がいた。その子は凄く頭が良くて美人で際立っていて、学校のマ
ドンナで生徒みんなから憧れの存在だった。
「ぼくは音楽好きの音楽バカだよね」−−
 そう言って、照れ臭そうに頭を掻いた。
「その女の子はうまいこと書いたなァ〜」
「その子はのっちゃんに憧れてたんじゃないがけぇ、きっとそうやぁ」
 うたちゃんとやっちゃんは目を合わせ、おどけたような仕草で笑って頷きあっ
ていた。
 のっちゃんがレコードボックスから、いち枚のレコードを取り出し、−−
「Nini.Rosso(ニニ・ロッソ)の澄みきった音色が好きなんや、なんべん聴いて
も癒されるがや、心の芯まで染み入るがやわいねェ、ニニ・ロッソのこの曲に魅
了されてNS校の吹奏楽部に入部した生徒がおるがやわいね、日本中の学校の吹
奏楽部にトランペットを吹きたいと吹奏楽部に入部した子がどれだけいたことか」 
 −−と言って、−−
『夜空のトランペット/夕焼けのトランペット』の二曲をかけた。
 −−素晴らしいトランペットの音色が流れた! 
 ワケンが興に乗り、左手の親指を唇に当て、右手の三本指で器用にピストンを
押して動かす真似をして、音楽に合わせてトランペットを吹いている格好を披露
した。それが! 大ウケで、みんなが手を叩いて喜んだ。
 −−ワケンはそれが嬉しくて喜んだ。
 −−そしてその後も、いろんな話が飛び交い話が弾んだ。
 話がいち段落して部屋に静けさが戻った時。−−
The Solo Sessions, Vol.1 - Bill Evans(ソロセッションVol. 1ビル・
エヴァンス)のジャズピアノの繊細で美しい旋律が静かに始まり、部屋の隅々ま
で鮮明な音が流れた。−−
 のっちゃんはBGMにもってこいだと言って、珍しく学校の話を始めた。
「ぼくは先生でもない、学校の事務職員やのに、生徒達が何やかやと相談に来る
がやちゃ、学校が嫌いになってきたとか、自分の性格が嫌いになったとか、親は
進学をすすめるが就職したいとか、好きな人がいるんやけど告白のしかたが分か
らんとか、恋愛問題、進路問題、友人問題、家族問題など様々な問題を抱え、両
親にも友人にも担任にも言えん悩みを、僕んところへ持って来るがやちゃ。どの
生徒も相談事を、ちゃんと親身になって聞いて上げるだけで、悩み事が緩和する
みたいや。
 言葉に出して、ひとりで抱え込まないことやね、誰もが、いろいろな悲しい思
い、辛い思いをしてるがやね、自分に起きたことは自分で背負って行かなければ
ならん、誰かに代わってもらうわけにはいかんがやさかい、どう解決するかは本
人の気持ち次第やね。
 悩みごとには、答えが見つからない、見つけられないことが多い、だから悩む
がやねェ、どうしたらええのか?……この世に100%それが正解やという答えは
ないが……、それは良くない、それは間違っている、それはこうした方がいいん
ではないかと……、言えることはある。……それに気付かせることやねぇ。気付
きがあれば学びがあり、成長に繋がるんやねぇ」
「−−ぼく、将来が不安でどうしていいのか分からんようになってんねん」
 −−と相談に来た生徒がいた。
「将来のことを考えると不安だと悩んでる子も多いんやね、そんな時もいっしょ
になって考えてあげる、先のことは僕もわからん、明日のこともわからん、分か
らんことを悩んでもしょうがないさかい、今何ができるか? 何をすべきか?
好きなことは何や? それを考えた方がいいのと違う。−−先のことは先になっ
て考えたらいいんとちがう? そのときがきたら必ず君にとっていい答えが出て
くると思うよって、言うと安心するみたいやったなぁ」−−
「−−ふーん! なるほど、そうやなぁ〜」
「十二、三歳から芽生えた思想感とか、高校生にもなると自我と観念が、一人ひ
とりに確立してくるがやねぇ、||本人は気づかないうちに、誰もが自分の考え方
を持つようになる。
 そうなると、コミュニケーションがとり辛くなるがやね。相手が悪いようなこ
とばっかり言って、その時の自分はどうだったのかは言わない、−−いつでも自
分は悪くない悪いのは皆な相手という自分本位で考えるんやね。
 それは誰でも自分が可愛いから当然ながや、−−だから、そういうところを否
定したらダメながやちゃ、認めてあげた上で、−−でもなぁそれはどうかなと? 
その子の言葉を聞いて、いろんな考え方があることを話し、思慮深くすり合わせ
てゆくんやね、−−すると、かたくなだった思考が柔軟性と多様性を持つように
変化するんやねェ」−−
 −−のっちゃんの話を聞いていたやっちゃんが、−− 
「言った方は何の気なしに言ったことでも、言われた方はとても傷つき、凹む場
合ってありますよね、そんな場合は、どうしたらいいのかしら?」
「人付き合いでそのケースが一番多い悩みやね、発する言葉には、心からでる言
葉と、気持ちから出る言葉と、頭から出る言葉があるんやね、−−しかも頭で考
えて出る言葉には。心も気持ちも関係してくるんやね、……。
言うた方は覚えてなくても、たったひと言で友だちを失くすのは寂しいよねぇ、
悪気がなくても、たったひと言で相手のこころを傷つけてしまうことがあるがい
ね、社会通念上許されないと、−−ああだこうだと裁判じゃあるまいし、論議し
ても詮無いこっちゃ、大事なのは常識を知ることやね、無知ではだちゃかんのや
ね、でも、何も知らなくても『心』が美しければ、それが一番なんやけどね」
 のっちゃんは、決して人を貶さない、相手あっての自分だから、言った方も言
われた方も苦手とか嫌いとか、うまくゆかなくなる感情が蠢(うごめ)く原因は、
少なからず自分にもあると考えた方がいい、−−自分を見つめ直す大切さやね、
「仇も情けも我が身から」って言うことわざがあるがいねと、言った。−−

 ピアノの音が消え、レコード盤の最後の溝で、レコード針がくり返し回り、針
が擦(こす)れる音だけがかすかに聞こえている森の中のような静寂……。
 熊木川の浅瀬をせせらぐ心地いい水音が聴こえ、−−窓の外の景色は暮色蒼然
(ぼしょくそうぜん)としていた。
山々は薄っすらと鼠色した尾根の形を暮れ行く空の下に浮かべていた。
 −−うたちゃんとやっちゃんが、
「今日初めてのっちゃんの部屋に訪れて、ステレオ音楽を聴かせていただき感激
しました。楽しい時間をありがとうございました」−−
 と気持ちを伝え、深々とお辞儀をした。
 「また、来てくだいね」−−とのっちゃんは言葉を返した。 
 帰り際になって、二人から提案が出た。−−
「ステレオコンサートができる場所があったらいいのにねぇ!」
「ひとりでも多くの人といっしょにステレオコンサート音楽を聴く楽しみを共有
できたら素敵でしょうねぇ!」−−
「それはいい考えだね! 考えて見るか」 
 のっちゃんは二人の気持ちを汲み取った。
「今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
「もう帰るの〜まだ居ればいいのに〜」−−
 男連中は名残り惜しそうに言いながら見送った。
女子が帰ったとたん、何だか急にお腹が空いて来た三人は、パンでも食べるかぁ、
 −−のっちゃんパン買いに行って来るわぁ〜と言うや否や、二階を降りて外へ
出ていった。
 パン屋に向かっている途中! すっかり日が暮れた街中を学ラン姿で、肩をい
からせ、見たことがある。男が前方から歩いて来た。
「松井でないがけ?」
「−−おぅ!」
 学校で松井に、のっちゃんちに行くことを伝え、お前も来ないかと誘い、能登
中島駅からのっちゃんちまでの手書きの地図を渡した。部活で遅くなりながらも、
初めて訪ねるのっちゃんちに向かって歩いていた! 。
「−−よう来たなぁ〜」
カバンと帽子を家に置き、家の者に行き先を告げて、直ぐに出て来たのだと言っ
た。あらためて新鮮な友情を感じて三人は喜んで迎えた。
「家におっても何もすることが無いがや」−−
 と照れ臭そうに言って松井はニヤリと笑った。
一見キザそうなんだけど、都会的センスがあり格好良くて、ドラムは叩けるし、
ギターは弾けるし、歌も上手くて喧嘩も強い、精神年齢も他の三人よりも一歩も
二歩も上を行く男だった。
喧嘩は強いと噂で聞いていたが、中学の反抗期に相当なやんちゃ者だったのか?
兼也は知らないが、喧嘩をしたということを聞いたことがない、虚勢を張ったり
威張ったり弱いものいじめをするところも見たことがなかった。
 学校の文化祭で松井がギターを弾きながら歌った「ラ・ノビア」は上手かった。
心打たれるほど最高だった。
 パンを買ってのっちゃんの部屋に戻るとコーヒーを用意をしてくれていた。
 「のっちゃん、友達連れて来た。七尾のマツイ理髪店の松井くんや」
「始めまして、−−松井ですよろしく」−−
「えっ! マツイ理髪店! 一本杉通りをちょっと入ったところの散髪屋さん、
いっぺんだけやけど行ったことがあるわいね、−−奇遇やねぇ」
 −−例の如く、松井くんにも、のっちゃんがあだ名をつけた。
付いたあだ名が「ホープ」だった……!
「のっちゃんは、あだ名を付ける天才や〜」
 ター坊が言うと、−−
「名は体を表すと言えども、あだ名も体を表す」−−
 とワケンが言って大笑いした。
 魔法瓶のお湯をインスタントコーヒーの粉末が入ったコーヒーカップに注ぐと
部屋中に香ばしいコーヒーの香りが漂った。
 部屋の照明を喫茶店のようなムーディーな雰囲気にするために暗くして、ムー
ドランプを点け、キャンドルにローソクを灯した。
「ディナー・タイムに合った音楽は、どれがいいかなぁ? これだ!これがいい」 
 ピアノ演奏が素晴らしい! ショパンの「エチュード」のレコードを選んだ。
 いつも、ムードメーカーに徹してくれる、のっちゃんのお陰で、パンだけのデ
ィナータイムだが、皆んな一緒に食べているだけで、いい雰囲気だった。

のっちゃんは時にはオーケストラの指揮者になりきってタクトを振って見せたり、
ビリー・ヴォーン楽団の「峠の幌馬車」を聴きながら演奏に合わせて上手にマラ
カスを振って見せたり、パホーマーの才覚も見せた。
 高音の小さいほうは右手、左手は低音を握り、親指で柄の根元を押さえ、しっ
かり固定して持って、こうやって振るんやと、切れのある短音を出す方法を教わ
ったけど、−−ワケンとホープは見よう見まねですぐに出来たのに、ター坊と兼
也はリズムがメチャクチャで雑音にしかならずマラカスはぜんぜんダメだった。
 しばらく遊んでいると、コーヒーの利尿作用か小便がしたくなった。−−
トイレを今まで借りたことがなかったので、階下の便所に行くのが面倒くせえと
思っていると、小ならどうぞと言って、のっちゃんがいち番端っこの窓を開けた。
 敷居の高さは座って背中を凭せ掛けると、首から上が窓に出るぐらいの高さな
ので、立ってオシッコをすると敷居の上から屋根瓦に向かって飛ばし樋に流すこ
とができた。横の窓も開け、通る人に見られないように、誰も通っていないこと
を確かめてから、高校生四人がいっせいに放尿した! 
「ミミズもカエルも皆ごめん、ジョンジョロリン♪ジョンジョロリン♪ジョンジ
ョロリンの♪パッパ♪」 
 何ともはや下品極まりない、窓を開け破廉恥(はれんち)な連れションだった。
こんなこともあった! ある日のこと、のっちゃんの部屋でタバコを吸っていた。
そのことを知った。のっちゃんのお母さんが、石川県知事から委嘱されていた
「青少年育成指導員」のプレートを私には資格がないと言って熊木川に投げ捨て
ようとした。−−のっちゃんは、お母さんに泣きついて謝り阻止したという。
 −−何十年経っても消えない過去の大失態だった。
 ネイビーブルーの遮光カーテンを閉め、ムードたっぷりの雰囲気の灯りの中で、
「スクリーンミュージックの宴」と題して、のっちゃんは次から次とレコードを
かけてくれた。『タラのテーマ』『エデンの東』『第三の男』『鉄道員』
『007/危機一発』『禁じられた遊び』『大脱走のテーマ』『ムーン・リバー』
『太陽がいっぱい』『シャレード』『シェルブールの雨傘』『皆殺しの歌』
『遥かなるアラモ』etc……。 
 夜遅くまで遊びすぎて、帰る列車もなくなって、みんなで雑魚寝をした。
 −−翌朝。家の者が心配してるかも知れないからと、七尾の連中は早々に能登
中島駅に向かった。
 兼也が家に帰ると、−−!?  
「昨夜は、−−どこへいっとったがやぁ〜」
「いつものとこやん、−−のっちゃんち」
「歩いてすぐ帰れるのに、−−何で帰らんのや? 心配するがいね、−−
だらぶちがぁ〜」−−と母親にこっぴどく叱られた。

 −−翌々週の日曜日の午後。
 のっちゃんちに、うたちゃんとやっちゃんと兼也に、のっちゃんのいとこだと
いうニューフェイスの「井上優(いのうえまさる)」くんが集まった。
 のっちゃんがステレオコンサート会場をどこにしようかと、あれから、小中高
の学校、図書室、体育館、保育所のお遊戯室など、あっちこっちを当たって歩い
た。これこれこういうことに使いたいと、趣旨を話すと理解し、賛同を得ること
ができて、−−「空いている時間ならどうぞ結構ですよ」
と、どこも言ってくれるのだが、音響としての広さや高さと、座席のことなどを
考慮すると、どこも、帯に短し襷に長しで、しっくりしなかった。
 −−そこで思いついたのが映画館だった! 
映画館なら人も集まりやすい、舞台があり座席もある。音響装置も備わっている。
さっそく、映画館の経営者のもとへ行った……。
 映画館を経営する家の娘さんは。のっちゃんと同級生だったので、経営者に会
う前に娘さんに事の経緯を話した……。
「そう、のっちゃんは相変わらず音楽好きなのねぇ、ステレオコンサートがした
いの?」−−
「頼むさかい、社長に、ィャお父さんにお願いしてもらえんかなぁ、−−なぁ頼
むわァ〜」
「う〜ん、コンサートねぇ、−−いいんじゃない!」−−
 −−コンサートで人が集まるようになれば、この映画館の宣伝にもなって、
映画も観に来てくれる人が増えるか知れないわ、この映画館はコンサートもやっ
ているんやということが広まれば、うちにとってもええことやと思うし。
 −−どうぞ! 休館日に無料で使ってください。−−
 というご理解と賛同を得て、コンサートの使用許可の話はとんとん拍子に決ま
った!。コンサート会場が決まった先週から、仲間を集めて実現に向けての具体
的な段取りを話し合った。
 友人から友人への口コミと、のっちゃんが学校の仕事の合間に作成した。
ステレオコンサートの告知とプログラムが書かれた。ガリ版印刷のチラシを知人
から知人へと手渡しで配る作戦で、穴水町や七尾市など、ほかの高等学校へ通っ
ている生徒たちにも配布した。
 中島劇場コンサート・ホールの案内は、ありがたいことに無償で新聞に掲載さ
れた。コンサート当日。みんなで手分けして、ステレオとレコードを自転車の荷
台に乗せて映画館まで運んだ。
 入口の前に受付用の机を置き、七尾のM楽器店から宣伝するという名目で分け
てもらったレコード関係や音楽関係のパンフレットと、ミントの風味のグリーン
ガムを用意した。
 果たして第一回目は何人の人が聴きに来てくれるか? 皆目見当もつかず不安
だった。
「何人ぐらい来てくれるかな?」−−見当もつかなかった。
 −−コンサートの開演時間が近づくと……!
 一人またひとりと視聴者がやって来た! 最終的には二十数人の視聴者が集ま
った! 「嬉しいなぁ〜」−−第1回目としては上々の入館人数だ!……。
 顔見知りもいれば、知らない人も会場に次々と現れた。入り口で百円頂いて、
ガムとパンフレットとプログラムを渡し入場してもらう。
 映写室と舞台との間で、曲紹介や解説が終わると同時に音楽が流れるように、
レコードをかけるタイミングを合わせるための手段に、あの頃、電気屋さんであ
るがゆえに買えたのであろうトランシーバーを使った。
 トランシーバーは想定外だったので驚いた!  
「只今より、第1回ステレオコンサートを開催いたします。本日ご来場いただい
た皆さま、−−まことにありがとうございます」
 のっちゃんのあいさつから始まった!
「では、まず始めに! 1956年代から、今日まで、ラジオ番組に流れて大ヒット
をした。ビリー・ヴォーン楽団の『峠の幌馬車』『波路はるかに』『真珠貝の唄』
など、皆様よくご存知の中から、ヴィブラフォンの音色が印象的な『真珠貝の唄』
をお聴きください」−−のっちゃんのナレーションは完璧だった! だが、ちょ
っとだけ、音楽が始まるのが遅すぎた。
 −−トランシーバーで、のっちゃんから指示が来た。
「お聴きくださいのあとに、1・2・3と間を作ってから「どうぞ」って言うから、
お聴きくださいって言うたら、そのタイミングで針を下ろして」
「オーケー! ラジャー! 」−−
「続きまして本日の二曲目。1960年全米ヒットチャートで9週連続1位を記録し、
グラミー賞を受賞した。皆様もおなじみの、パーシー・フェイス楽団の「夏の日
の恋」をお聴きください(1・2・3)どうぞ」
 今度はうまく行った! バッチリ決まった快感! 静かに小さく手を叩いて喜
んだ。プログラムを確認して、次のレコードを準備する。
 −−予定通り進行し、全てをかけ終わると……、
トランシーバーからのっちゃんの指令が聞こえた。
「入り口で書いてもらったアンケート『私の好きな一曲』の中から、五曲を選ら
んどいて、シングル盤はあいうえお順に並んでるから、そこから選んでぇ」
 「オーケー! ラジャー」−−
四人は『私の好きな一曲』の中から、ポップス系ばかり五曲選んだ!
「本日、聴きに来ていただいた皆さまありがとうございます。予想以上のご来場
でビックリしました。コンサートはお客さまと一体となって共有するのはとても
楽しいですね、||まだ時間がありますので、今から皆さまのリクエストにお応え
したいと思います。プログラムの一番下のアンケート『私の好きな一曲』に書か
れた中から、五曲を手持ちのレコードから選んで、ご要望にお応えしたいと思い
ます」−−
「○○さんの好きな一曲。レイ・チャールズの『What'd I Say』をお聴き下さい」
「何々さんの私の好きな一曲。ビートルズの『Twist and Shou』をお聴き下さい」
 −−リクエスト者の名前を紹介しながらかけた! 
のっちゃんのナレーションが功を奏して盛り上がった。名前を呼ばれてから好きな
曲名を言ったのが良かったみたいで、共感した人が手を叩くのでコンサート会場は
一体になった。

