◇ 寺沢憲重の10のラッキー名言 ◇      
:幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑っているから幸福になれるのだと言いたい。       
:笑いのあるところには活気もある。よく笑う人は不機嫌な顔をした人より長生きする。
:叶えるのが夢だけど、叶わなくても夢は夢さ、泣いて笑ってそれが人生、平凡がいい。
:人生いろ色あらァな、それを頑張って乗り越えたら喜びや楽しみが待ってるんやでぇ。
:人生に於いて全ての壁が、自分を高める壁だと前向きに思える人は壁を超えられる。
:ネガティブフィードバックの時こそ、得難い学びのチャンスそのものなのである。
:大切だと思うのは世に名を博した偉い人や大作家とはなるべく謦咳に接することである。
:たった百人の中の、私という自意識や誇りや自尊心や見栄や保身や奢りや愚かさの孤独。
:他人と比較するのは無意味だ理想の自分と比較せよ。何歳でも自分を変える努力をせよ。
:人生のターニングポイントの決断には。やり始める勇気とあきらめる勇気が必要である。 

2011年01月25日

宮本輝「流転の海」第一部から第五部

わたしの宝物になりました。

どれくらいの人がわたしの宝物はこの本であると言い切れるだろうか、

作家の作品を通じて、感動や心の響き、人生の支えなるものに感銘を受け、

リスペクトしているフアンの想い羨望の眼差しは崇拝の域を越えんばかりで、

私自身も同じ現世に生きる対人としてリスペクト揺れるハートして止まない一人である。

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「流転の海」「地の星」「血脈の火」「天の夜曲」「花の回廊」のこの五冊は突然!

手元に…、東西南北が北東南西にひっくり返るほどの予期せぬ嬉しい出来事である。

さっそく、青い屋根の店内に飾ったが、宝物だからそっと眺めるだけで大満足なのだ!

(お願い、触れないでね、眺めるだけにしてね、絶対にこれ貸してとは言わないでね)

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戦後の時代を背景に、作者自らの“父と子”を描くライフワーク(新潮社)

宮本輝作品の中でも「流転の海」は是非とも読んでもらいたい一冊である。

これでハマッタと言うフアンが多く、人生のターニングポイントになるかも!?

「流転の海」第一部から第五部…を読み進めて行けば、大きなエポックにぶち当たる!?




波 2007年8月号より 『花の回廊』刊行記念 著者インタビュー

宝物のような時代  宮本 輝『花の回廊―流転の海 第五部―』

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「流転の海」のシリーズは、今回で第五部までが刊行されました。それぞれの作品は、
「流転の海」シリーズの中でどのような世界をなしていると考えられますか。

宮本 それはね、それぞれエポックを書いてきたんですね。

 第一部の『流転の海』は、物語の始まりです。
それまで南宇和に疎開していた熊吾が、戦後大阪の闇市の中に戻ってきて、そして
五〇歳で突然子どもができるという、大きなエポックを体験する。あの時、子どもを
得なかったら、熊吾の人生はまったく変わったものになってましたよ。

 第二部の『地の星』は逆に、子どもを育てるために何もかも捨てて田舎へ引き
こもった時代です。子供の伸仁は、私自身がモデルですが、か弱い子でね、何かって
いうと熱を出し、二十歳まで生きられないと言われる。熊吾にとってはこの子を
育てることだけがすべてになっていた時代です。南宇和は戦後当時でも魚は豊富だし、
山のものもいっぱいあるし、稲だってほっといたって生えてくるようなところですから。
もちろん大阪の闇市で松坂商会を続けるほうが、はるかにチャンスは多かった。でも、
郷里の田舎で、ともかく一人息子をしっかりと育てようということだったでしょう。
そしてその子もなんとか幼稚園へ行くぐらいの歳になって、

 第三部の『血脈の火』ではもう一度大阪へ出てくる。いわゆる川と川に挟まれた、いかにも
大阪中之島の西端の、二つの川に挟まれた、毎日毎日両方の川にポンポン船が行き来する、
まったく違った環境の中での生活が始まります。これもかなり大きなエポックです。

 第四部の『天の夜曲』は、富山の時代、雪国の時代です。
熊吾や妻の房江にとってはもちろん、伸仁という一人の人間にとっての成長過程に
おける重要なエポックです。 そうすると、今度の第五部『花の回廊』という、
尼崎の奇妙なアパートでの時代というものはもう欠くべからざるものとして、
一冊どころか二冊ぐらいに書かなきゃいけないぐらいの大きなエポックです。
あの時代が伸仁という子どもに与えたものは計り知れないものがあった。

