◇ 寺沢憲重の10のラッキー名言 ◇      
:幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑っているから幸福になれるのだと言いたい。       
:笑いのあるところには活気もある。よく笑う人は不機嫌な顔をした人より長生きする。
:叶えるのが夢だけど、叶わなくても夢は夢さ、泣いて笑ってそれが人生、平凡がいい。
:人生いろ色あらァな、それを頑張って乗り越えたら喜びや楽しみが待ってるんやでぇ。
:人生に於いて全ての壁が、自分を高める壁だと前向きに思える人は壁を超えられる。
:ネガティブフィードバックの時こそ、得難い学びのチャンスそのものなのである。
:大切だと思うのは世に名を博した偉い人や大作家とはなるべく謦咳に接することである。
:たった百人の中の、私という自意識や誇りや自尊心や見栄や保身や奢りや愚かさの孤独。
:他人と比較するのは無意味だ理想の自分と比較せよ。何歳でも自分を変える努力をせよ。
:人生のターニングポイントの決断には。やり始める勇気とあきらめる勇気が必要である。 

2014年09月21日

 昨日、9月20日に行われた我がふるさとの奇祭!「お熊甲祭り」(^-^)/。



   2014年の動画「お熊甲祭り」

 五穀豊穣に感謝する、「お熊甲祭」(通称:二十日祭り)が七尾市の中島町で行われました。
 国指定重要無形民俗文化財「お熊(くま)甲(かぶと)祭(まつり)」 は毎年9月20日に行われる
 能登の伝統祭事で、同町宮前の久(く)麻加夫都阿良加志比古(まかぶとあらかしひこ)神社で行われた。
 秋晴れの下、早朝から、町の集落17末社から担ぎ出された神輿(みこし)や高さ20メートル を超える
 深紅の枠旗(わくばた)が勇壮に練り歩いた。

 天狗(てんぐ)面をかぶった猿(さる)田(た)彦(ひこ) の軽妙な舞に導かれた各末社の行列が次々と
 参集した。独特なリズムの鉦(かね)や太鼓 が鳴り響く中、神輿や枠旗を担いだ男衆が「オイッサー、
 オイッサー」の威勢のいい掛け 声とともに神社(境内参入)になだれ込んだ。
 その後、奉幣(ほうへい)式が行われ、集まった各末社 の猿田彦が舞を披露した。

 午後は境内から700メートルほど離れたお旅所(加茂原)での「お練り」と「島田くずし」の妙技です。
 中でも、島田くずしは、約20mの枠旗を地面すれすれまで傾ける、祭の見せ場です。
 一方で過疎や高齢化により祭りの担い手不足が年々深刻化していて、枠旗の数は17本と去年と比べ
 2本減りました。こうした中、地元住民の呼びかけなどで県内外の大学生およそ50人がみこしの担ぎ手
 などとして参加し、伝統の祭りに活気をもたらしていました。
 関係者によりますと、見物客は例年より3割ほど増えたということです。(良かったなぁ^^)


    2014y09m21d_100639884.jpg


  てらけんも祭りバタ(旗)を担いだり、綱を引っ張る役目を経験したことがあります。

  この原っぱで草野球をしたり相撲をとったりして、夕暮れまで遊んだものです。

  棒高跳びで飛び上がった時に竹が折れて、左の手首の骨がずれて骨折したのもここでした。

  背景に家並みが写りますが、向かって左の方の白い三角の壁の家の隣が実家になります。

  背景の山の下、御旅所(加茂原)の裏に流れているのが、よく遊んだ熊木川です。

  この祭りの光景の写真は。実家の前の県道を挟んだ畦からのアングルになります(^-^)/。
  


 「お熊甲祭」の境内参入からお旅所の「島田くずし」
まで、お祭りの一部始終がご覧になれます。



 

 お祭りの見物人が少ないですね、昔は参道も境内も人混みでごった返していました。

 

  お酒は一升瓶でラッパ飲みをしますから、担ぎ手は一様に酒臭いです。

  天狗の面をかぶった猿田彦の奇抜な踊りは決まった形にとらわれない動きで、

  それぞれ一人一人の特徴のある軽妙な舞姿を見ているだけでも感涙ものです(。-_-。)

  



posted by てらけん at 10:45| Comment(0) | マスターの日記 | 更新情報をチェックする
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