 コンサートが終わり、ステージの上で車座になり、ジュースで乾杯をして、打
ち上げがてらと、反省会を兼ねて談笑をしていると、小中とコーラス部だった。
やっちゃんとうたちゃんがマイクの前に立って『埴生の宿(はにゅうのやど)』
を唄いだした。
 のっちゃんも真ん中に混じって唄いだした。劇場に美しい混声の歌声が壁や天
井に響き渡り素晴らしい合唱が流れ、||気持ちよさそうだ。
「わ〜ずるい、のっちゃんもいっしょに唄って、ぼくらも混ぜてよ」
 のっちゃんは七尾市で社会人のコーラスグループに所属していたのだ。
「じゃ! さっそくコーラス仲間を結成だ」 
 井上優はゆうちゃん、うたちゃん、やっちゃん、けんちゃん、そして、リーダ
ーのぶちゃんの五人だけのコーラスグループを結成した。
うたちゃんは(ソプラノ)で、やっちゃんは(メゾ・ソプラノ)で、ゆうちゃん
は(テノール)で兼也は(バリトン)でのっちゃんが(バス)という編成に決ま
った。
ステレオコンサートが終わると舞台で『峠の我が家』『故郷』『カチューシャ』
などを練習曲に選んで歌っていた。
 のっちゃんのアイデアで、モスグリーンのベレー帽を七尾の街まで出かけて購
入し、音符記号をモチーフにしたバッジを付け、お揃いの格好で混声コーラスを
楽しんだ。

  −−二回目のコンサートの時! 
 ゆうちゃんが大きな筒の中から筒状に巻いた紙を取り出し、−−
「けんちゃん、そっち持ってくだいね」
 紙の端を持って、ゆっくりと後ずさりしながらステージの上で広げた。すると、
ステレオコンサートの文字がパノラマの様に描かれていた! 
「ベンハーのポスターの字体みたいやな!」
 レタリングのクオリティの高さに、兼也ものっちゃんも大感心し驚いた!
ステージの背景の中央になる位置にセロテープで貼った。
「ゆうちゃんはセンスがいいね、頭もいいし男前で背も高いし、運動神経もいい、
コンプレックスなんてどこにも無いし、けなるいなぁ」
「けんちゃん、そんなことは無いって、人には言われんけど、……ぼくにもコン
プレックスはあるがいね」 
 ゆうちゃんは、田舎臭さを感じさせない、都会的センスの持ち主で、背も高く
ハンサムで銀幕のスターになれそうな雰囲気の男子だった。
 ステレオコンサートは月一ペースで第十一回まで続いた。百円からミントガム
代を差し引いた残りのお金を電気使用量として、館主に収めようとしたが受け取
ってくれなかった。
 コンサートを視聴しに、七尾市の高等学校へ通うてた子、穴水町の高等学校の
子、近隣の子、一般の方々もちらほら会場に足を運んでくれた。
 映画館を最初にのっちゃんが借りたことで、その後、いろいろな団体に波及し、
地区の弁論大会や、演芸大会などが行われるようになった。




     第二章 「ダンス」

 知り合いや友達や仲間との繋がりで、一緒に遊ぶ人数が増えてくると、のっち
ゃんはいろんなことを教えてくれ楽しませてくれた。
 フォークダンスを教えてくれたこともあった。
オクラホマ・ミキサー、マイム・マイム、ジェンカ、キンダー・ポルカ、コロブチ
カ。小学校の講堂や、保育所のお遊戯室を借りてフォークダンスを踊った。
シングル盤でヴィレッジ・ストンパーズの『ワシントン広場の夜はふけて』で踊っ
たフォークダンスはみんなのお気に入りで最高だった! 。
 オクラホマ・ミキサーやコロブチカで踊るとき、相手が変わり、目当ての子が
回ってくるのが男女ともに楽しみで、好みのタイプだと顔を赤らめてしまう子も
いた。キンダー・ポルカは振り付けが照れ臭過ぎて、練習を一回しただけで、二
度とは踊らなかった。 
 クリスマスパーティで『聖しこの夜』を合唱し、その後、フォークダンスを踊
った。各人が持ち寄った千円以内のプレゼントを足元に置き、レコードをかけダ
ンスを踊り始める。のっちゃんが笛を吹いたら動きを止める。止まった足元に近
い箱や紙袋が、その人へのプレント品だ! 。 
指名された人から順に箱や袋を開け、中の品物を全員に見せてから、
「プレゼントありがとう」とお礼を言うと、みんなが拍手を送る。
 こんなクリスマスイブの趣向を考えたのものっちゃんだった。

 フォークダンスが仲間内で流行っていた頃、大きな家の座敷で踊った。
うたちゃんもやっちゃんもゆきちゃんも知り合った子たちも、みんな楽しそうに
踊っていた。
 七尾市のお寺の息子と知り合い、お寺の本堂の畳敷きの広間で、二十人ほどが
集まってフォークダンスを踊った時、騒がしい音を聞きつけ、ご近所の檀家さん
が、怖い顔をして怒鳴り込んで来た!
「わっちゃダラか〜何やっとるがやぁ〜不謹慎な、場所をわきまえんかぁ〜」
 お寺の息子が、バツ悪そうに、檀家さんに謝った。−−
今夜だけお願いします。二度としませんとお許しを請うて踊った。

 −−小学校の体育館で社交ダンスを教えてくれたこともあった。
体育館の床にステップを踏む足の位置をチョークで書いて、ワン、ツー、スリー、
フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイトと、足の動きを覚える。
「ブルースやジルバは『スロー・スロー・クイック・クイック』そして、ワルツ
やマンボ、それにルンバなどは『スロー・クイック・クイック』ひとつの拍子を
クイック、二つの拍子をスロー。なお、ステップで説明すると片足に二つの拍子
時間体重を乗せているのがスローであり、ひとつ分乗せているのがクイックです」
と教えてくれた。
 思春期真っ只中がペアになって音楽をかけ練習をするとき。−−心がワクワク
ときめいた。リズムがズレたり、相手の足を踏んだりして、上手には踊れなくて
も、恥じらいを覚えながらもみんな楽しんでいた。
 覚えたダンスは、ワルツ、トロット、ブルース、ジルバ、マンボ、ぐらいで、
チャチャチャ、タンゴ、サンバ、ルンバ、は少しかじったがモノにはならなかっ
た。

 −−のっちゃんは、ダンスパーティーの催しものも企画した。社交ダンスが流
行りムードが高まると、青年団員も町の若い人たちも「ダンスの夕べ」に参加す
るようになった。
 レコード演奏で踊ったり、生バンドを七尾市から呼んで踊ったりした。
 −−その頃は、ダンスホールなど無かった。
 小中高の体育館や保育所の遊戯室の使用許可をのっちゃんの顔で手配していた。
兼也と仲間たちは会場の飾りつけを手伝った。
 社交ダンスを踊る場所で男女の出会いもあり、良いご縁のきっかけになり、
お似合いのカップルも誕生した! −−
 クリスマスのダンスパーティーではワルツとブルースと、ジルバにツイスト、
モンキーダンスを踊るのが当時の流行りだった。荒木一郎『今夜は踊ろう』では、
来場者は全員ノリノリでジルバやツイストを踊っていた。
 兼也たちと、たった二つ違いなのに、社会人の女性がすごく艶っぽい大人に見
えた。暗い照明の下で動く腰や躰にエロチックさを感じ、−−凄く大人の女性に
思えた。
 のっちゃんの影響で社交ダンスに興味を持ち、社交ダンスを本格的に習いたく
なった熱心な女子が何人かいた。中でも、かずちゃんとちーちゃんは目を輝かせ
真剣になってダンスに取り組んでいた。  
 のっちゃんからダンスの手ほどきを受けて、二十数年が経ったころに、ひとり
は金沢で、もうひとりは大阪で、ダンス教室の先生をしているという話を風の便
りで聞いた。

 のっちゃんを慕うように、自然発生的に知人友人の繋がりの輪が広がり。青春
の1ページをみんながいっしょに楽しんで遊んでいた。
 −−そんな時代の邂逅……。
 のっちゃんが呼びやすいようにあだ名を付けた。その愛称が仲間意識を高めた。
ター坊、ワケン、ホープ、ゆうちゃん、うたちゃん、やっちゃん、かずちゃん、
ちーちゃん、けんちゃん、ゆきちゃん、カナちゃん、タカちゃん……その他。
 −−いつのまにか人と友が繋がった! 。
 大人数のグループは、友人?友達?親友?マブダチ?『何友』と表現すれば、
一番ピッタリくるのか?……。
 誰かといっしょに過ごしすことが嬉しくて、何かにつけいっしょに遊ぶことが
楽しかった。友達の友達がのっちゃんと繋がり、自分と違ういち面を持つ人と知
り合うことで刺激的な時間を過ごせることが興味深くて楽しくて面白かった! 
それぞれがどう思っていたかは、今となっては解らないが、今思えば、思春期か
ら青年期へと彷徨うとき、誰かと寄り添うことで青年期特有の虚無感から逃れて
いたのではないかと思えてならない。
 思春期の経過と共に自立心が高まり、精神的成熟を向かえる過程で人と人の交
わりから何かを学び、その後の人生に大きな役割と影響をもたらしたことは確か
だろう……。過ぎ去った時の流れの中で青春時代を共に過ごした「友」は特別な
存在なのかも知れない。友と友との思い出はいかほどだろうか?……、 やはり、
のっちゃんと過ごした多様な時間はかけがえのない青春の1ページだ。




     第三章 「ベニー・グッドマン」

 −−兼也が家を出たのは二時過ぎだった。
 襟ぐりと袖口が黒で縁取りされた白のTシャツを着て、のっちゃんの家に向か
った。その途中! のっちゃんが見知らぬ女性と家の前に立って、お話をしてい
るのが見えた。−−のっちゃんが兼也に気づいて歩き出した。
見知らぬ女性は、のっちゃんの後ろから着いてきた。
「けんちゃん、今日はお客さんや、七尾から来てくれてん」
 兼也はのっちゃんの彼女なのかな? と思った。
「こんにちは! はじめまして」−−
「純喫茶『オスカー』に居てる磨美(まみ)さんや」
「オスカー! ミルクセーキが美味しいよね、飲んだことありますよ」
「えぇ! オスカーに来たことがあるの」
「はい、たったの二回ですが」−−
「磨美さんは流行りのポップスやロックよりも、ジャズが大好きなんだって」
「ふーん、ジャズですか! カッコいいね」
 兼也は、磨美さんの頭から足元までいち瞥し、大人の色気にシビれてしまった。
「ぼく、今夜宿直当番やねん、学校には五時までに行けばいいんやし、せっかく
上町に来てくれたんや、どっかいいとこないかなぁ」−−
 とのっちゃんはぼくにそれとなく言った。
おそらく二人っきりでレコードを聴いていても、会話が途切れがちで間が持てず、
気まずい雰囲気で落ち着かなくて、目のやり場に困り果て、外に連れ出したのだ
ろう。−−と兼也は勝手な想像を膨らましていた。
 三人は、ぶらぶらと歩き、「熊木川」に分厚い大きな杉板三枚を架けただけの
「貝田橋」の真ん中で立ち止まり川の流れに目をやった。
 ゆったりと流れる川面に、青空と白い雲が映り、水深によって薄緑から深緑色
に変わる川の水を分厚い杉板の橋の上から見ていた。
「あっ光ったわ! また光った。ずいぶん大きいわねぇ、何ていう魚なの?」
「ウグイだよ、食パンの耳を小さくちぎって、針につけて釣ればすぐに釣れるよ」
 −−と兼也は言った。
「そうなの! 釣って見たいわぁ〜」
「今すぐ! それは無理だよ、釣竿が無いし」−−
「じゃ、今度来た時に釣らせてね」
「あっ、いいよ、前もって分かっていたら用意しておくよ」
「けんちゃんは、魚釣りが好きやもんなぁ」−−
「中学まではここでしょっちゅう釣りをしてた。フナやヘチャコが釣れるよ。
アユを釣ってるのに、毛バリに大きなウグイが食いつき、毛バリが切れてしまう
のは腹が立つよなぁ、ウグイは釣れてもぜんぜん嬉しくないし」
「ウグイは小骨が多くて『ネコマタギ』と呼ばれるくらいマズイと言われ、天然
のウグイを生で食べるとボツリヌス菌という寄生虫がいて食中毒を起こす危険性
があんねん、塩焼き、天ぷら、唐揚げ、南蛮漬け、みそ煮、甘露煮など、いろい
ろな料理に使うけど、それは養殖のウグイやね、この川で獲れたウグイを食べる
人はおらんわぁ」
「さすが! のっちゃんは博識家やなぁ〜」
 磨美さんは、感心を示すかのようにうなずいたものの、さほど興味があるよう
な表情ではなかった。
 それを察して、のっちゃんは、城山に登って海を眺めようかと言い出した。
「城山か! いいね! 久しぶりや登ろうよ!」
 −−城山とは、上杉謙信によって落城された。
難攻不落と言われた能登畠山氏の『七尾城』の跡で、現在、国指定史跡の七尾市
古城町の『山城の山』のことではなくて、合戦の時に『七尾城』の見張台があっ
た山だと語り継がれ、地元では通称『城山』と呼ばれていた。
 標高わずか八十メートルほどの山で、なだらかな天辺には大きな木々がなく、
七尾湾の島々が見渡せる眺めのいい高台だった。

 橋から少し先に行って左に曲がると、北陸特有の黒い屋根瓦と焼杉の黒い板壁
の古民家が五、六軒並んでいる。そこを抜けると、小川に丸太を三本並べワラ縄
でくくっただけの小さな橋があり、その橋を渡ると直ぐに城山に登る入口の山道
にさしかかった。 
 細い道は手入れをされているわけではなく、人が歩いた跡が残り、そこだけ笹
が生えてなくて、獣道よりも少しマシなだけで、人が登る度に踏まれて出来た細
い道である……。
「キャー! イヤァーン! コケるゥ〜」
 兼也の前で、磨美さんが斜面に足を取られ奇声をあげ登っていく、目線が否応
なくちょうどお尻のあたりに行くから、適度な脂肪がつき弾力性のある大人の下
半身の動きに目を奪われ、好色的な妄想が兼也の頭の中を支配した。
「磨美さん、−−コレにつかまって」
 のっちゃんがズボンのベルトを外し、磨美さんにしっかり握るように促がし、
右腕を後ろ手にしてベルトで引っ張りながら登った。
「磨美さんがジャズが好きになった訳は?」
 のっちゃんが、息を弾ませながら訊いた。
「ドラムの音から始まる。ベニー・グッドマンの『シング・シング・シング』を
聴いて、いっぺんに、スイングジャズに魅了されたの」と磨美さんは即答した。
「ジャズが好きになるきっかけは大概!そういうとこだよね、そして次に、ドー
ンとドラムが鳴って列車が走る感じから、−−デューク・エリントンのピアノ演
奏が始まり、続いてサックス四重奏、トランペット、トロンボーンと各楽器から
音が出てくるにつれて、指を鳴らし出し、スイングジャズの虜になるがやちゃ、
ジャズが好きになって、グレン・ミラー楽団の『イン・ザ・ムード』を聴くと、
終わりそうで終わらない、ノリのいいスイングのリズムにつられて頭を振るよう
になるがやちゃ、ハハハハハ〜」−−と言ってのっちゃんは大笑いをした。
 ジャズの話を熱く語り、頭を振るのっちゃんの格好の滑稽さに、−−
「そう、そう、そうなのよ〜」−−と、同調し磨美さんは手を叩いて笑った。
話しているうちに、城山の比較的になだらかな天辺に着いた。
 七尾湾の青い海に緑の島々が浮び、山並みが重なり合って海と一体化していた。
美しい絶景を一望しながら、三人は腕を空に向かって大きく伸ばし深呼吸をした。

 −−この『城山』は「父なる山」です。
 山遊びからいろんな「知恵」が付きました。
逆に言うと、この山から「知恵」を授かった教わったと言ってもいい。
小枝を集めて骨組みとし、杉の葉を敷き杉の葉を重ねて屋根にして、山にある自
然のモノを何でも利用して作った『秘密基地』そこを隠れ家にして山の中を探検
した。切り株の年輪を見て、南北の方位を知るなど、『忍者の本』を手に入れ、
その気になったり、チャンバラごっこや、藤つるにぶら下がって、ターザンごっ
こをして遊んだ。竹で弓を作り矢はすすき、これが良く飛んだ。四季折々に咲く
山野草も素朴でいい。
 春はワラビなどの山菜採り。
 夏はホウバの葉で風車作りや杉玉鉄砲作り。
 秋はキノコ、アケビ、栗などを採る。
 冬の山道は竹スキーに手作りソリで滑る自然のゲレンデである。

 −−先ほど見た熊木川は「母なる川」です。
 熊木川は、ぼくの家のすぐ前を流れている。浅瀬のせせらぎの音は母の子守唄
でした。川底から水面に隆起している凹凸の激しい岩盤は浮き島のようで、まだ
泳げない子供らが窪みにいる小魚をつかまえたり、窪みの水が太陽に照らされ温
泉のように温かくなると、子供らがそこに浸かって、はしゃぎまくっていた。
 フナ、ウグイ、鯉、ナマズ、川えび、モガニ、ヨシノボリ、ハゼ、タナゴ、う
なぎ、雷魚、亀、など。季節の魚では鮎、イサザ、それに、満潮時には海から、
ボラ、サヨリ、スズキ、カレイ、などが遡上する。
「城山という名の父」と「熊木川という名の母」に育まれて大きくなった。
 −−とのっちゃんは感慨深げに切々と語った。
 兼也はのっちゃんの思い出話を聞きながら、隠れ家を作ったなぁ、チャンバラ
ごっこもしたなぁ、刀や弓、杉玉鉄砲、青玉鉄砲も作ったなぁと、大昔のことを
懐かしそうに思い出していた。