最初は、この時代をポンと飛んで、伸仁が中学生になったところから、熊吾が経営を
まかされるモータープールでの新しい生活から始まるつもりだったんですけど、
編集者からそれはいけない、そこを書かなくてどうするんですかと言われて。
そうやなあ……しかしこれ書くの大変やでと。
デリケートな問題が腐るほどある、これをどうやって書くんやと。
でもやっぱり考えてみると、こんな宝物のような時代を書かないでどうするんだ、
書きにくいことはいっぱいあるけれども、この『花の回廊』を書かなくてなんの
「流転の海」だと考えるようになったんです。

 第五部『花の回廊』には、貧しい人々が暮らす「蘭月ビル」というアパートが出てきます。
このアパートは入り組んだ迷路のようになっていて、非常に特徴のある構造ですが、
宮本さんご自身が小学生のころ親元から離れて暮したアパートですね。

宮本 変な形ですよね。どこかの部屋の壁があいてて、隣の部屋と行き来できるとか。
消防署に構造上の問題を指摘されるとその都度階段をつけたりするわけです。
それを消防署がまた検査して、これだけでは危ないと言われたら、ほならここにまた穴あけて、
梯子つけたらよろしいんやろ、とやっているうちに、回廊状になってしまったんです。
このアパートにはさまざまな匂いが立ち込めています。食べ物のいい匂いから、
臓物やトイレの匂い……。

宮本 死んだ人間の匂いまで(笑)。
自殺も、殺人事件も、朝鮮半島の問題も、それから障害者の問題も、もうありとあらゆる
問題が、このビルの中に出てきます。

宮本 蘭月ビルでの出来事は、まだ終わったわけではないのでね。住人の中で、北朝鮮へ
帰っていく人たちと日本に残る人たちとがはっきりと分かれていく時代をこれから書くことに
なります。住人もすさまじい死に方をしていきますし。警察が絡んでくる事件がいくつもありますね。
その現場に、宮本さん自身がモデルの小学生伸仁がつねに絡んでいる。

宮本 警察に行くと「なんで事件のたびに君がおるんや、君、学校行ってんのか」と言われました。
『花の回廊』の背景となっている昭和三十年代は、世界でも稀にみる高度経済成長を日本が成し遂げる、
その始まりの時代でもありました。宮本さんが実人生でそれを実感されたのはどんなときでしたか。

宮本 僕らの世代は、その日本が経済成長していく変化と常に一緒に育ってきてますから、
変化というものにたいして、麻痺してたという気がします。ぼくはだから、何かを見て、あ、日本は
すごい経済復興を今やってるんだ、というふうに感じたことはまったくなかったです。
もう少し大人だったら、敗戦後十数年でよくここまでなったなっていう感慨はあったでしょうけど、
僕はまだそこまでの年齢に達してなかったですから。まだ十歳や十一歳の子どもには、自分の周り
のことだけでびっくりすることばかりで、とくにこの蘭月ビルは、魑魅魍魎の世界でしたから。
昭和三十年代は、三種の神器と言われた、電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビが普及した時代でも
あります。この神器が宮本さんの家に入ってきたときの思い出を伺えますか。

宮本 一番ありがたかったのは、洗濯機ですね。お袋がずいぶん楽になりました。
脱水用のハンドルもついてない、ただぐるぐる回るだけのものでしたが。電気冷蔵庫も一週間に
いっぺんは霜を取らないといけなかった。でもあれで日本人の生活は劇的に変わりましたね。
テレビは別として。テレビは別というのは?

宮本 テレビはその前からありましたから。自分の家になかっただけで、電気屋さんの前に
行ったら見れたしね。だから「チロリン村とくるみの木」の時間だけは電気屋の前でじーっと
立って見てました。最後に「流転の海」シリーズの今後の構想を伺えますでしょうか。

宮本 「流転の海」は、このあととにかく、熊吾が人生を終えるまで書きます。次の第六部は、
伸仁が中学校に入ったところから始めようかと思っています。熊吾自身はこれからいっそう辛い時代
を迎えます。人を騙そうなんて思ったことない、人が困っていたら自分ができる限りのことをしてや
りたい人が、それがだんだんできなくなって、図らずも人を騙してしまうようにもなる。それが何に
よって起こったか。それがこの小説の眼目の一つとなると思います。あんまり書きたくないことがい
っぱい出てきますが、しかし、「三つの醜い真実より一つの奇麗な嘘を」という気持ちで書いていき
ます。このラブレーの言葉は「流転の海」を書きつづけるぼくにはありがたいですね。

(8月7日発売「新潮」9月号より抜粋)


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