「磨美さん、けんちゃん、−−今の気分を色で現したら何色ですか?」
 と、のっちゃんが、−−面白いことを言いいだした?……。
 −−兼也は「オレンジ色」が浮かんだと言った。
 −−磨美さんは、やっぱり「ピンク色」かなと言った。
 −−のっちゃんは、「青色」と言った。
 その時々の気分によって無意識に浮かぶ色で、その時の真理状態を読み解くこ
とができるんです。色でわかる心理学で実験でも立証され、真理状態やその人の
性格がよく当たるんです。と言って、のっちゃんが各色の解説を始めた。
「けんちゃんが言ったオレンジ色はね」−− 
 オレンジ色は、太陽や炎のような陽気であたたかい高揚感を表す色です。
オレンジ色が好きな人は、陽気で人付き合いがよく社交的なタイプが多いです。
さびしがり屋やお人好しが多いのもオレンジ色の特徴です。
 仲間意識が強い。計算して行動する。人の気持ちを察することができる。
空気が読める。オレンジのやさしくてあたたかい光は、心の不安を取り除く効果
があります。不安な時は、オレンジ色の光を見れば、心身のバランスを整えるこ
とができます。
「次に磨美さんが言ったピンク色はね」−−
 ピンク色は、恋愛・しあわせ・思いやりなどのやさしいイメージをもつ色です。
ピンク色は気配り上手で人好きで、世話好きで人の役に立ちたい人です。
愛情と生命力に溢れています。自分も誰かに甘えたい欲求を持っています。
恋に夢中になった時、愛を欲している時などに、ピンク色が浮かびます。
「−−で、ぼくが言った青色は」−−
 青色は、心身の興奮を鎮め、感情を抑える色です。
感情にとらわれず冷静に物事を判断できるようになります。気持ちがうまく伝え
られない時、アピール不足を感じている時、気遣いで疲れている時に浮かぶ色で
す。青色は、クールで爽やかで信頼できるイメージがあります。誠実さを感じさ
せる色なので、人とのコミュニケーションをスムーズにする効果があります。
「のっちゃん、ほんまや! 色の心理学はよう当たるんやね、まいったなぁ、
ピンク色は愛を欲しているって、バッチリやん! 特に気遣いで疲れていると浮
かぶのが青色って、まさしく、今の、のっちゃんやねぇ」−−
 と兼也が言ったので、−−磨美さんがのっちゃんを指差しながら、お腹を抱え
て笑った。
 数分後、城山を下り始め、そのまま学校へ向かった。学校はもと中学校の旧校
舎で、先生方が出入りする玄関は建物のど真ん中にあり、正面玄関から入って左
右に廊下があり、生徒たちの玄関は東西の両端にあった。
両端のどちらからも二階に続く階段があり、1階はTの字を逆にしたような廊下
があった。
 入口から正面に広めの廊下があり講堂(体育館)へと続き、講堂の右手前に、
学校給食を作っていた調理室があり、その斜め向かいに中庭の出入り口があり、
その左横に八畳ほどの押入れ付きの当直室があった。
「ちょうどいい時間に戻ってこれたがいね、ちょっと待って、お湯を沸かして
くるさかいに」−−と言って、のっちゃんは調理室へ行った。
 しばらくして、ヤカンとどんぶり三つを持って戻り、即席ラーメンを作ってく
れた。−−三人で食べた即席ラーメンは美味かった。
「宿直当番って怖くない、懐中電灯を持って、夜中に学校の中を巡回するんやろ、
若山先公が言うてたけどな、自分が履いてるスリッパの音が誰かが後ろにいるよ
うな気配がして怖いんやて、廊下の角に来たら、誰かと不意に出くわすのが怖い
から、スリッパを脱いで廊下に向かって投げるんやて、懐中電灯で先を照らしな
がら、今から行くでぇ、今から行くでぇ、というて見回りするんやて、若山先公
はひどい怖がりやろ」−−
「怖がってたら、宿直当番は出来んわいね、けんちゃんも恐がりかね?この学校
に伝わる、怖い七つの怪談、知らんやろう。教えたろか」
「−−いい、いいわぁ、怖い、−−怖いもぉん」
「私、−−オカルトとかホラーとか怪談とか、心霊現象とかが好きやねん、聞き
たいわぁ〜」−−
「怪談と言えば、四谷怪談、番町皿屋敷、牡丹灯籠が有名やねぇ、−−う〜ら〜
め〜し〜や〜」
「のっちゃんもうやめてぇ、何でそんな言い方すんのそれだけでも怖いやんかぁ」
「兼也さんは、−−弱虫や〜、−−根性なしの怖がりやぁ〜」
 磨美さんにからかわれ、兼也はカラ元気を出した。
「根性はあるでぇ〜−−ほんなら、聞かせもらおうやないか」
「その前に、ボーイスカウトでよくやる肝試しをやってみる。懐中電灯なしで右
回りで二階を回って、二階の廊下の真ん中に、このハンカチを置いて戻ってくる。
そのハンカチをぼくが拾って戻ってくる肝試しやけど」−−
「のっちゃん、そんな肝試しはエエから、−−話を聞かせて」

 七つの怪談のその一、−−調理室の裏口を出た右手にある古い井戸は何年か前
から使われなくなり板で蓋をされたままになっていた。 
 雨が降る夜、白装束で髪の長い女が廊下をさまよい歩いたあと、井戸の中へ消
えて行ったのを巡回中の先生が見てしまった。
翌朝になって確認すると、廊下が濡れていて井戸の蓋が半分ずれたままになって
いた。他の先生が見たときは髪の毛が腰のあたりまであったと証言している。
 雨の日に、足元が滑って井戸に落ちた子がいたのに、誰も気がつかなくて溺れ
死んだ。成仏できず未だにうろうろしてるんやね……。
 −−兼也は、怖くて身体にサブイボが立った。

 七つの怪談のその二、−−便所に行くと戸が閉まる時のようなギーバタンとい
う音がする。誰かいますか、誰ですかと、懐中電灯を照らしながら声をかけても
誰もいないのです。かんぬきを全部の扉にかけ直し、風で動かないようにしても、
夜中に便所に行くと戸が開くような音がする。幽霊のいたずらか? ポルスター
ガイスト現象か? 未だ謎のままです。「ギギー バタン」−−
「ギャ〜のっちゃん、脅かさんといてえや〜」
 
 七つの怪談その三、−−渡り廊下を下りる時に石の階段があります。
九月九日重陽の節句の十二時に石の階段の三段目を踏むとゴトっと動くのです。
その石はどうも……菊の文字が入った墓石だったようです。
いつも動くわけではなくて、九月九日の十二時だけです。
「わ〜た〜し〜の〜墓〜石〜を〜返〜せぇ〜」−−
 −−兼也は、サブイボが立つ両腕をさすった。

 七つの怪談その四、−−雨がしとしとと降る夜に音楽室に行くのが怖いんです。
ぼくも経験しています。こんな遅い時間にピアノを弾いている人はいないはずな
のに、悲しそうなピアノの旋律が聞こえてくるのです。
 音楽室のドアを開けると音は消えます。
 あのピアノは、音楽室を建て替えた時に、中島町の名士から寄贈してもらった
ピアノで、亡くなられたお嬢さんの形見でした。
 そのお嬢さんは『雨音はショパンの調べ』が好きだったようで、最後まで弾け
るようになりたい、弾けるようになりたいと言って亡くなったそうです。 

 七つの怪談その五、−−昔、三年三組だった教室に、いじめを苦にして中庭に
飛び降りて死んでしまった子がいました。その子の命日にその教室を見回りに行
くと、二階の窓にしがみつくようにして、外から教室の中を覗いているんです。
その子の命日の宿直当番は三年三組の教室は素通りするようになったのですぅ〜。

 七つの怪談その六、−−真夜中の二時ごろに体育館でバスケットボールをドリ
ブルする音がするのです。見回りに行った先生が懐中電灯の光を向けると、人が
見えない、目を凝らしてもボールだけが弾んでいる。
 不思議な現象に身を震わせながら見ていると、ゴール下でバウンドしたボール
がフッと消えた。勇気を出してゴール下を見にいったが床には何の痕跡も変化も
なかった。その先生が、ゴールの真下に立った瞬間に、全身が固まって動けなく
なった。「ダレカタスケテクレ〜」と言おうとしても声が出ない、その先生は金
縛りにあったように体が動かないまま足が震えた。
「オレのシュートを邪魔するなぁ〜」という低い声が聞こえた。
必死になって頭を動かしうなずいたら、身体の固まりが溶けた。その先生の話を
聞いてから、バスケットボールをドリブルする音が聞こえても夜中の体育館に誰
も行かなくなった。  
「のっちゃん、寒気が止まらんねん、他の話をしよう。おもろい話に変えてぇ〜」
「そんなこと言わんと、最後の七つ目の怪談を聞いてくだいね……」

 怪談その七、−−最後やからちゃぁんと聞いてやぁ、真夜中に中庭を動く黒い
影は何だろう? 亡霊かと思い確かめる為に中庭に出るドアを開け階段を一段づ
つ下りた。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、ギャ〜
七つの階段、−−チャンチャン」
「チャンチャンって、ななつの階段の落ちかぁ〜い」−−
 最後のオチで、いっぺんに兼也の身体の力が抜けた。磨美さんは可笑しくって
しょうがないと言って笑い転げ、−−のっちゃんも肩をゆすって笑った。
 兼也は、磨美さんが帰りそうもないと察し二人に気を利かして……。
「ぼくは、人の気持ちを察することができる。空気が読める。人間やからお先に
失礼させてもらいます。−−磨美さんまたね、−−のっちゃんありがとう。
−−お先に帰ります」
「何を言うとるがいね、−−寝るには早いがいね」
 とのっちゃんは言って止めてくれたが、兼也は宿直室を出た。
学校の門を出て、ひとりで夜中の町を抜け街灯の少ない夜道を家まで帰るとき、
怪談話の怖さがぶり返してきた。

 −−それから数日後、
 のっちゃんに会った時、−−宿直当番のあの夜のことを訊いた。
「のっちゃん、あの夜なんにもなかったん?」
「えっ! どういうこと?」
「どういうことって、大人の関係というか、男と女の……みなまで言わせるの」
「あっ! そういうこと、何もなかったよ、男も女もフレンドやから」
「えっ! ほんと? −−信じられんなぁ」
「ちゃんと、夜中に見回りしたよ、宿直日誌に異常なしと書いといた」
「ほんなら、二人っきりで、何? してたん」−−
「どうやって生きるのが人間にとって良い生き方か? というのを話したり、
出会いの哲学とか恋愛論とか人生論を語っていたら、そのうち磨美さんは寝てし
もうてたよ」
「顔が紅潮し耳が赤く染まり、のっちゃんを見つめる瞳は潤んでいたのに」
「けんちゃん、エロ小説の読みすぎじゃないの、けんちゃんが、穴が開くほど
見つめるから、磨美さんは恥ずかしかったんじゃないがけェ」−−
「魅力的やったのに、−−何にもなかったなんて、期待はずれやなぁ」
「そうかぁ、けんちゃんて、面白いねぇ」−−
 ずいぶん経ってからの話だが、その頃はまだおおらかというか、セキュリティ
ーに無頓着で、NN高校の玄関とか各所の入り口の鍵などはかけてなかった。
数年後、のっちゃんが事務局長に出世してNS分校に戻った時は、あっちこっち
の出入り口が施錠され鍵だらけになっていて、鍵の点検が大変だったと言った。
 −−兼也が土曜日の学校帰り、七尾駅前のオリオン劇場の左手を入った路地裏
に並ぶ、いかがわしい飲食店の中の一軒、ホルモン焼きの店へワケンに連れて行
ってもらった。
 食欲をそそるタレの匂いと肉が焼ける匂い、ホルモン焼きなんて初体験でタレ
で食べる肉、キムチやキャベツも美味しかった。いっぺんにホルモン焼きの虜に
なった。土曜日は七尾駅に降りて、ワケンとちょくちょくホルモン焼きを食べに
行った。
 −−そんなある日−−
 ホルモンを食べた後、ホープも誘ってター坊の家に遊びに行こうと言うことに
なった。
「こんにちは〜」−−
 ター坊の家に上がると、居間のテーブルで、ター坊のお母さんと、ご近所の、
おじいちゃん、おばあちゃんが麻雀をやって遊んでいた。
 ター坊の部屋は平屋のいち番奥にあった。
しばらくは喋っていたが、ター坊が麻雀を知っていると言うので、教えてもらう
ことになった。ワケンとホープとター坊と兼也の四人で雀卓を囲んだ。
兼也は麻雀牌を見るのも初めてだった。次から次とター坊の口から出る。ポン、
チー、リーチ、ロンなど麻雀用語が新鮮で! ピンフ、タンヤオ、三色など上が
り方や役も教わりながら、上がった時の点棒のやりとりだけでも面白くて麻雀に
ハマってしまった。
 麻雀が楽しくて徹夜麻雀もした。目が覚めるとドカ雪で辺りいち面が真っ白だ
ったこともあった。そんな時はター坊の家から七尾駅まで歩くのが遠かった。

 春休みにホープが七尾市の馬出町に新しくできた喫茶店でアルバイトをしてい
た。兼也とのっちゃんがお茶をしにその喫茶店に寄ったとき、ホープがギターを
弾きながら歌っていた。
 いろいろな話をしていて、のっちゃんが、−−実は職場替えがあって羽咋の方
の土木事務所に移ることになった。みんなといっしょに遊ぶ機会が減ってしまう
かも知れんと、何気に事後報告をした。
 すると! ホープが何で替わるの、今のままでええやん、いつでも会える今の
職場に居てくれと食い下がった。−−
 のっっちゃんは、困り果てた表情で、人事異動は職場の規程やねん、それは、
ぼくにはどうしようもできないんやと弁明した。
それでも、ホープは職場を替えることを思いとどまる様にと懇願しながら泣いた。
−−のっちゃんも異動の弊害や寂しさを感じていたのか?……いっしょに涙を流
した。−−兼也はのっちゃんも辛いだろうなぁと思って見ていた。
 −−地方公務員の職場は、役所に勤務している人、公立の学校、病院、図書館、
福祉施設の職員、上下水道、清掃、ごみ処理などに携わる人、警察官、消防官な
どがあり、様々な職種が存在し転勤や人事異動が余儀なくあり、勤務先や所属場
所が替わるという規程を、ホープも兼也もその頃は何も解っていなかった。−−
 地方公務員の人事について、何も知らず、のっちゃんに詰め寄ったその時のこ
とをホープは自責の念に駆られ、ずっと後悔していた。
 のっちゃんから色んな刺激を受け、いっしょになって遊んで来た皆んなは高校
を卒業し、進学、就職、関東や関西に行く者、地元に残る者などなど、てんでん
ばらばらの道を歩き出し、離れ離れになってしまった。のっちゃんを慕って、い
つもいっしょに遊んでいた友人達はそれぞれの人生に向かって旅立った。

    第四章 「キャンプ」   

 のっちゃんは、村の青年団に所属していて、自発的に数々の地域活動をしてい
た。ボランティア活動という言葉がまだ無い時代だった。
お盆やお祭り、スポーツの大会や恒例行事など、人の世話や設営の準備を率先し
てやっていた。青年団で何かをしようといった集会や、企画立案の場で話し合い
をしようにも集まりが悪くいつもの五人だけ、他の団員はほとんど参加しなくな
った。−−そんなとき団長が怒った。
「こんなんではだちゃかんわやくそや、集会に参加せん奴は青年団を辞めてしま
え」
 −−そんなとき! のっちゃんは、……
「花が咲けば道ができそこに自然と人が集まる。『集めると集まるとは違う』よ」
 −−と団長に言った。
 それから、団員が自主的に参加するように、楽しく生きるをモットーに、地域
社会に目を向け、若者の交流や地域活性化のイベントを企画した。
奉仕の精神で活動した時の達成感と感動、そして、みんなで成し得た協働の喜び
を体験することで青年団員の活動が活発になり、団員がこぞって集まるようにな
っていった。
 のっちゃんは団員からアイデアマンと言われ、いろんな奉仕活動を企画した。
山登り愛好家のグループも立ち上げた!
 −−あるとき、のっちゃんから、
「けんちゃん、−−立山登山に参加せんかいね」
 兼也も町内の青年団員といっしょに立山連峰の登山に誘われたことがあったが、
山登りに必要な登山靴、ザックなど装備を揃えるお金が無くてしぶしぶ断念した。
 のっちゃんは山登りも好きで、黒部アルペンルートを訪れたこともあり、標高
3003mの立山の主峰「雄山」と「劔岳」を登っている。
「日本百名山に数えられてるんや、右に浄土山を眺めながら登ると、チングルマ
やハクサンイチゲの群生が咲いていて美しいがや」−−と山の話もしてくれた。
のっちゃんの部屋に立山連峰のペナントが飾られていた。

 青年団の活動の一環で、団長以下五名の団員を連れて、青年団活動に伴う美化
運動の一環として列車内の清掃を計画した。
 目立つように、中島町熊木青年団の頭文字を取った「NKS」の腕章をしたと
ころ、乗客に「日本国鉄清掃隊ですか?」と言われた。
 輪島駅から金沢駅間の車内清掃をしたのだ。
能登中島駅から七尾駅まで車内清掃をしたとき職員との写真が新聞に載った。
その後、今では考えられないことだが、新聞記者がのっちゃんの家に来て……。
「これ使って活動ぶりを撮影してください。ご連絡いただいたら、お話を原稿に
して、掲載させてもらいますから」−−
 と言って、貴重なカメラを置いて行ったという!
輪島駅から金沢駅まで往復して全車両内の清掃の活動を定期的に行った結果。
石川県の青年団活動で珠洲市青年団に次いでとても優秀であると新聞に讃えられ、
NKS青年団員の活躍が新聞に掲載され、世間の知るところとなりNKSの腕章
はのっちゃんら青年団員のシンボルマークとなった。

 −−ある日のこと−−
「けんちゃん、キャンプの予行演習に付き合ってくれんかな」
「付き合ってもいいけど、どこへ行くの」
「近くの山でキャンプして、ひと晩過ごそうかと考えてるんやけど、飯盒炊爨で
カレーを作って、寝袋に入って、テントの中で、ひと晩寝るだけやけど、ゆうち
ゃんも誘ってんねん」
 こんどはロマンとスペクタクルが溢れるアドベンチャーを企画したという。
 当日の午後三時過ぎ頃にゆうちゃんもやって来た。
「−−あのへんの山に登ろうか」
 のっちゃんが家の前から右方向の山を指した。
「あのへんて? −−場所は決めてないがけぇ?」
「大昔に行ったことがある場所に行って見たいがや、登って行って、キャンプが
できそうな平坦な場所が見つかったらそこでしようと思ってる」
「行ってどうなるか? ドキドキ感とワクワク感がのっちゃんは好きながやね」
 とゆうちゃんが言った。
「そんな、冒険心をあおったらダメやちゃ」−−
「ハハハハハ〜けんちゃん、大丈夫やちゃ」−−
 近くの山でするからと、いい加減だった。
 のっちゃん、ゆうちゃん、兼也の三人はキャンプの必需品を手分けして、担い
だり持ったりしてあのへんの山を目指した。
 用意したものは、テント、地面に張るシート、寝袋、ランタン代わりの懐中電
灯、飯盒、鍋、皿、スプーン、水筒、大きなヤカンぐらいで、のっちゃんは何を
用意して持って行くのかは聞きもせず知らなかった。
 上町橋を渡り、白山神社の前を通り、大黒屋が角にある手前の四叉路を左に曲
がると、上町ト部の〈だらだら坂〉が待ちうけていた。
 坂道を少し登って行くと村田医院がありその向かいに、こんこんと湧き水が溢
れ出る水汲み場がある。その湧き水を杓で汲んで大きなヤカンに水をいっぱい入
れて山に向かった。−−この水を運ぶのが大変な負担でエライ目にあった。
 だらだら坂を登り切ると民家が無くなり、山道が二股に分かれていた。
荷車が通った轍がある右側の道をさらに登って行った。
道の右手に高さ五メートル、幅十メートルほどに渡って普通の赤土の色ではなく、
土が黄色く染まったような崖があった。
 その崖の土が糞色(ばばいろ)なのは、上杉軍と畠山氏の能登七尾城の戦いで、
敵兵が下を通るのを熊木城の兵士が崖の上で待ち構えていて、煮え繰り返った熱
い人糞を敵兵めがけ、上からぶっ掛けたから糞色なのだと言い伝えられていた。
「もうダメや〜ヤカンが重くて腕がちぎれそうやぁ〜代わってくれぇ〜」
 ヤカンを持つのがしんどいと兼也が音を上げた。
「ゆうちゃん、けんちゃんと代わってやって」
 兼也に代わってゆうちゃんが持った。ヤカンを左右に持ち替え持ち替えしなが
ら頑張っていたが、しばらく登ったところで、
「腕がパンパンや〜けんちゃん代わって〜」
「ほんならここで、ちょっと休もうかぁ」
 そう言って、のっちゃんは雑木林の草むらの中へ入って行った。
「ええのがあったぞぉ〜」−−
 のっちゃんは天秤棒代わりになる丁度いい長さの木の枝を拾ってきた。
真ん中にコブがあるからヤカンがずり落ちる心配もない、木の枝をヤカンの取っ
手に通し、兼也が前を歩き、背が高いゆうちゃんが後ろで担いだ。
「よっこらせ、よっこらせ、おいっちに、おいっちに」
 ヤカンが左右に揺れる度に水がこぼれた。
「けんちゃん、揺さぶらんと歩かにゃ水が溢れるがいね、ゆっくり歩きまっし」  
 ぶらぶらとヤカンが揺れないように、ヤカンの取っ手をロープでくくりつけた。
棒を肩に掛け、駕籠(かご)担ぎの要領で、えっちら、おっちら、ヤカンの水を
運んだ。
 ここら辺までは、まだ体力的に余裕があって楽しそうに、三人は山道を登って
いたが、だんだん道幅が狭くなり、農道のようになっている道を歩いて行くと、
引く人と押す人の二人掛かりで、やっと荷車が上がって行ける急な坂道があった。
その坂道を登りきったところが急に開け開墾された畑が現れた。柿の木が点在し、
お茶の木で畑の周辺を囲い、農作物は、ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、大
豆、小豆、菜っ葉などが植えられていた。……
「のっちゃん、この辺でキャンプは無理やぁ、畑ばっかりで原っぱがないもん」 
「もう少し行けば畑が途切れ、左り方向の山あたりに適当な場所があると思うが
やけどなぁ」
「思うがやけどって、ここに来たことがあるがかいね?」
「小学校の遠足でこの山を登ったことがあるがや、もう少し行った先やと思うん
やけど、弁慶の足跡と言われている大きな黒い石があって、その石が目印やねん、
道が二手に別れていて、左の道を行くとなだらかな傾斜地があって、そこを登り
きると上町が見渡せる場所があるんや、そこらへんで、笹があんまり生えてない
平地ならキャンプが張れると思うてるんやけど、遠い遠い昔の記憶やさかいね」
「ほんとかいね頼んないなぁ、−−のっちゃん、だんないか、たいそいがやで」
 兼也はのっちゃんに、凄く疲れてるんだけど、と、ひたすら哀願した。
「だんない、だんない、−−任しときって」
 開墾畑がなくなり、赤松やら雑木林の細い山道の中へと入って行った。
人一人が通れるほどの細い山道を進んで行くと、道が二股に別れていた。
左の道に少し行った所の右側に、山道を半分ほど塞ぐ大きな黒い石があった。
「のっちゃん石があるでぇ、弁慶の足跡と言われている石は、これかなぁ?」
「そうや! 石の上が凹んでるやろう」
「ちょっこし、凹んでるようには見えるけど弁慶の足跡やろか? 石川県内のあ
っちこっちに義経と弁慶の伝説があるがいね、あれはぜんぶ本当やろか?」
「義経一刀岩とか弁慶二刀岩、勧進帳の安宅の関所や尼御前もあるがいね」
「ゆうちゃんは賢いなぁ何でも知っとるね、尼御前って、知らんがやけど?」
「義経一行が都落ちの際に岬を通ったんや、その時に、一行の足手まといになる
のを憂いた尼御前が海岸から身を投げたという伝説があるんや、それがその地名
の由来なんや」
「へぇ〜そうなんか、ありがとう、ゆうちゃん」
「もう少し行くと傾斜地があって、そこを登ったら前が開けてくるはずや」
「もう少しって、どれくらいかなぁ、まだかなぁ、たいそいなぁ」
 ヤカンの重さが肩に食い込んで痛いのと歩き疲れて、クタクタだった。

 低木のクヌギ、アカマツ、コナラ、ドングリ、ブナの雑木林を抜けると低い笹
が生えている小高くなったゆるやかな傾斜地が現れた! 
「のっちゃん、−−遠足に来たんはここかいね!」
「この上やったと思うんやけど、禿山(はげやま)やったと記憶してたんやけど、
変わっとるがいね、笹がいっぱい生えとるね、木も生えとるし」
 「のっちゃん、こっちからは、前が開けて上町が見下ろせるがいね、のっちゃ
んちも見えてるでぇ、ここやね! ここで間違いないね」
「間違いない、−−ここや、ここや、よかったぁ」
 傾斜地を登りきった左側を少し下ったところに、笹が低く生えている平地があ
った。ここにしようとキャンプをする場所を決めた。
「テントを張る前に、笹を踏んづけて、同じ方向にベタッと寝かすでぇ」
「えっ! 何で? 刈り取らないの? 」
「刈ると尖った切り口がシートを突き破り、ケツに突き刺さる恐れがあるがいね」
「なるほど! ベタッとさせて畳代わりやね」 
 三人並んで、おいっちに、おいっちに、おいっちにと、笹を踏んづけた。
テントを張る広さだけが平べったくなった。
 笹の絨毯の上にシートを敷いてテントを張った。
日暮れが始まり、周りがだんだんと薄暗くなって来た。
日が沈みだすと山が暗くなるのは早い、兼也は不安な気持ちになった。
テントを張り終わるとキャンプらしい雰囲気になり、小躍りしたくなるほど気分
が乗って来た。テントに入って、中であぐらをかいたり寝転んだりして、居心地
を確かめた。
「けんちゃん、ゆうちゃん、そこら辺で薪を見つけて、拾ってきてくだいね」
「−−イエッサー 隊長」
 雑木林の中へ入って行き、二手に分かれて折れた枝を探し周った。しばらく経
つと二人でひと抱えになるほどの枝を拾って戻って来た。
 のっちゃんは、ヤカンの水で飯盒の中のお米を研いで、ヤカンを担いで来た木
の枝に、飯盒を通して待っていた。
 焚き火をする上に飯盒を吊し、焚き火をまたいだ両端にY字型の棒を地面に差
し込んで棒をまたがして、飯盒を炊くからと言った。
「−−イエッサー 隊長」
 ゆうちゃんも珍しくハイテンションだ! 
「ゆうちゃん、Yの形の枝がないがやちゃ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、−−任しときぃ」
 どうするんだろうと思って見ていると、ゆうちゃんは、拾って来た枝を四本選
んで、二本づつをペケの形に組み合わせてくくりつけ、組んだ枝を焚火の両端の
地面に突き刺した。
「頭は生きてるうちに使えっていうやつやがいねぇ」  
 ゆうちゃんはボーイスカウトで習ったんだと言った。
「なるほどね! これに棒をまたがせば飯盒を焚火の上に吊るせるね!」
 のっちゃんが薪に火をつけた。飯盒炊爨が始まった。
カレーはインスタントを袋ごと鍋のお湯で温めればオーケーだ。
「のっちゃん、こんな時にギターかウクレレかハーモニカがあったらいいのにね」
「うん、−−トランジスターラジオを用意しとるがや」
 さすが電気屋の息子、−−テントの中のリュックからトランジスターラジオを
取り出し音楽番組を流し、焚火を囲みながらご飯が炊けるのを待った。
「ぼく、キャンプをするなんて始めてやぁ、カレーライスおいしいやろうなぁ、
あっ!鍋は直火でいいんちがう。火に近づけて水の中にレトルト入れといたら、
お湯で温まるがいね」
「鍋吊るしたら枝が折れるかと思って。ご飯が炊けるのを待っていたけど、けん
ちゃんイイこと言うがいね、鍋を火もとに近づけて置いたらお湯が沸くもんね、
その方が早いわぁ」
 −−にわかに雲行きが怪しくなって来た。
「うまいなぁ〜、うっまいなぁ〜」
 カレーライスを食べ終わるころ、稲光がした。
ポツリ、ポツリと雨が降って来た。
 この地方では「弁当忘れても傘忘れるな」と言うことわざがあるが、それほど
天気が変わりやすくて、雨がよく降るところなのだ!
「ちゃっちゃとせんと、−−雨が降って来たでぇ」
 焚火の燃え残りが雨に打たれくすぶり出し、ほの白い煙が夜の暗闇に吸い込ま
れていった。
「嫌やなぁ、−−こんな時に降らんでもいいがに、−−なんか? 不吉な予感が
して、−−怖いなぁ」
「けんちゃん、何を怖がっとるがいね、冒険ほどでもないけど、こういう経験も、
人生といっしょで何が起こるか、何があるかわからんから面白いがやちゃ、すん
なりと、−−なぁんも無い人生はつまらんのやないかと思うけどなぁ」
 三人は懐中電灯を真ん中に吊るしたテントの中で、膝を抱え車座になって座り、
雨が止むのを待った。
 偶然にもラジオからはザ・カスケーズのヒット曲『悲しき雨音』が流れた。
「Falling rain(フォーリンレイン)て言うな」
「ラジオに当たってどうすんの」
 雨は止むどころか、大粒の雨が降り出した。 
山の雨は雑木や笹や雑草の葉を激しく打ち凄まじい雨音が滴と重なり合った。
「雨が奏でるジャズだぁ、雨のソロ演奏や、時に激しく、時に優しく、そして、
切なく やがて、−−雨は大地に沁み入り音は消えるのだ」
 のっちゃんは、ミュージカルの演者の真似をしておどけて見せた。−−
「のっちゃん、何をのんきなことを」
「のっちゃんは、ぼくとけんちゃんを付き合わせた手前、気分を暗くさせたら悪
い思うて、気分をなごませようと気い使って、ピエロになってくれとるがやちゃ」
 ゆうちゃんは、場の空気をそう読んだが、兼也もそう感じていた。……

「学校の事務職員をしていると、ぼくに悩みごとを相談に来る生徒が居るんやけ
ど、この間、−−相談しにきた男子生徒の話がおかしくって! 笑うたがいね」
「男子生徒の話が面白いって言うても、興味がちぃとも湧かんなぁ、ドクトル・
チエコの『性の悩み相談コーナー』じゃないけど、||思春期の女の子は心も体も
複雑でミステリアスやぁ、−−そっちの方の話なら興味があるけど」
「その子にとっては由々しき問題で、真顔で相談しに来たからオモロイねん」
「なぬっ! −−由々しき?−−問題?」
「その男子生徒は「デッカ」と言うあだ名で呼ばれている生徒で、西岸駅か
ら列車通学している生徒なんやけど、列車の中で一緒に通っている友達に、
「お前はデッカと呼ばれているけどチビやなぁ、お前は奥手なんかなぁ〜」
 って言われたんやて、−−おくてって何やと聞いたら、早生の反対やと言われ、
わせって何やと聞いたら、早熟のことやと言われ、早熟の反対はって聞いたら、
それは晩熟やって言われ。
 デッカは解ったようなふりをしてうなずき、どうしたら背が伸びるんか教えて
やぁって、聞いたら、解った解った教えたるって、その子がデッカの耳もとで、
ちっちゃいコソコソ声で、
「へんずりかいたら伸びるんやぁ」−−と言うたんやて。
「へんずり! −−へ、へんずりってなんやぁ?」
 ダラか大きな声で聞くな、あいつに聞けと隣の子に、聞かれた子は、黙ったま
ま手を振って知らん、知らんと笑って、次の隣の子を指差しその子に聞けという。
列車の中で指を差された子は聞かれる前から笑いを堪えるのに必死だった。
 デッカの口を押さえて、小声で、ここでは教えられんから、学校に着いてから
国語辞典で調べたら解ると言ったそうや。
 国語辞典を調べたけど解らんかったと言って、−−
「おくてなのかなぁ、身長がもうあと10pか15p伸びたらええんやけど」
 −−とデッカが嘆いて言うのよ。
身長は中学生になると伸びる子が多いけど、高校生になってから伸びる子もおる
からね、デッカが奥手ならこれから伸びるやろうねぇ。
 思春期から大人になるまで、一人ひとりの身体の成長や性に関する知識がまち
まちなのは当然やからね。
『へんずりかいたら伸びるんやぁ』って、からかわれたんやねぇ、へんずりで身
長が伸びたりするかいな、へんずりとはマスターベーションのことで性欲を解消
する方法のひとつや、性的な欲求を感じるのは当たり前のことや、自分で自分の
欲求を満たすことは、性に関して大人になる大切なことなんやとデッカに教えて
やったよ」
「そうかぁ〜、知らなんだか、デッカは奥手や〜」
 と言って、−−三人で大笑いをした。
「ゆうちゃんは早熟で、ぼくは奥手や〜」 
 −−雨が止み急に静かになった。
雨雲が去り月のあかりで外はうす明るくなっていた。
三人は、ほっとし、談笑に耽(ふけ)った。
「ゆうちゃんは、うたちゃんが好きなんやろう」
「ダンスの好きなタカちゃんは、のっちゃんのことが好きなん違う」
「けんちゃんは、やっちゃんが好きやねんなぁ」
 などと楽しい恋愛話をしていた。
  −−会話が途切れた。−−その時! 
 「シーー」−−とのっちゃんが口に、人差し指を押し当てた!
  ガサッ、ゴソッ、ガサッ、ゴソッ? 人が近づいてくる足音が聞こえた。
身をすくませ音のする方に、耳をそばだてると、確かに人の歩く音がした! 
「のっちゃんのっちゃん、おかしいで上からではなく下の方から聞こえるで」
「そうやね、それも一人ではないね、何しにきたんやろう? おっ止まったぞ」
 静寂をついて、ボソッ、ボスッ、ゴソッ、テントにモノが落ちる音がした。
のっちゃんが、ぶら下げてある懐中電灯を外すと、三人はテントから飛び出し上
の方へ逃げた。テントから離れたところで姿勢を低くして、月の明かりを頼りに、
テントの向こう側に目を凝らすと、十メートルほど離れた場所から、男二人がポ
ケットから小石を取り出しては、テントに向かって投げていた。
 −−三人は身をかがめて小石が尽きるのをじっと待った。
 小石を投げ終わると、−−相手は大きな声で怒鳴った!
「わっちゃどこのもんやぁ、だれの許しをもろうてそんなことしとるがや〜」
「あんたらこそ、だれやぁ〜」
 のっちゃんが懐中電灯の明かりを相手に向けた!
「わしらわなぁ、−−やまんたのもんやぁ〜」
「わしわぁ〜、NKS青年団員の中野やぁ〜」
「中野! なかの言うたら上町の、−−のっちゃんけぇ」
「そうやぁ〜−−怪しいもんやないでぇ」
 −−お互いに相手が誰なのかが分かった。
「この山で焚き火をするには、前もって許可をもらわないといけないんや」
 −−と注意をされた。
「キャンプの予行演習の目的で来たがや、焚火はもうしない、あとはこのテント
で寝て朝が来たら下りるだけや、−−ほんと申し訳ない」
「−−分かった。−−驚かせてすまんかったのォ」
 それで帰ればいいものを……。怖がらせようと、−−たくらみやがった。
ここを下りると深いため池があるんや、農業用のかんがい用水源の池なんやけど
なぁ、その池に病弱な体を苦にして入水自殺をした女性がおった。
 その女性の霊に寝ている間に、足元から池に引きずり込まれ、溺れて死なない
ように気をつけてお休みください、−−と言って帰った。
「いらんことを言わんでもええがに、−−クソッ」
「今夜のキャンプは、−−ハプニングとホラーや」
「なんぼなんでも、−−この高さまで引きずり込みにこんやろう」
 強がってはみたものの、怖がりの兼也は背筋がゾクゾクっとして身震いがして
来た。雨が降ったせいもあり、寒くなってきた。
 下界を見下ろせば、家々の灯りが蛍火のごとく、ぽつりぽつりと灯っていた。

 −−兼也は、イヤな話を思い出してしまった。
 入水自殺があったその日、捜索のいち員として加わった親戚の叔父さんから、
直接その出来事のいち部始終を聞かされていたのだ。 
「のっちゃんも知ってると思うけど、湧き水の出る水汲み場の左手にある家の母
ちゃんが、あのため池で入水自殺をしたやろう」
「もちろん知ってるよ、町中が大騒ぎになっていたもんな、物心がついた二人の
女の子を残して死んでしもうた。−−よっぽど病弱な体を苦にしてたんやろね」
 叔父さんの口から直接に聞いた話を兼也が語りだした。
「その日、お夕飯をすませた後、娘二人を家に残し、ふらりと母親が外へ出た。
最初は銭湯にでも行ったのかな? と思っていた。
父ちゃんが仕事から帰って、晩酌を始めようとしても、母親が戻って来ない、
待っても待っても、母ちゃんは帰ってこない、不審に思い、外へ出て町の方へ
向かった。心あたりを探したが誰も見ていないと言う。 
いったん家に戻り、帰ってないか確かめたが、子供たちは帰っとらんと言う。
今度はだらだら坂を上って行き、一軒一軒の家に目撃してないかと訊ねた。
「おれんとこの母ちゃんを見なんだかいね」−−
「見んかったわいねぇ、どうしたがいね」
「家におらんがやちゃ、どこへ行ったもんか、子供に夕飯食べさせてから、
ふらっと出て行ったきりで、帰ってこんがやちゃ」 
 その隣も、次の隣の家も訊いてみたが、どの家からも、何の手掛かりも
つかめず、いよいよ、だらだら坂が二股に別れる手前の最後の一軒になった。
「夜分に、ごめん、−−ごめんくだいね」
「あらぁ! 父ちゃん、どうしたがいね」
 これこれこうで母ちゃんがおらんがや、おれんとこの母ちゃん見んかった
かいねぇと訊くと、その家の母ちゃんが、−−
「台所で夕飯の支度をしていたときに、外が暗くて誰か分からんかったけど、
着物姿の人がそこを上って行くのを見たがいね! こんな時間に? 
この先に何の用に行くんやろう? ||とふと思ったけど気にも留めなんだ」
 −−それを聞いて、父ちゃんは急に胸騒ぎがした。
坂道を転がるように走って家に戻り、あっちこっちに捜索願いの電話をかけまく
った。派出所の警察官、消防団員、父ちゃんの仕事の関係者、ご近所の人達それ
ぞれが懐中電灯を持って、だらだら坂の二股の道に集まった。

 −−母ちゃんを探す山狩りが始まった。
 道が二手に分かれる度に、人数を手分けして山道を声を掛け合いながら探し回
った。叔父さんらが、−−かんがい用水の池(潟)に差し掛かった。
 道は上の池に向かう道と下の池の土手を真っ直ぐ横切る道と分かれていた。
池は上(かみ)と下(しも)とに分かれ堤防の土手で二段になっていた。
「そっち、行っても、−−行き止まりやがいね」
 上の池に行っても堤防の土手は行き止まりでその先には行けないと言った。
叔父さんらは、上の池に向かって歩いて行った。池の堤防の上に着くと、
池は雑木林を背景に漆黒の水をたたえていた。
 懐中電灯の明かりを頼りに、遠く近く左右に、そして足元を照らしながら一歩
また一歩と叔父さんが堤防の突き当たりに向かって慎重に足を運んでいた。
 −−とその時! 懐中電灯に照らされた赤いものが草むらの中から目に飛び込
んで来た! −−叔父さんは震える声で、
「父ちゃん、父ちゃん、赤い鼻緒があそこに、母ちゃんの下駄でないがけ」 
 池に向かって下駄が揃ったまま見つかった。父ちゃんの顔は血の気が引き膝が
がくがくと震えた。池に入って死ぬとは予想していなかった。
「見んなぁ〜、−−こっちへ来てくれ〜」
 土手の上から池に入るまでの斜面に足跡はないか探したら、痕跡があった。
ここから入水したと警察も判断し、翌朝から池の中を捜索することになったが
潜水士がいる訳ではなく、長い竹竿の先にトビ口や古い鎌や曲げた太い針金など
で、引っ掛けるモノをくくりつけて、池の底を探ることになった。
警察官や消防団員や関係者が、池を取り囲むようにして並び、長い竹竿で、
すり鉢状になった池の底をさらうように捜索した。
 みんなそれぞれ、おれの竿に掛からんといてくれぇ〜と、祈るような気持ちで
捜索を続け何度も何度も、竹竿の先を池にブチ込んだ。
 たまたま、叔父さんの竹竿に手応えがあった。
誰か手伝ってくれ〜、横の人が同じような方向を探ったら引っ掛かった。
二人いっしょになって、恐る恐る、ゆっくりと引き上げた。徐々に浮き上がって
来て着物姿が現れた。竹竿の先がうまいこと腰紐のあたりに引っ掛かっていた。
二人で竹竿をたぐりながら岸に引き寄せると、ゆっくりと着物姿の女性が俯せで
浮いて来た。引っ掛けた叔父は母ちゃんをよく知っているので、死に顔を見るの
が怖くて足が震え腰が抜け、その場にへたり込み、引き上げていた手を離してし
まった! −−すると、腰の方がゆっくり沈み、顔が浮き髪を垂らし両手を合わ
せている姿が水面に現れた! −−それを見た叔父さんは、その晩、酒を飲んで
も飲んでも酔うことができず、とうとう朝まで寝付けなかったという。
 あとで聞いた話では、手首を腰紐でぐるぐる巻きにしていたそうや。
死体を家まで運び終えた後で、叔父さんが警察官から取り調べを受けた。
「あんた、亡くなった人のご主人の仕事仲間でっしゃろ、入水自殺となんぞ関係
してるんと違いまっか、あの土手で下駄を見つけ、沈んでいる場所まで見当がつ
いていた。おかしいなぁと疑われてもしょうない。疑って見るのがわしらの仕事
やねん、気い悪うせんと、昨日の六時過ぎから八時ごろの時間帯はどこで何をし
てたか? −−よう思い出して言うてください」
 叔父さんは疑われてアリバイを訊かれた。
「−−家で中日対巨人戦を見てましたけど」
「ふーん、そうですか、どんな試合内容だったか、お聞かせください」
「河村投手の調子が良くて、巨人打線はヒット二本だけで、中日が5対1で圧勝
してました」
「あんたは中日フアンかいね、−−本官はラジオで聞いとった。間違いないアリ
バイ成立やね、−−ご苦労さん」
「ご苦労さんで終わって、疑いは晴れたんやけど、おれの竹竿に引っ掛かってし
まったばっかりに、濡れ衣を着せられて、心外なこっちゃと、叔父さんは怒って
たわいね」−−と兼也が一部始終を恐々喋り終わると、
「入水自殺だけに、濡れ衣か」−−
「ゆうちゃん、−−怖い話にダジャレは要らんて」
「キャンプ地によくある。心霊現象や恐怖体験の話は、霊は水辺に漂っていて、
水の中へ引きずり込まれるぞって怖がらせておいて、夜中にトイレに立って池や
川に近づくと危ないから気を付けろって、警告してくれているがやちゃ」
 −−と、のっちゃんは教えてくれた。
「今夜は寝れんな、寝たら足を引きずり込まれるさかい、−−こんな時はお酒が
欲しいなぁ」  
「酒ならウイスキーをスキットルに入れて、持って来てるけど、−−未成年者に
は飲ませられんがやちゃぁ〜ダメ、ダメ」
「あ!カウボーイが持ってる格好いいヤツや、−−この際、そんな固いことは言
いこなしやぁ、−−ちょっとだけ、ねぇ、お願いちょっとだけ飲ませて」 
 のっちゃんが飲んでから、はいどうぞと回してくれた。
映画のジョン・ウェインのワンシーンを思い浮かべながら、兼也もグビッとひと
口飲んでゆうちゃんに回した。ゆうちゃんもグビッと飲んで、のっちゃんに回し
た。−−西部劇の野宿のムードだ。
 たったの二回目でアルコールに弱い兼也は、度数の強いウイスキーを飲んで、
顔が真っ赤になり、すぐに酔いが回り寝てしまった。

−−昨夜はいつの間にやら寝てしまい、−−朝を向かえた。
寝袋をたたみテントを片付け、リュックを担いで空のヤカンを持ってキャンプは
終了。山の空気は冷んやりとして気持ち良かった。昨日来たやまんたの二人が上
がってきた道を辿り辿り下へ下へと下りたらため池があった。
 池に向かって合掌し、堤防の土手を下り、左手の道をさらに下っていくとすぐ
にだらだら坂を上がって来る二股の道と合流した。
「なんだ! こんなに近いのかぁ、開墾畑から登った昨日は遠く感じたのになあ」
 −−キャンプの予行演習は終わった。

 のっちゃんが企画した壮大な冒険とは。……
青年団員の中から有志を募り、男女十名が力を合わせて困難を乗り越え、達成感
と感動を共有することで絆を深めようという壮大な冒険だった。! 
 −−その計画とは? 大きな丸太ん棒で作った筏(いかだ)を熊木川に浮かべ、
艪(ろ)と櫂(かい)を漕いで七尾西湾に浮かぶ「机島」に上陸してキャンプを
しようというがわくさい(大袈裟な)計画だった。
 机島は七尾西湾に浮かぶ「種ヶ島」と干潮になるとつながる小さな島で、大伴
家持がこの地を訪れて「筆染の沖に浮かべたる机島」と詠んでいる。
  
 −−香島嶺(かしまね)の机の島のしただみをい拾ひ持ち来て石もちつつき破
り早川(はやかわ)に洗い濯(すす)ぎ辛塩(からしお)にこごと揉み高杯に盛
り机に立てて母にまつりつや愛(め)づ児の刀児(とじ)父にまつりつやみ愛
(め)づ児の刀自−−と、現在、犬養孝揮毫(きごう)の歌碑がある。
 口語に訳すと、
 −−香島山の近くの机島の海岸からしただみを拾って持ってきて、石で殻をつ
つき破り、流れの速い川で洗い清めてから辛い塩でごしごしもんで、足の高い器
に盛り付けそれを机の上に立ててうやうやしく供え、かあさまに差上げたい、か
わいいおかみさんとうさまにさしあげたい、愛くるしいおかみさん−−と詠われ
ているように「しただみ」という小さな巻貝が、机島の周りによく採れる海であ
る。
 大きな丸太ん棒の筏で七尾西湾を漕いで机島に渡り、キャンプを張り、
カレーライスをつくり、音楽を聴き、歴史を語り、談笑し、楽しい時間を
過ごし、明日からの生きる糧にしようとした計画は……? 
筏を作る丸太ん棒を確保する段階で頓挫したのだった。


     第五章  「石動山」

 のっちゃんは、NN高校のNS分校の事務職員をしていた頃、先生方がいるの
にもかかわらず、のっちゃんに、いろんな悩み事を相談しに来る生徒が多かった。
若き生徒らには対応によって人生が左右される。ほんのひと言で救われ、ほんの
ひと言で傷つく。ことばの危うさ。−−言葉は諸刃の剣である。
 どのような相談にも『傾聴』するには自分自身がとことん勉強しなければなら
ない。のっちゃんは子供たちから相談を受けているうちに、教えることは学ぶこ
とと、心理学、人生論、哲学等の書物を読みあさるようになった。
 人生とは? 生きるとは? 人生哲学の書物を読めば読むほど「魑魅魍魎(ち
みもうりょう)」とした底なし沼へと引きずり込まれていった。
挙げ句に「これからどう生きていくのか」 石川県生まれの二人。
鈴木大拙の『即非の倫理』や、西田幾多郎の『絶対矛盾的自己同一』などの書物
に救いを求めた。
 『西田幾多郎随筆集』より
 −−今まで愛らしく話したり、歌ったり、遊んだりした者が、忽ち消えて壷中
の白骨になると云うのは如何なる訳であろうか。もし人生はこれまでのものであ
るというならば、人生ほどつまらぬものはない、此処には深き意味がなくてはな
らぬ、人間の霊的生命はかくも無意識のものではない。
 死の問題を解決するというのが人生のいち大事である。死の事実の前には生は
泡沫の如くである。−−
 死の問題を解決し得て、始めて真に生の意義を悟ることができる。
 −−といった西田幾多郎の名文や、……。
「哲学の動機は深い人生の悲哀でなければならない」
 −−といった名言や。
「愛宕山入る日の如くあかあかと燃し尽さん残れる命」
 −−と詠んだ短歌や、いろんな書物を読み学んでいるうちに、老子の「道」
あるいは仏法の「無」の思想に通じるものだと感じていた。 
 −−老子が説いた言葉の「道」には。
「道の道とすべきは、恒(ひさし)の道にあらず。名の名とすべきは、恒の名に
あらず。無名は万物の始めなり。有名は万物の母なり」
 −−と名言が教えてくれてはいるが、何のことか? 「知識ありの知識知らず」
と自分で自分を皮肉る自虐的な言葉が浮かんだ。
 人生哲学の書物を読みあさり、共感しても、なるほどと噛み砕いても、自身の
血にも肉にもなっていない、哲学を学んだような気になっているだけで、哲学は
自分で実践できていないと意味がないんだ。−−と思った。
 −−いかなる教えも所詮は人が考えたもの。
そうした人為の自己規範が絶対的に正しいものと信じ洗脳され縛られて、自分自
身で苦しむのは実にくだらないことだ。
 先人の教えを否定はしないが固執するのは愚かなことだ。
書物は全て所詮は人が書いたものだ。それを読んで鵜呑みにして、分かったよう
な気になり、理想を描いても『机上の空論』の域を出ない。
 −−借り物の世界に溺れ惑わされ翻弄されてどうする。本など捨てちゃえ燃や
してしまえとまで深刻に思い至る始末だった。−−

 山で死ぬ者がいれば海で死ぬ者もいる。病気で死ぬ者もいれば事故で死ぬ者も
いる。ニュースを見て腑が煮え返る凶悪な犯罪!『むしゃくしゃしてやった誰で
もよかった』この不条理極まりない現実を人生哲学でどう論じてくれるのか確か
めて見たい。−−でもそんなことも無意味だ。−−学びは実践してこそだ。 
 書物で得た知識に溺れ、賢ぶってひけらかし論じられたところで、それが何に
なると言うのだ。日常生活には何の役にも立っていない。
 自分らしい生き方とはどういうことか? 知りたかっただけなのだと、辛辣
(しんらつ)だった。−−自分とは何か? 自分にとっての幸福とは何か? 
内面を覗いても何もわからい? 自分の価値がわからない? 自分が求めるもの
は何か? 「苦渋に満ち」「苦悶」のあまり、ついに、教職員を退職後にご住職
になられた恩師のご自宅がある西谷内の『覚永寺』を訪ねた。
 −−その日は大雪で降り積もった深い雪道を思索しながら、お寺まで何キロも
トボトボとひたすら歩いた。
「ようこそ、ようこそ、雪が積もっている中をこんな遠い処まで、よく歩いて来
てくれましたねぇ! どうぞ上がってくだいね」
 庫裡(くり)の居間へと上がらせてもらい、ご住職自ら、お茶を淹れてくれた。
 −−のっちゃんは、お茶をひと口すすり、神妙な面持ちで話し始めた。
住職は、坐禅をするときのように、両手を法界定印の形で組んで下っ腹に置き、
ときおり目を半眼に閉じたりしながら、のっちゃんの話を聞いてくれていた。
 のっちゃんは今まで学んだことを論じ、我がこころを「千切り、万切り」にし
ても終わりなき果てしない道のりのようで、何も分からないのです。
 −−と言った。−−
 −−そして「真理の探究」の意味をたずねた。  
 ご住職は、のっちゃんの話をすべて聞き終わると、−−
「千切り、万切りとは、実に面白いですねぇ。−−信次さん、真理の探究は、
『求道心』と言って、信次さんは悟りを求めて修行したくなったがやねぇ、信次
さんが、真理を悟り開眼したら、僧侶になり、私と住職を代わってくだいね」
 と冗談交じりに言って、恩師はのっちゃんの心をほぐしてくれた。
 
 −−そして、数日経ち、−−
 読んだ書物から多分に影響を受けた結果! 極限状態に身を置いて、生きる糧
となる答えを見つけたかったのか? 何かを掴もうとしたのか? 何を確かめた
かったのか? 何を探ろうとしたのか? のっちゃんは三十歳を迎えていた。
 その時、ノイローゼでもなければ不安神経症でもない、世をはかなんだ訳でも
ない。自分と対峙して生きるとはどう言うことか追求したい、職場の環境や息が
詰まるような世の中にも判然としない嫌気を感じていた。
何か目に見えないものに導かれたのか? 溜まりに溜まった訳の分からない鬱屈
した気持ちを解消したい、そうせずにはおれなくなって『石動山』に登る決意を
した。
 石動山は「石、動く山」と恐れられ、山岳修験道の霊山として崇められていた。
石動山には県の植林があり、のっちゃんは森林管理事務所の役職で月に、一度は
公務で事務所に通っていた。
 冠雪の石動山を見上げる度に、自分自身を極限状態に追い込み、何かを見つけ
たい。一度は雪山に登ってみたいと冒険心をくすぐられていた。

  のっちゃんは積雪が四メートルを超す極寒の石動山に登り、遭難しそうに
なりながらも、九死に一生を得た体験談を語り出した。

 ――決行当日。
「行ってくるよ」――と、のっちゃんが言うと、
「……」
 ――妻は黙って頷き、のっちゃんの背中を見送ったという。
早朝に家を出て、一番電車に乗り七尾駅から石動山へ向かった。
登山口にあるお寺は報恩講のようで門徒が集まっていた。のっちゃんも人々に混
じってお参りし、ご住職の法話も拝聴した。寺を出発したのは七時過ぎだった。
登りだすとすぐ、カンジキを履かないといっ歩も前に進めない雪の深さだった。
山頂に登る林道はおよそ4、5mの積雪に覆われ、どこが道なのか検討もつかず、
勘をたよりに高いところへ高い方へと登るしかなかった。
 しばらく登ると、木々が開け広々とした深い谷間が見渡せる所に辿り着いた。
そこは水墨画を見ているような白黒の世界で、しんしんと降りそそぐ雪が谷の底
まで吸い込まれるかのように静かに落ちてゆく、その幻想的な光景に目を奪われ
ながら暫く沈思黙考して見入っていると、…… 
 思索の呟きの文字のひと文字ひと文字が雪に姿を変え絶望の谷間へとゆらゆら
と揺らぎながら落ちてゆくかのようで、暗澹(あんたん)とした気持ちになった。
 ふと我に帰り、暗くならないうちに一夜を凌(しの)ごうと計画している頂上
のお堂に到着しなければと意識を立て直し歩きだした。
 強い風雪に視界を遮られ進むのに難行した。カンジキで踏んだ足場が、踏んで
も踏んでも、−−すぐに崩れてしまい、なかなか前に進まない。
カンジキの足は重く、膝近くまで足が埋もれ、足を上げるのも辛く、積もった雪
の上をもがくようにしながら斜面を少しづつ登った。
 場所によってはわずか10メートルほど登るのに一時間以上を要したが、それ
でも引き返そうという考えは一度も浮かばなかった。
 吹雪がやむと一面シーンとした静寂で包まれ、五感すべてが研ぎ澄まされる不
思議な感覚を味わった。
 吐く息とカンジキの音が周りの静けさの中に吸い込まれて消えていった。
大自然に身をゆだねカンジキを、いっ歩いっ歩踏みしめて足を運んでいると、
それは山伏の修行のようで、冷え切った心の筈なのに、身体中の血が激しく燃え
滾(たぎ)っていた。
 冬山の夕暮れは早く、まだ中腹辺りなのに薄暗くなって来た。
のっちゃんは重大なことに気づいた! もしかして、お堂が積雪で埋もれてしま
っていたらどうしよう。いっ瞬、不安が襲い心が折れそうになった。だが、山を
下りようとはいっさい思わなかった。厳しい寒さに体力が奪われてゆく、何も考
えられない「無」だ。−−「無」の境地だ。
   −−すると−−!
「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」−−! 山伏が修行をするときの掛け念
仏が脳裏を過ぎった! これだ! のっちゃんの身体に気力がみなぎり修験者
(しゅげんじゃ)のごとく! 称(とな)えた。
「六根清浄……六根清浄……六根清浄……六根清浄……六根清浄……」−−と、
 称えながら黙々と歩いた。−−やがて行く手にお堂の屋根が見えた。
原生林の間から富山湾の海上に浮かぶ、イカ釣り船の、いくつもの漁り火が揺ら
ぎ、煌めく美しさが遠く望むことができ、−−癒しのひと時をいただいた。
「大御前」といわれる頂上に着くやいなや、お堂の様子はどうなのかを探り、
両開きの扉が開いたので、胸を撫でおろした。−−
 お堂は「そちの心配はご無用であったな」と言わんばかりに天に向かって、、
威風凛然(いふうりんぜん)と建っていた。
 古来より伝わる宮大工の匠な造形の破風、軒先を長く反り出し彎曲した屋根に
よって、お堂の外周りは、見事に雪のない空間があり赤茶けた土まで覗かせてい
た。−−時計の針はすでに夜の八時を回っていた。
 山登りに最適なシーズンであれば、子供でも二十五分ほどで着く「大御前」に、
十三時間以上もかけてやっと辿り着いたのである。4、5mの雪が積もった冬山
の登山は、如何に厳しくて、過酷で怖いかを身をもって知ったのだった。
 夜もすっかり更けているのに、辺りは白い雪のせいなのか? それとも漁火の
明かりが雲に反射して、ここまで届いているのか? 月夜でもないのに周囲が薄
明るく、あたりの静けさはまるで時間が止まっているようだった。
 しかし、そう思ったのも束の間だった。
お堂に入る前に拝礼し慎みて手を合わせ、−−
「どうか、この救いのない哀れな私をひと晩、泊めさせてくださいませ」
 のっちゃんは、おもむろにかしこみて、−−お堂の両開きの戸を開けた。
新緑や紅葉の季節に度々訪れて見ていたお堂は、正面に両開きの戸があり、畳み
六畳ほどの室には床の間のような台上が設(しつら)えてあり大日如来像が鎮座
していた。ところが、な、なんと! 開けてびっくり! 大日如来像のお姿が、
忽然と消えていたのだ。いったいどこにお出ましになったのか? 
−−これはきっと如来様のご慈悲に違いない。のっちゃんは固唾を飲んだ。
「−−どうか、−−この罰当たりをお許しください」
 のっちゃんは合掌し、人ひとり横たわれるぐらいの空間に身を寄せ扉を閉めた。
真っ暗になり密閉された暗闇の世界だが、これで少しは寒さを防げるだろうと思
った。ところが状況は一変した。
 お堂の中に身を置くと、板の隙間や板の節穴から吹き込む風の冷たさは半端で
はなく、予想外の寒さに身体が冷やされ震えだした。
 登山中にかいた汗が、肌着に染み込んでいたせいで、急激に冷えて来た。 
体温を奪われ身体が冷え続けると、低体温症で死ぬかもしれない恐怖が、襲って
来た。お堂の中で焚き火をすれば危ないし、外にすれば、あの火は何事だと、下
界は大騒ぎするだろう。異常な極限下における精神行動がとんでもないことを連
想させ、できるはずもないことだと、知りつつも頭を過(よ)ぎった。
 何か着るものがないかと、リュックの中の物を取り出すと、−−一番底から毛
布が出て来た! 毛布だ! 妻がいつの間に入れたのか? ありがたやあ〜 
これで助かるう〜! のっちゃんの目から大粒の涙が、とめどなく溢れた。
 −−毛布を頭から足元までスッポリと覆い、まるでミイラのようにロープで、
ぐるぐる巻きにした。少しでも空いていると、そこだけが冷たくて痛くて、触る
と痒くなった。−−何かを食べないといけない! 胃袋に何かを入れれば体温が
少しでも上がるのではないかと思い、妻が早起きして握ってくれたおにぎりを口
にしようとすると、カチンカチンに凍りついていた。缶ジュースも同様に固まり、
唯いつチョコレートだけが食べられ、少しだけ空腹を満たした。
「寝たら死ぬぞ、−−寝たらダメやぞ、ここで寝てしまったら凍死するぞ〜」
 −−と何度も何度も自分に言い聞かせた。

 −−睡魔に襲われる中−−
 今ごろ、家族はどうしているだろう。……
炬燵で夕飯を済ませ、妻は子供達の遊び相手をしているだろうか……? 
 −−ひとりずつの顔が、溢れ出る涙の眼に浮かんだ。
「どうしてここにいるのか? いったい何があったのか? 早く家族のもとに還
りたい。ごめんね、ごめんね、バカなお父さんを許してくれ〜、許してくれ〜」  
 −−まさに、まさに、断末魔の叫びだった。
 死に直面した極限状態の中で、家族のことを想い、友人知人のことを想い、
自分はいったい何をしているんだ? と思考を巡らせた。 
 「生きる意味とは?」 
 「自分の幸せとは?」 
 「家族の幸せとは?」 
 「自分の使命とは?」
 「生きる力とは?」
 「真の自由とは?」
 「自分自身とは?」
 自問自答を繰り返した……。答えが見えない……。手がかりも無い……。    
朦朧とする頭の中をあの頃の数々の思い出が次から次と蘇り、現れては消えて
行った。−−一瞬、−−睡魔に襲われ、うとうとと寝てしまった。
フッと目が覚めた時! −−板塀の節穴から光が真っ直ぐ差し込んでいた! 
 朝日だァ〜〜〜、−−のっちゃんは扉を開け外に出て叫んだ!
「助かったぁ〜、助かったぞぉ〜」
 朝日が辺りを照らし白一色の風景は幻想的で音の無い世界だった!
「ありがとう、ほんとうにありがとう」
ありとあらゆるものに手を合わせ、命あることに歓喜し号泣した。
 −−そして、少し落ち着きを取り戻し、ゆっくりと辺りを見渡した。
 山々の尾根を背景にして空に雲がたなびき、雪がふわふわと風に舞い、雪の
華の趣きの美しさは神の化身を観ているような感覚にさせてくれた。
 眼と心に映るすべてのモノの存在に、ただただ歓喜し、しばらくその場に立
ちすくんだまま一歩も動けなかった。
「−−ぼくは助かったのだ!」−−
 きのうの雪と、どこも変わりがないのに、今、異なって見えるのは、自分の内
から生じた心の変化によるものではないのか?……。朝の光が刻々と山肌を照ら
して行く光景は、自然界における神の栄光であり神秘的だった。

 −−リュックから出て来た毛布のおかげで助かった。
妻は出がけにどんな思いで、毛布を詰めたのだろう?…………。
猛反対しても、冒険好きな人だから止めても無駄だと知って、だまって送り出し
てくれた。そのけなげさを思うと、−−感謝の涙が溢れ出た。
 山に登れば何かが変わると思った。何も変わらなかった。何も無かった。
 のっちゃんの胸に去来するものは、生きていることへの感謝しかなかった。
「春に必ずお礼にまいります」
 お堂に手を合わせ拝礼し感謝を述べ、ゆっくりと雪山を下り始めた。
 −−それにしても『如来像』はどこへ行ってしまったのか?……。
石動山資料館に文化財として指定され保護されていたことを後で知った。 
 カンジキで雪を崩し、お尻で滑るようにして降りて行くと、下の方から、大型
機械のエンジン音が聞こえて来た。それもそのはず除雪車の音だった。
 −−のっちゃんはありがたいと安堵し、足取りも軽く除雪車に近づくと、除雪
車の後ろから現れた人が、大雪の中で立っている男を見て驚いた。! 
「−−中野さんじゃないがけぇ! −−一体どうしたがいねぇ!」 
 石動山の保安林の職員で、のっちゃんの部下が日曜日なのに、除雪する為に、
特別出勤をしていたのだった。
「なんで? −−こんな大雪の山に登ったがかいねぇ」
「−−前から、−−雪山に登って見たかったがやちゃ」
「ずいぶん昔からやが、こんな積雪量の多い時に、この山を登ったのは自殺した
若い女性と、−−あんただけやがいね、−−よう無事に還れたのォ」
 のっちゃんの肩をたたき、お昼のお弁当のおにぎりを一個分けてくれた。
「ありがとう、ほんとにありがとう」
 −−人の情けに胸がいっぱいになった。
 しばらく歩いていると、自殺した女性のことが無性に気になりだした。
この同じ山で、方や死のうとして、方や生きようとして、生死の境目を彷徨
(さまよ)ったのだ。彼女を自殺に至らしめたのは何ゆえか?……、彼女の死を
悲しむ人はいたのだろうか?……きっといたに違いない、だとしたら、その人は
悲しみと、どう向かい合いどう折り合ったのだろうか? そのような死別の悲し
みを愁(うれ)いつつ、一歩また一歩と雪を踏みしめ山を下りた。

 ついに、ふもとに辿り着き、昨日バスから降りた付近までやっと戻った。 
バス停の前に、マフラーで顔を覆い、目だけ出して立っている男を見て驚いた! 
 のっちゃんは、その男に向かって、−−ありったけの声で呼んだ。
「なあちゃん、−−なあちゃんじゃないがけ〜〜〜」  
 親友が迎えに来てくれていたのだ! 嬉しくて泣きたくないのに涙が溢れた。
ここで待っていれば必ず遭えると見当を付け、二宮のバス停付近で寒いのもかか
わらず、車中で一夜を明かして待っていてくれたのだ。たまたま、のっちゃんの
家に尋ね、奥様から事の成り行きを聞かされ、心配のあまり居ても立っても居ら
れず車を走らせて来たのだ。のっちゃんを見て駆け寄り、……
「よう死なんかったな〜、よう戻ってきたなぁ〜、だらぶちが〜」
 −−二人はきつく肩を抱きしめ合った。……
「命を落としてもしょうがない、帰らん人となっても悔いたりせんと、前の晩か
ら覚悟を決めたがや、いち度決めたら、何を言うても聞かん人やさかい、私は止
めんかったがやわいねぇと、奥さんはそう言うて、泣いとったがやぞォ」−−
 涙ながらに妻が訴えたという話を友人のなあちゃんの口から聞かされた。
のっちゃんの胸はつまり、何の言葉も出ず、暖房の効いた車内で、妻への感謝と
百倍も千倍もの妻への孝行を誓った。
 愛する家族のもとへ還れ、お前は自分だけのことしか考えてない、家族や親し
い人への思いやりはどこへやった。お前はまだまだだぞ、のっちゃんの胸の内に
如来様のお言葉が次から次と啓示のように聴こえていた。
 公衆電話から、無事を告げると気丈な妻が安堵し、電話口で泣いていた。
なあちゃんがとりあえずいっ服しようかと言い、駅前の喫茶店に入った。
 席に着くと、なあちゃんが怒りの感情を抑えてのっちゃんを問い詰めた。
「何で豪雪の山に登ったんや、何でそんな無茶したんや俺に言うてくれ」
「う〜ん、ぼくの冒険心もあったけど……映画や書物に感化されたのか?
『聖なる生き方』に特別な思いが生じて来て『聖人』の憧れを捨てきれず、
そうありたいと願ったのが動機かなぁ、心の探求をしたいという『求道心』が
厳冬の石動山を登らせたんかなァ〜……よう解らんねん」
「えっ! 他人の事のように小難しいことを言うて、今の言い方では、何で雪
山に登ったんか? 俺にはさっぱり分からん?」
 店員さんが水の入ったコップをトレイに乗せて来て、テーブルの上に置いた。
 −−「かたじけない」と感謝の気持ちが自然と口から出た! 
 当たり前に飲んでいた水がとってもうまくて、一杯のコーヒーで疲れが一気に
吹っ飛んだ。生きているのではなく、生かされていることに思いを募らせ、人様
の支えと、繋がりの中で我が身があるのだと気付かされた。−−
 妻が用意してくれた一枚の毛布! あれで私の命が助かったのだ。
のっちゃんは妻の無償の愛に救われたと思った。
 極寒の雪山で一夜を過ごし、極限状態の中で自分は何を得ようとしたのか? 
生きるとは? 生きる意味は? 自分の幸せとは? 家族の幸せとは? 自分の
使命とは? 何も答えらしいものは掴めなかったじゃないか、ただ寒さに耐え、
寝たらダメや、寝たらダメやと、自分に言い聞かせ、生きようとしていただけじ
ゃないか? 助かった時、『人生とは生きることが全てだ』あるがままの自分を
信じ、ありのままの自分を愛することが大切なんだと悟った。
 遭難し死んでしまっていたかもしれない過酷な雪山で、お堂の中で極寒に耐え、
朝の光を見て外に出て、白一色の景色を見ながら立ちすくんだ時、心に感じるも
のは何も無かった。しかし、登頂を成し得た達成感は後から後から、じわじわと
確実に効いて来た。−−
 何ごとも最後まで諦めない強靭なこころ根を植え付けてくれた。
 その後、この体験が自信につながり、困難を乗り越える力になった。

  −−その後−− 
 夫婦の会話の中で妻がのっちゃんに……。
「あんた、昔っから、人を疑うということをせんかった。そこがあんたの一番
ええとこやがいね、−−わては、あんたのそう言うところが好きながやぁ〜」
 と言われ、−−のっちゃんは益々、寄り添う妻のありがたみが骨身に沁みた。
ぼくは、あの山で一度死んでるんや、−−睡魔に負けて寝てしまった時に死んだ
んや、−−目が覚めて生きてたと思って外に出た時は、何も感じなかったが、今
ならわかる! 生まれ変わってたんや、石動山の「大霊山」のお導きによって、
 −−生まれ変わることが出来たんや!
 生きる使命と生きる術を授かっていたのだ。
 何かしらの意味を持って生まれて来たのだ。
 置かれた環境で誠実に仕事を全うするのだ。
 好きなことに情熱を傾け自己実現するのだ。
 そのような「矜持(きょうじ)」を得たのだ。と話した。
 話を聞いた兼也は驚愕し、体が熱くこわばった! 

   第六章 「タバコ」

 −−月日が流れ。平成三年。
 兼也が帰省したついでにワケンに会って見たいと思い立ち、七尾市の一本杉通
りのワケンの実家を尋ねるために、松本町に向かってトヨタマークUを走らせて
いた。一本杉通りに向かっていて、十字路に差しかかった寸前! スッと車の前
を通る黒い人影が? −−
「あれ!!!」 のっちゃんじゃないの?……
 渡り切った角のタバコの自動販売機の前に立ち止まった男の顔が自動販売機の
明かりに照らされた瞬間! のっちゃんだと判った。
 車の窓を開けクラクションを鳴らし、
「のっちゃ〜ん」−−と声をかけた!
「あれぇ! けんちゃんかいね!」
 タバコを買うために道路を横切ったのっちゃんと出会った。! 思いがけない
偶然だった。時間差が一秒違えば出くわすことも出来なかった十字路……! 
お互いに顔を見合わせ、−−驚愕の表情で懐かしさを迎えた。
 家に寄ってゆかないかということになり、のっちゃんを車に乗せ「小丸山城址
公園」に向かう、ゆるやかな坂道に車を走らせた。
 向かう車中で、ご子息を亡くされ葬儀を済ませたところだと、のっちゃんから
沈痛な胸の内を明かされた。ちょっとした隙に、息子が急逝したのだと云う。
のっちゃんは深い悲しみで打ちひしがれていた。−− 
 思い掛けない突然の悲報に接し、何て言えばいいのか、 
「−−……」 兼也は言葉が出なかった。
 これを何の試練だというのか? 運命の悪戯にしてもほどがあるやろうと大声
で叫びたい衝動を堪えた。
 兼也は、||どうして? なんで? と、のっちゃんに何も聞けず。
親より先に子供が亡くなる逆縁の、辛い悲しみをどう慰めていいものか?…… 
言葉を失くし、のっちゃんの目を見てただ静かに頷くだけだった。
 三階建ての職員公舎の前に車を停め、最上階の十二号室に入った。
「さぁ、上がりまっしね」
「けんちゃん、−−ようこそ、ようこそ」
 のっちゃんの奥さんが突然の訪問にもかかわらず快く迎えてくれた。
リビングを通り、奥の部屋へ招かれて中に入ると、お線香の香りがした……。 
葬儀を終え遺骨を持ち帰り、位牌や遺影を祭壇に設置する後飾りが、しつらえて
あった。急なことなので香典袋も数珠も持ち合わせておらず、失礼の段をお詫び
申し上げ、お金をお供えし、手を合わせて祭壇に深々と一礼し、お線香を上げ、
お焼香をさせてもらった。
 空気が重く沈痛な面持ちでかしこまっている兼也を見かねたのっちゃん、……
「−−けんちゃん、−−ありがとうコーヒーでも飲む」
 のっちゃんが奥様にコーヒーを淹れるようにと言って、隣の部屋へと促した。
 −−その部屋には。あの懐かしいビクターのセパレート型ステレオが置いてあ
った。そして、ステレオの横には兼也が作ったレコードボックスが、当時のまま
置かれていた。
「大事に使ってくれているんやねぇ」
 大人が両手を広げて抱えるほどの幅があるレコードボックスに、昔のままシン
グル盤がびっしりと並んでいた。
「これを聴くと懐かしいんやちゃ、けんちゃんがよう真似して歌ったさかい」
 と言って勝彩也の『恋あざみ』をかけた。
 ♪愛し合っても どうにもならぬ♪……
  ……♪あたしは 酒場の 恋あざみ♪
 針がかすかに擦れる音とともに、懐かしいかすれた歌声が流れた……。
コーヒーを飲みながら暫くの間、懐かしい話を喋って過ごした後、その場を辞し
た。ワケンの家に向かう途中。−−あの十字路で、のっちゃんと出会ったのは、
決して偶然ではない、亡き息子さんが引き合わせてくれた。−−必然なのだと兼
也は思った。
 ワケンは家には居なかった。お盆の後片付けが終わった打ち上げで、町内会の
世話役が集会所に集まりいっ杯飲んでいると言うことで、残念ながらワケンには
会えなかった。


     第七章  「いのち」

  −−月日は無情に過ぎ−−
  −−ある日、期せずして! 
 のっちゃんの恩師である。ご住職から手紙と一冊の本が届いた。
            
          中野信次様
  前略
 突然、このような本をお届けします。
去年の暮れ、七尾市の本屋で思いもかけず、このような本と出会いました。
本のほうから私の目に飛び込んで来た! というような出会いでした。
これぞ、欲しかった本です。知らなかったけど、静かにロングセラーをつづけて
いる本のようです。
「悲しみ」の本は世にあふれています。が、どれもいまひとつ、しっくりきませ
ん。この本は、ちがいます。ひと様の「悲しみ」をとりあつかうときの姿勢がい
い。悲しむ人の心理やホンネを、抑制の効いた表現で代弁してくれています。
なにより、著者の人柄がいい。悲しみは悲しみとして、この一冊があることでど
れほど癒される人がいることか。 
 書店でこの本を手にした瞬間! ぜひ届けたいと思う人が何人か、すぐ頭に浮
かびました。あなたが、その一人です。
(ですからお礼など要りません、念のため。)
 というわけで、いまごろになっての、いわば「新たな涙」の共有、いや、押し
付けです。一口に「子の死」といっても、その年齢やその時の事情・状況は、家
によってみな違います。しかし、「親の悲しみ」という、世間一般の人たちと決
定的に異なる一点において、私たちは同類なのです。
いわゆる「話が合う」ところの〈悲しい同士〉なのですから。
 (少なくとも私は歳を超えて勝手にそう思っています。)

「悲しみ」は、それとむきになって闘ったり、それを無理に消そうとしたり、
そこから必死に逃げようとしたりするものではありません。
また、できるものではありません。もとより、だれも、悲しい出来事など初めか
ら無いに越したことはないのですが……、
こうなってしまった以上、愚痴といわれようと、未練といわれようと、その「悲」
に真正面から関わりとおすしかないのです。
つまり、むしろ不運を〈力〉とし、悲しみを〈いのち〉として、悲しみと共に生
きる。それが、悲しみを「超える」ということではないでしょうか。
それを「救い」とまで言うか言わないかは別として。
「子の死」という〈人生の原点〉。その一点を深め、磨き、鍛えて、子とともに
生きる力に限りなく転化させていく−−。
 私たちに与えられた生き方は、もう、それしかないのです。
涙を新たにすることで、たえずその原点に立ち返りながら……。
その意味から、もうひとつ、心ひかれた短歌を別紙に添えさせていただきました。
  (別紙の短歌の写しを省略)
 これらの歌は、どれも名の通った歌人のものです。
みな、亡き子への追慕・悲嘆に身をよじり、うめき声をあげています。
 何年たっても「なんでわが子が」という、恨みと無念と後悔と孤独の苦悩の中
をはいまわっています。
 歌人は、こうしてうまく自己表現ができるから、まだいい、それのできな我々
は、かれらの歌によりかかることで、おのれの悲しみを歌い、苦悩の胸の内をは
きだすのです。
 解ってくれるはずもない世間に向けて……、いや、なにより、このかわいそう
なおのれに向けて……。
 5・7・5・7・7の日本文化の節に乗せて、繰り返し、繰り返し、声に出し
て読む(歌う)のです。たちまちにして、またもや涙があふれ、読む声はおえつ
に変わるでしょう。それでいいのです。
なにか、押し付けがましく、失礼な次第ですが、〈悲の伝道師〉のよけいなお世
話ということで、お許しを……。
          
   のっちゃんから恩師へお礼の手紙。
  謹啓
「死別の悲しみを超えて」 若林一美著を読み終えて……。
 なんと素晴らしいご本でしょう。
 このような本が世にあるとは知りませんでした。
先生がこの本に添えられたお手紙の中で仰るように著者は人の「悲しみ」をとり
あつかう姿勢がよく、とても控え目で謙虚なお方であることがわかりました。
子どもを亡くした体験者でない者のこの類の著書は得てして何かしら? 無難に
あしらった内容のものが多い。それだけならまだましだが妙に慰め、元気づける
などは傲慢臭くおしつけがましい。この本はそれと、はるかに違い読み終えたあ
と「悲しみの混沌」が静かに昇華されていくのを感ずるのです。
なぜだろうと不思議にさえ思うのです。偶然にもこの本が先生から届いたのは亡
き我が子の命日、三月十八日(お彼岸)でした。
 こうなってしまった以上、愚痴といわれようと、未練といわれようと、その
「悲」に真正面から関わりとおすしかないのです。
 これは、先生のお手紙の「おことば」です。
「そうか!」と、そのお言葉に救われました。
 この本を読み終えて、大変重要なことに気づかせていただきました。
なんと情けないことでしょう。
私は、いかに自己中心的なものの見方をしてきたことか……。
 私は苦悶する親の悲しみばかりを思ってまいりましたが、兄を亡くした妹と、
息子の恋人の「深い悲しみ」は、いかほどであったことか……。
 今からでも決して遅くない「新たな涙」を共有しつつ先生がお手紙で仰るよう
に悲しみを「いのち」として生きる。そのことを伝えなければならない、そして、
この本を直ぐに読ませたいと、こころがたかぶるのでした。
 息子の彼女は、とてもやさしく、清らかな人ゆえにとても悲しくなります。恋
する人の死は、子を失った親の深い悲しみに等しく「悶絶・悲慟」の極みなので
す。この本により、亡き息子の祖母、妹、恋人の「深い慟哭の悲しみ」に気付か
されました。この本との「縁」に深く感謝致しております。 
 話が横道にそれますが、こうして書いていると、十八歳から二十歳までの短い
期間ではありましたが、先生と過ごさせていただいた、あの、古き良き時代が懐
かしく偲ばれます。私にとっては、まさに青春のど真ん中でした。
社会人として、一年生になる「旅立ち」の職場での出会いでした。なにもかもが
感受性に揺れ動いた時期だけに、何でも疑問に思うことを尋ねた気がします。
 そのときの、先生のお言葉が「こころの池」に浮かび上がってまいります。
「愛とは他人の運命に責任を持つことである」
「夫婦は永遠の恋人同士であれ」
「よこ軸は時間、たて軸は経験、人の存在はその接点の座標である」
「何がいいやら、悪いやら」 
 先生から教えられたおことばです。
 そんなこと言ったかなァ……とご謙遜され笑みをこぼされるお姿が目に浮かび
ます。そして、我がこころを「千切り、万切り」にしても何も分からず悩みに悩
んで、真冬にお尋ねさせていただいた時です。一方的に喋る、私の話を、ただ黙
って聴いて下さいました。
探求していることを「求道心」と教えてくださり「開眼したら、解脱(げだつ)
して僧侶となって、私に代わって住職をして下さいね」と言って、笑いを失って
いた私を笑わせてくれました。未だにそのことは忘れません。
 それに、先生は一心不乱で頑張っている人に、「ガンバレ」と励ますことは決
してしませんでした。今になってそのことを思うと、それは先生の「智慧」と
「慈悲」のように思えるのです。「悲しみは悲しむことで超えられる」これには
「悩む力」が暗示されているのです。すなわち、「自らを拠り所とせよ」との尊
い「無言の仰せ」だったのです。つまり、最後は「自らの気づき!」です。
「そうであったか!」と、自ら気づくことです。気づかないままでは悟れないの
です。だが、それも頭の中で、あれやこれやと考えた末のことではなく、体でそ
のことを「感ずる」ということだと思います。
「はからいを捨てた」ところに「エゴの枠」が剥がれ落ち、本当の意味での「あ
るがままを生きる」という意味を悟ったようです。
 息子が亡くなってからというもの、時だけが虚しく流れてゆきました。
そんななか、連れ添いといっしょに先生に逢いにゆきました。 
 帰り際に額に入れて飾ってあった大切なご自身の書で「孤」という字をいただ
きました。きっと何か深いわけがあるに違いない、一人で去(い)んでしまった
子をとおし、人の存在とは何か……そう思ったのです。
 ある日、妻は生まれる時も死ぬときも独り「孤」だと「死生観」のようなこと
を言いました。産まれる赤ちゃんは「孤」で始まり、子の死も「孤」だと悲しそ
うにいうのです。
 いろいろと「孤」の字を思い巡らせてまいりました。熟語でない一文字が、な
んとなく抽象的で味わい深くて、正確に表現できないだけに、かえって魅力的に
思えるのです。
 最初のうちは淋しげに映った「孤」でありましたが、「孤」はいくつもの側面
があることにも気づきました。今は、自らが望む積極的な「孤」、自分を見つめ
るための「孤」として、肚(はら)をすえさせていただいております。
 西田幾多郎は四十九歳に妻を、翌年に長男を亡くしています。重なる人生の悲
哀の現実を直視することによって、ますます無常観が熟成されたのかも知れませ
ん。しかし、その中にでも人間はそれぞれに静かな楽しみがあると述べ、独自の
世界を求めたようです。
  「我がこころ深き底あり喜びも憂いの波もとどかじと思う」
 この歌に深い孤独を感じます。

 もうひとつは、詩人、金子みすずの詩です。 

  「わたしと小鳥と鈴と」
  わたしが両手をひろげても、
  お空はちっとも飛べないが、
  飛べる小鳥はわたしのように、
  地面(じべた)をはやくは走れない。 
  わたしがからだをゆすっても、
  きれいな音は出ないけど、
  あの鳴る鈴はわたしのように、
  たくさんなうたは知らないよ。  
  鈴と、小鳥と、それからわたし、
  みんなちがって、みんないい。

 この詩の、みんなちがって、みんないいが、
「バラバラでいっしょ、差異(ちがい)を認める世界の発見!」
このことばに通じ、学校の中で、職場の中で、男と女の中で、地域の中で、老い
の中で、家庭の中で、世界中で、私たちが求めているのは、みんな一人ひとりが
ちがっていても、その差異を認め、そのままつながりあえる豊かな生き方です。
あらためて「孤」の字をじっと観ていると、躍動していて明るいのです。
決して孤立の孤ではない、孤は遊び楽しんでいるのです。観る側のこころの変化
でしょうか……?
添えていただいた、どの歌も「喪失の悲しみ」を癒し与えてくれました。
  かなしみの矢こそいずくに放たんか
  みずから的となるほかはなく  三枝浩樹(さえぐさひろき)

 数ある中で、先生と同じ歌を選びました。
改めて先生の一声『それでいいのです』に、迷いが断ち切られ、歓喜のあまり、
部屋の中をぐるぐる、ぐるぐる、回っております。
このたびは本当にありがとうございました。
妻と、ともに、先生の「一言芳恩(いちごんほうおん)」に喜んでおります。
なにとぞ奥様にもよろしくお伝えくださるようお願い申し上げます。
                                     
                          敬具

  数日後、恩師からの返信文が届いた。
                   中野信次様
 前略、お手紙を読ませていただきびっくりしました。?
すぐにでも何か返事をと思いましたが、ちょうど今の時期は、二十日過ぎから、
年中行事の「おしっちゃ」(報恩講)で、どこの寺もとり混んでおります。
わたしのところでは、それがきのう二十三日で終わりましたので、やっと今日、
返事を書いた次第です。あの、NS分校の職員室で一緒だった「未成年者」が、
もう「退職者」とは……。
時間は人の都合などおかまいなしに押しかけて来て、年月は情け容赦なく人から
立ち去ってゆく。人の一代とは、ただそれだけのこと。
問題は、その中身だけど……。
 このたびのお手紙で、あなたの一代の中身が、はじめて少し分かったような気
がしました。あまりの悲しさ・つらさに、あっちへぶつかり、こっちへぶつかり、
あっちへつっかかり、こっちへつっかかりしているうちに、自身の「立脚点」が、
しだいに深く掘り下げられてきた、という感じがします。
 悩むには「悩む方向」が大事だといいますが、実にいい見当へ来ていると思い
ます。私も、その場その場で、よく「思いつき」を口にする人間だということが、
今回のお手紙で、改めてよく分かりました。
そんなこと言ったかなぁ、というような言葉が、あなたの心に大きくインプット
されているのを知り、言葉ってコワいもんだと思うと同時に、言葉とはどこまで
も「受けて」の問題だとも思い知った次第です。
 私は生来、涙もろい人間ですので、年を取って来た近年、それがますます重症
化しております。自分の法話の最中にも、悲しい話題になると突然こみ上げてき
て声がうわずり、しばし立往生する場面が多々あるのです。
その瞬間、住職というより、ただの「老いぼれジジイ」のみっともない姿をさら
しているだけなのです。困ったもんです。
 若いころ「お涙ちょうだい」だと、ばかにしていた浪花節やド演歌が、いまや
何にもまして大好きになってしまいました。
 その筋回し、そのメロディーと小節−−。これぞ!「悲しみの原点」と確信し、
もう、涙なしには歌うことも聞くこともできません。
 そんな人間になってしまっているのです。めんどうなもんです。
 かつての高橋和巳の小説『悲の器』のとおり、まことに、私たち人間は
「悲しみを容れるための器」にちがいありません。それは、大きな悲しみを容れ
るには、あまりにも小さな器であるにしても……。
「かなしみの矢こそいずくに放たんかみずから的となるほかはなく」
 この短歌、ほんとにいいなぁ。なんか、理屈抜きの楽しいことって、ある? 
なにはともあれ、おたがい、からだをお大事に。
いつでもまた、ふらっとおいでください。
                          早々
〈住職から本と一緒に届いた手紙の一文に〉
 このかわいそうなおのれに向けて、……と書かれてあったのは、ご住職には男
の子二人と女の子一人がいました。境内の裏山には渓流があり、山から清らかな
水が流れ年中せせらぎの音が聞こえます。その年は、大雨が降り渓流が大洪水で
濁流と化していた。谷川に架かった丸太ん棒の橋の上から、ご長男が足を滑らせ
濁流に流され帰らぬ人となってしまったのです。
    
   
       第八章 「コテージ」

「はい! もしもし」
「もしもし、けんちゃん、中野です」
「えっ! のっちゃん! 懐かしいなあ〜」
「懐かしいねぇ、けんちゃんはどうしてるんかなぁと思って電話したんや」
兼也の五つ年上の兄と、のっちゃんのお姉さんとは中学の同級生で東京に住んで
いる。毎年恒例のNS中学校卒業生の同窓会で、この間いっしょになり、兼也の
話が出て、兼也がノブの部屋によく遊びにきていたのをお姉さんが思い出し、
今どうしているのかと訊いたら、伊丹市で喫茶店をしていると言って店の電話番
号を教えてもらった。お姉さんがそれをのっちゃんに伝えた。それで、のっちゃ
んが兼也の店に電話をしたのだ。 
「東京での同窓会は、ぼくの同級生も出席してるって聞いていたから知ってたよ、
のっちゃんから電話がかかってくるなんて、本日のサプライズや〜、のっちゃん
ちでステレオ音楽を聴いて遊ばせてもろうて、友達の友達が集って来るようにな
って、コンサートしたり、ダンスを教えてもろたり、いろんなことをして一緒に
遊んだね、楽しかった。高校を卒業して、みんなと離れ離れになって、早、五十
年以上過ぎてしもうたんやねぇ」−−
「けんちゃん、今、喋っててだいじょうぶ」
「のっちゃん大丈夫やでぇ〜お客は来ないから、日本一暇な喫茶店やねん」
「ハハハハ〜、けんちゃんは変わってないねぇ、いい悪いは別にして、どんな時
でも自分の生き方を貫き通している自由人やねぇ」
「そんな『賢い生き方』みたいに言われると、嬉しいがいね、ターニングポイン
トが今なのかなんて、全く自覚はないけど、今できることに手を出して来ただけ
で、計画性はゼロやがいねぇ」
「今、羽咋の滝町というとこに建てたコテージから、携帯で喋ってるんやけど、
この間やけど、ええ事あってんちゃ〜聞いて〜」−−
「はい、何があったの?」
「コテージが建っている裏は日本海でええ眺めやねん−−コテージのすぐ近くの
滝崎の丘の家で「小さいおうち」のロケがあってん−−山田洋次監督と松竹ロケ
隊が大勢来て泊まり込みで撮影してたんや、柴垣海岸もロケ地なんやで、撮影の
合間の休憩場所としてどうぞお使い下さいとロケ隊にコテージに休んでもらった
ら、山田洋次監督とスタッフといっしょに記念写真を撮ってもらったんや、嬉し
かったわぁ」
「凄い! それはいい記念写真やね、のっちゃんはエキストラで出たの」
「エキストラはやってないけど、監督と写った記念の写真は額に入れて飾ってあ
るがやわいね」
「コテージかええなあ〜いっぺん行ってみたいなぁ、そこで音楽を聞いているの」
「うん、音楽は聴いてるよ。つい最近まであのビクターのステレオで聴いていた
がやけど、とうとう壊れてしもうた。当時ビクターで一番高いセパレートステレ
オで価格は十二万円。10ワットの出力で30センチの低音スピーカーは大ホール用
で一般家庭向きではなかった。
 初任給は手取り七千円で四十回の月賦払いだったが、残りの何万円かは恥ずか
しいことにお袋が払ってくれた。五十二年間も働いてきた電気製品はギネスブッ
ク並みやねぇ! 三年前に、スピーカーとビクターのプレートを外して形見とし
て遺し天国に召されました。時々、七尾の家から、俗世界から離れたくなったら
ココに来てます。(笑) この小さな小屋には、新聞なし、電話なし、時計なし、
テレビなし、見ざる聞かざる言わざるの中で大自然の声に耳を傾けるがやちゃ」
「何かいい感じやねぇ、のっちゃん、コテージに行って、ノスタルジーに浸って、
楽しかった思い出を語り合いたいなあ、そや! あの頃、いっしょに遊んでいた
誰かを誘って行こうかな、誰か一緒に行かへんかなぁ」−−
「けんちゃん、お盆にでも、遊びにお出でよ」
「分かった! ワケンを誘って遊びに行くわ」
「約束やでぇ、ほんなら、待ってるよ〜」
 −−約束の八月十五日のお盆の日。
 当日、懐かしい羽咋駅からタクシーに乗って滝町に向かった。市街地を抜け国
道249号線を走り、羽咋川に架かる橋を渡り、高校時代に苦しめられた坂道を上
って行く、全校生徒による校内マラソンで10Kmを走ったときの、折り返し地点だ
った峠の「猫の目」を過ぎ、時折、左手に日本海が望める。一ノ宮町に入り、気
多大社前の信号を左に折れ、滝港口へ向かう。海沿いに近い県道129号線をさら
に北の方角へ向かった。
 滝港マリーナを左に見て、アートギャラリー、イベントホールの「スペース滝」
の前を通り、突き当たりの喫茶店の手前を右に曲がり、坂道を上って行くとすぐ
に道路が二股に分かれていた。
 左の細い道を進んで行くとネットで見た「小さいおうち」のロケ現場があった。
一本道のゆるいカーブを進み、少し行ったところに、のっちゃんのコテージがあ
った。コテージを過ぎた先は舗装道路が途切れ農道のままだった。
 エントランスの前で停まったタクシーの音に気づいたのだろう、……
 −−白髪で白髭を蓄えたのっちゃんがコテージの玄関から出て来た。
「ようこそ、ようこそ、よう来たねぇ」
「のっちゃん、ええとこやねぇ、丘の上に建っているんやね、すぐ真下が日本海
や!」
 日本海に白波が立ち潮風の匂いが届いていた。
「枕木を並べたエントランスがいいな、右側にある空間は不思議な感じがするな
ぁ、モニメントのようにも見えるなぁ」
「ようこそ、ようこそ、上がりまっし」
 コテージの中に入るとログハウスの木の香りが「ぷーん」と鼻をついた。
兼也は鼻孔を広げ何度も部屋の空気を吸った。
「のっちゃん木の香りっていいね、何かアロマの香りも漂っているけど、……」
「瞑想をするときにアロマを焚くからやね」−−
「アロマの香りで気分が落ち着きますねぇ」−−
 窓が額縁で日本海が望め、まるで絵画を見ているようだ。
「海を背にすると、右手から朝日が昇り、左手はどこまでも水田が広がる地平線
で、水平線と地平線が同時に望めるのは天地の極みで、自然における神への栄光
だよねぇ、それと日によって運がよければ名峰「白山」と「立山」も同時に眺め
ることができ、これもまた贅の極みを尽くしているやろう」 
 −−ワケンと兼也は顔を見合わせ頷いて、……
「−−ほんまや〜、いいとこやなぁ〜」
「−−いよいよ、神秘なる世界へ誘(いざな)おう」
「なんや昔の、のっちゃんみたいやなぁ」                   
 神々しい稀有な自然現象を語ってくれた。 
夕陽が途切れ始めた雲を不思議な色あいに変え、その照り返しが部屋の中を同じ
色に染め、燃えるような夕陽が海の果てに沈んで行く。
 夜更けには波が月の光を受けて輝き、海面のさざ波が、割れて散ったガラスの
ように神秘的にキラキラと光る美しさ。  
 また、満月の夜に月が干潮の波を照らし、その照らしだされた光がまさに月へ
の階段を創りあげるという幻想的な現象が現れる。
穏やかな海面を這うように現れる光の帯は、月へいざなう道しるべなのだ。 
周りに街灯がないから満天の夜空には遠く青白く流れるような天の川が、鮮明に
観え、ルビーのような赤い宵の明星が輝いて観える。 
もう一度観られるかどうか? 水平線に月が沈んで行く光景は息を飲む美しさだ。
そして、運がよければ、風のない日本海は鏡のようになり、海面に空が映し出さ
れる。それは数年に一度あるかないかの現象だ。
 また、達磨(だるま)のような日本海の夕日は太陽が大きくて日本一の綺麗な
夕日で有名です。ともあれ、ここで観る大自然の景観はふたつと同じでは無い、
一つの一度限りの刹那の世界です。
 −−と得意満面の顔で、のっちゃんはつらつらと語った。  
「けなるいなあ〜(うらやましいな〜)」
 ワケンの口から懐かしい昔の田舎弁が出た!兼也は膝を叩いて笑った。
「のっちゃんここはいい! 素晴らしいなぁ、この大自然の中の暮らしに憧れる
わ〜」          
 コテージを建てたのは定年退職後で、この地を選んだのは、海の見えるところ
に住みたいと言っていた息子の「遺志」を継ぐためだった。
 建物と庭の空間は「モニュメント」で、そこに息子の「御影」を置き、息子と
ともに暮らしている。この先の人生を「彼のいのちのなかで、ともに生きよう」
という遺族の思いなのだと、……のっちゃんは静穏に語った。
「ぼくが実家に帰省していて、ワケンに逢いに行こうとして、七尾の松本町にさ
しかかったとき、タバコを買いに来たのっちゃんとばったり会った。あの時のこ
とを思い出すわぁ」
「あの時の出会いは不思議やったねぇ」
「車のスピードが、ほんの少し早くて、あの十字路を一秒前に通過していたら、
ばったり出くわすこともなかった。あとで、これは偶然ではない必然なんだと思
ったねぇ」
「へぇ〜そんなことがあったの! それは息子さんが引き合わせたんだろうなぁ」
 −−とワケンが大きく頷きながら言った。
「お前の家に行ったんやけど、お前はおらんかった」
「そうや! お盆の打ち上げで飲んでたんや、家の者がお前が来たと言うとった」
「そう言えばさぁ、何年も後で聞いたんやけど、ター坊は四十二歳で建築現場の
足場から落ちて死んだし、ホープは四十六歳のときに肺癌で死んでしもうた。
信じられんかった。人が死ぬって、何や、あっけないなあと思った。
 −−もっと逢いたかった。もっと喋りたかったなぁ、二人は今ごろ空の上から
今の僕らを見ているかな?」
 兼也が物故した友のことを思い出していた。
「まさかと、信じられんかったなぁ、運がいいのか? 悪いのかも分からんなぁ」
 −−とワケンがしみじみと、言った。
「夭逝(ようせい)した人の運に、いい悪いは言えんけど、自分は運がいいなぁ
と思う人と、運が悪いなぁと、思う人がいることは確かやねぇ、人生のいい悪い
なんて誰も分からない、自分の人生だって『何がいいやら、悪いやら』この歳に
なっても、分からないんだから」−−この『何がいいやら、悪いやら』は、僕に
とって、恩師から頂いた大切な言葉なんです。
 −−ぼくはこの言葉の持つ意味を次のように、自覚するまでに長い年月がかか
りました。
 −−善悪の超越とは。無分別のあるがままを生きる。
 −−善と悪は表裏一対で『一如の世界』なのだ。
片一方の成立は対峙するもう片一方があるから成立するのではなかろうか? 
未だ二つに分かれないところの無心の自覚。
『かたよらない、こだわらない、とらわれない広い心、もっともっと広い心』
心を楽にしなさいですね。
過去、現在、未来、過去も未来もない。あるのは、瞬時の唯今のみである。
 道元禅師の「柔軟心」に通じるのではないかと思う。
一人ひとりに天命や使命があるなんて言われても、未だに見つからないしね。
死を前にした時に何も悔やまず、よかったなぁと思えたら、幸せな人生だよね」
「死ぬ時は何も恐れることは無いらしいよ、それまでにさ、痛いやら苦しいやら
辛いやら、さんざん、どエライ目に合っているからねぇ」
 とワケンが悟りきったようなことを言った。 
 −−人の死に関してどう論じようと、遺された者が納得できる「死の意味」な
どない、悲しみから少しでも逃れるためのこじつけだったり、一時の慰めの言葉
でしかない。決して、忘れ去ることのできない肉親の死、その悲しみをどう受け
入れるか? 答えは亡くなった「命」をたずさえて己がしっかり生き抜くことだ。
うつ病で自ら命を絶った弟の死を体験している兼也はそう思った。−−
 兼也は、重い話はしないで、その場の雰囲気を変えようと思った。
「のっちゃん、レコードをかけてよ」 
「あいよ〜、何かリクエストある」
「何でもいいけど、−−選曲はのっちゃんに任すわぁ」
 懐かしい音楽を聞きながら、三人は、各々の恋愛トークに花を咲かせた。
ワケンは年上の美人ホステスとアパートで半同棲生活をした体験を喋った。
セックスのテクニックをいろいろ教わったと、年上女との卑猥でイヤらしい性の
エピソードをジェスチャー混じりで、面白おかしく語ってくれた。 
「のっちゃんは、モテたんちがうの」
「私は、生徒を平等に見て来たからか、男も女もフレンドリーで、つかず離れず
やねぇ、−−『不即不離(ふそくふり)』と言う感じの愛し方やねぇ……。
 人との付き合い方を汽車の線路で例えるならば、片一方がぼくで、もう一方は
相手で、二本の線路は永遠に平行で同じ間隔で、付かず離れず、言い争うことも
ない、それが私の付き合い方というか愛し方なんやねぇ」
「始めっからそういう付き合い方だと、相手とぶつかることも無いわねぇ」
「のっちゃんは、言い争ったことは一度もない、口喧嘩も見たことがない」
「人間関係で、もっと強く生きなさい、人間強く生きにゃダメやぞっていうけど、
なんも強く生きんでもええがや、弱くてもええんや、柳に枝折れ無しのごとしで、
負けるが勝ちというがいね、強くなけりゃダメやということはない、賢く負けた
ふりをするがやぁ、そしたら楽に生きられるがや、こころ穏やかにね、……。
 戦国時代からの歴史を紐解いてみると、強い武将どんな生き方であったか? 
弱くて負けて逃げた方がどんな生き方をしたか? 生きて世に何を残したか? 
先人たちの『死に様』『生き様』が教えてくれとるがいね」
「勝てば官軍負ければ二軍やねぇ」
「それ! 勝てば官軍負ければ賊軍やぞォ」
「野球にたとえたジョークやんか」−−とワケンは言った。
「ワケンは冗談がうまかったなぁ、いつもそうやって、雰囲気をなごませてくれ
てたよね」
「のっちゃんは、けなるいと思ったことがないし、金儲けをしたいなどと微塵も
考えたことがないもんねぇ、−−出来た人がいたもんだ」
「けんちゃん、それって、褒めてくれてるのかいね」
「のっちゃんの周りには、いつも友人知人が取り巻いてたような気がするわ」
「そうやねぇ、いろんな人が寄っては離れ去って行く、そんな経験から好きなこ
とわざで『来る人に安らぎを 去り行く人に幸せを住まう人に祝福を』というの
が好きや。これは、独ローテンブルグの城壁に刻まれているメッセージで、いっ
つもそう思ってるんや」
 のっちゃんの『慈悲喜捨(じひきしゃ)』の変わらぬ精神。
他者に対しての接し方や、行いや心のあり方は、昔のまんまで、少しもブレては
いなかった。のっちゃんと遊んでいたあの頃。いろんな刺激を受け、大人に近づ
こうとしていた。青春時代の楽しかった思い出を胸に、−−ノスタルジックな雰
囲気で語り合っていた。
「楽しく生きる心の在り方。人生を豊かにする感性。それが大事なんだよね。
 それが音楽の持つ力だと思う…」−−とのっちゃんは、ぽつりと言った。
「音楽の力を伝えたかったなぁ〜」−−と兼也が、−−遠い目で言った。
「格好いい音楽ディレクターに成ってね〜」−−とワケンも言った。 
「私の体の中にある音楽は、ポピュラーが原点なんだけど、モダンジャズの世界
をもっともっと日本人の生活に馴染ませたかった」
「ぼくらも、のっちゃんの部屋で聞かせてもらった。あのステレオ音楽からすべ
てが始まり、いろんな影響を受けているのは確かだね」
 のっちゃんは「あるがままに生きる」ということは難しいことですと前置きし。
あるがままとは「自分を否定せず肯定する」ことだと、つまり、「いのちの肯定」
である。肯定は、「いのちの本質」だと思え。−−本来の命ちの姿は否定を望む
はずもなく、自己を否定する赤ちゃんなど見たことがないと、のっちゃんならで
はの人生論を語った。
「自己否定は美徳でも何でもない、自己肯定することが大切なんですね」
「あの頃の、のっちゃんは、レクレーション企画のアイデアマンだった。仲間を
作って、人生を豊かに楽しくする名人でしたね」 
「居心地のいい場所を作る天才や、そこに人が寄る。のっちゃん依存症だねっ」
「でもなぁ、けんちゃん、人はその時々が楽しかったらええねん、人は自分にと
って都合のいいときだけ寄って来るもんや、いずれは去っていく、いろんな事情
で離れて行くんやねぇ、−−それは致し方のない人の世の道理なんや、そりゃぁ
寂しいことやけどねぇ」−−「都合のいいときだけかも知れないけど、ぼくらに
は無いものをのっちゃんから教えてもらい、人生のプラスになるいい影響を受け
たから、−−今でも感謝しています」
 ワケンが席を立つと上着を持って来て、「ええもん、見したろかぁ〜」アルバ
ムからはがしてきたという写真を胸の内ポケットから取り出した。
「写真か! 見して、、うっわ! 懐かしい写真や白黒がまたええなぁ」
ター坊、ワケン、ホープ、兼也の真ん中でのっちゃんが肩を組み笑ってた。
「この写真!何度見ても心が癒されるんやぁ」
 とワケンが写真をまじまじと見ながら言った。……
「つい昨日のことのように思い出されるなぁ、出来るものならこの時代に戻りた
い」と、兼也が言った。……
「あの頃に戻りたいとかよく言うけど、私は戻りたいとは思わない。今ようやく
落ち着いてゆったりと過ごせているのに、あの苦しかった。辛かった。悲しかっ
た。−−経験や嫌なことを再び繰り返したくはないです」
 と言ってのっちゃんは笑った……。
「そりゃそうだ! 色んなことがあって今がある。人生経験豊富な考え方ですよ
ね」−−と兼也が言うと、−−ワケンも頷いた。
「五十年以上経ったんやね、−−人生って先が分からん? 先が見えん? だか
ら不安もあるが分からんからええんやね『恬淡虚無(てんたんきょむ)』の境地
に立って、明日は何があるか期待して、−−いつもワクワクして過ごしていたい
ねぇ、−−ワッハハハハハ……」 
 のっちゃんの高笑いに、−−二人もつられていっしょに笑った。
それぞれが、それぞれの生活の場へと、帰らなければならない時間が来てしまっ
た。コテージを出て、丘の上から三人は肩を並べ日本海を眺めた。
 空と海を赤く染めた大きな夕日が、−−平成時代の終わりを象徴するかの
ように輝いて見えた。−−
「夕日が沈むのは、地球が明日に向かって自転しているからなんだよねぇ」 
「のっちゃん、−−まさに今! それを実感しているよ」
 三人は名残り惜しそうに、夕日に染まる美しい日本海を眺めていた。
                              
                          「完」

       あとがき

  何十年振りかに再会し、話を聞いていると「出来た人がいたもんだ!」
 そう感じてしまい、のっちゃんの人生の一端に触れることで、のっちゃんがどの
 ような人生を歩み、どのように生きて来たのか、生きるよすがとなる手掛りがな
 いか、もっと深く知りたい衝動に突き動かされるままに綴りました。
  かけがえのない無二の親友と関わったのはわずか一年間ほどであったが、仲間
 と遊んだ数々の思い出が次から次と想起された。
 思い出は時系列を無視してランダムに蘇った。
  千九六四年の春夏秋冬を駆け足で走り抜けたようだった。
 何故そんなに急いだのか? 何を求めたのか? そんな理屈は必要ない、ただ楽
 しい時間を友といっしょに過ごせればそれだけで良かったのだ。
  みんなといっしょに笑っていれば幸せだった! ――あの時の笑いはタダで得
 られる幸せだった。青春は短い、短くて混沌としているが、刺激的な出会いがあ
 り、人生でいち番色濃く深く色んな事を体験し、精神力が磨かれ、感性が豊かに
 なり、――大人の世界へと近づき成長して行く……。
 青春の思い出なんて、所詮ノスタルジイでしかないのだろうか?…… だが、
 甘酸っぱくて美しい。?
 登場人物の「のっちゃん」はご存命の方です。当時の記憶を探るために電話で
 取材し、昔話を語り合いながら、曖昧な事項を確かめるために協力をしてもらい
 ました。書き終えた原稿を先ずはのっちゃんに読んでもらい、校閲をしてもらう
 と思いまして、PDFファイルにしてメールで送信しました。

  そして、何日か経って茶封筒が届いた。
 小説を読み終えて「CharlesLamb(チャールズ・ラム)」の詩と繋がったよ
「The Old Familiar Faces(古くて親しい顔)」が浮かんだよ。
 とインターネットから引用し、コピーされた詩が添付されていた。

    私にはかつて 遊び友達がいた 仲間もいた
    幼子の頃 楽しい学校時代の頃 
    皆が、皆が消えてしまった あの古く親しい顔が。

    笑いもした 大騒ぎもした 遅くまで飲み 
    遅くまで起きていた あの仲間達と
    皆が、皆が消えてしまった あの古く親しい顔が。

                   (ネットより引用)


 【追記】

 小説「のっちゃん」の主人公からのメール文をコピペしました。

 なお、小説を読んでふっと映画「小さいおうち」を思い出しました。
 当映画の撮影関係者から頂いた映画のリーフレットです。
 おもむろにそれを引き出しから取り出しました。
 そこに書かれていた文書を紹介します。

  数々の名作を世に送り出して来た山田洋次が、監督作82本目にして全く新しい
 世界へと踏み出しした。ことの始まりは2010年に第143回直木賞を受賞した、
 中島京子のベストセラー「小さいおうち」読了後、「自分の手で映画化したい」
 と熱望した山田監督は、すぐに作者に手紙を書いた。50年以上に渡って、
 "家族の絆′′を描いてきた山田監督が、今作で初めて、"家族の秘密"に迫る。
  家族の温かさを見つめ続けたその目で、今回は更に深く、人間の心の奥深くに
 分け入り、その隠された裏側まで描きだそうとする一。そんな、監督の情熱から
 生まれたかってない意欲作が、ついに完成した。
 日本映画界を担う実力派と、次世代を担う若手俳優・豪華キャストの競演が実現!
 と書かれていました。


  【コメントではなくメールで届いた感想文】

  拝啓
 けんちゃん、今晩は!
 小さなコミュニティ・・・のブログから縦書き『のっちゃん』を再び
 読ませていただきました。
 前も涙がでましたが、今回も同様です。
 自分のことなのに涙が出るのはどうしてでしょうか。
 いや、自分のことだからでしょうか。
 この感動は「事実は小説よりも奇なり」、ノンフィクションからでし
 ょうか。でも、時間が経って原因がわかりました。
 それは、けんちゃんの人の人生の「喜・怒・哀・楽」がエキスのよう
 に卓越された小説文によるからでしょう。

  第一楽章は厳かに謹みて、第二、第三楽章は苦悩から歓喜に至り第
 四楽章はあるとあらゆるものへの感謝とその喜び。
 ベートーヴェンの第九を彷彿とさせます。
 小説の「第8章」と最後の「あとがき」がコンサート終了の余韻のよ
 うに家路まで漂っています。

 「この小説に寄せる言葉」として。
 " 真の肯定は、否定の網をとおり抜けてこなければならぬ " ・・・
  ( 鈴木大拙 )
 " 蝋燭の灯りが消えぬうちに現世を楽しみ、薔薇の花がしぼまぬう
  ちに摘み取ろうではないか "・・・ ( ドイツ学生歌より)

  敬具

posted by てらけん at 16:01| Comment(0) | 青い屋根だより | 更新情報をチェックする
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