◇ 世森友のラッキー名言 ◇      
        :幸福だから笑えるわけではない、むしろ、笑っていることが幸福なのだと言いたい。       
        :笑いのあるところには活気もある。よく笑う人は、不機嫌な顔をした人より長生きする。
        :叶えるのが夢だけど、叶わなくても夢は夢さ、泣いて笑ってそれが人生、平凡がいい。
        :人生いろ色あらァな、それを頑張って乗り越えたら喜びや楽しみが待ってるんやでぇ。
        :人生に於いて全ての壁が、自分を高める壁だと前向きに思える人は壁を超えられる。
        :ネガティブフィードバックこそ、得難い学びのチャンスそのものなのである。
        :大切だと思うのは世に名を博した偉い人や大作家とはなるべく謦咳に接することである。

2011年03月29日

陶芸家 加藤高山先生作品

加藤高山 「隆起象嵌手法」

 アトリエの作品展示部屋に並んだ作陶品の写真が手に入りました。
高山師匠の生徒さんが撮ってくれました。陶芸ってすばらしいですね、
奥深いですね、壺は隆起象嵌手法。 クリックして拡大してご覧下さい。

画像原寸サイズ 1000 × 750  
Katoukouzan.jpg

Katoukouzan1.jpg

加藤高山公式ウエブサイト
⇒ http://www.katokozan.org/


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最近読み終わった宮本輝の小説で感じたこと。

「幻の光」「命の器」宮本輝:著を読み終えて。

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何を成すにしても、強く生きる力が根底になくてはダメなんだなぁ、、
言い方を替えれば、人生論には強い生命力が必要なのだなぁと思った。


生きる力とは鍛えられるものであろうか?
どうすれば強く生きられるのであろうか?
難業苦行、難病に立ち向かう生命力とは?

おぼろげに、精も魂も尽き果て生きる力を失ってしまったら、
アカンなぁと、理解は出来たつもりやが・・・、今のところは何かあったら、
「生きる力や」「生命力や」と反芻するように言い聞かせて見よう。

ひとつ思うのは、生命力は誰でも持つ事ができるんじゃないかなぁ。
したいことや、楽しみを見つける事も、生きる力になるやも知れん。

2011年03月27日

ほんまに、うまいのなんのって!!

美味し過ぎて筆舌に語り難し

筆舌に語り難し、なんて大袈裟にも、ちょっとわざとらしく書きましたが、
宮本輝の小説をほとんど読み、小説の名文、名言から天の啓示として悟り、
生きる希望や、やる気や、勇気を戴いたお陰で、今の私がいると仰って、
宮本輝先生の大フアンであると言うお方が、当店にいらっしゃいました。

宮本輝の小説に出てくるような、それはそれは、エレガンスな美しさと気品を兼ね
備えた女性で、そのお方が手土産にと、持参して下さった手造りのりんごケーキの
うまいのなんのって、思わず!「有名な、〇〇ロールよりうまいがな」と言ってしもた。

IMG_2370.JPG IMG_2371.JPG

半分を切ってしまってから撮った写真です。       皿にのせた方は切り口が綺麗でなくて申し訳ない…。


posted by てらけん at 16:03| Comment(2) | TrackBack(0) | マスターの日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月24日

宮本輝の「三十光年の星たち」 私の老後の生き方!?

朝刊連載の小説「三十光年の星たち」を読んでいた人のブログより。

Teru2 003.JPG  書き出しはこうだ・・・、
  >長いこと読んでいるが朝刊連載の小説ははずれがない。
  >いまは宮本輝の「三十光年の星たち」がだんだん佳境に入ってきている。
  >私は彼の作品の中にちりばめられる言葉が好きだ。

  今朝はっとした!・・・
  「服は着られればいい。風呂敷は物を包めればいい。
  人々の生活がせちがらくなると、安ければいいという風潮が、
  一種の生活哲学となっていく。だがそれはやがて人間や社会
  からも大事な思想を奪っていく。『物』を見る目というのは、
  人間を見る目もある。優れた『物』の価値を解せない人は
      『他者』をも粗末にするようになっていくのだ」(・・佐伯老人の言葉より引用)

>安物を買ってどんどん捨てていくことも多くなった現代に、警鐘の言葉のような気がする。
>私は物の価値と対価がまっとうなものが好きだ。それにしても、今の社会に欠けている
>ものはこの小説の中の「佐伯老人」のような存在ではないだろうか。若者の値打ちを見抜く
>眼力、育てる力。。。老人は安定した老後をエンジョイするばかりでなくもっともっと、
>社会に力を発揮するべきだと思う。(徒然なるままに様より抜粋)


毎朝届く朝刊の小説「三十光年の星たち」を読んで、この方は、このように感じたんですね…。
こういう内容の感想文は好きだねェ、だって、これから読もうとしている小説に書かれている
いいところをちょっと解ると、「そう、そうですか」と、ワクワクしてくるじゃないですか!!
私も反省して、今日から「社会に力を発揮するべき」老後の生き方とは何かを考えよう〜と!?

2011年03月23日

加藤高山氏の陶芸作品 隆起象嵌 勝虫珈琲揃

2011年3月22日に届けてくれた。

展示会の作品造りでお忙しいらしくて、5月頃になるかも知れないと聞いていたのに!
お願いしてから一ヶ月とチョッと、こんなに早く出来上がるとは思っていませんでした。

64歳=ムシ(虫)=トンボ=前しか飛ばない=不転退=勝虫=武士の縁起物!!
で、依頼したコーヒーカップがこれである。精緻でリアルなトンボに驚きました。
Kouzan-10.JPG

クリックで加藤高山氏の作陶品「勝虫珈琲揃」のスライドショーがご覧になれます。
送信者 特注陶芸品の珈琲カップ


淡いブルーの空、森に囲まれた水色の湖、隆起象嵌手法による白樺の木々、その受け皿に
ふち廻りが空と同じ色で、カップの周りは下の絵柄が写っているように描かれている。

加藤高山公式ウエブサイト⇒ http://www.katokozan.org/

posted by てらけん at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | マスターの日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

私の啓示。生きる元気は考え様や思い様から。

【世森友のあまり役に立たない迷言集】  名言、格言、を考えよう!?

「俺って運がいいんだ」って思うことにしよう。その方が人生が楽でいいんじゃないかなぁ!。

「悟る」って気付くことが大切で、気付かないことには何にも悟れないんじゃないかなぁ!?。

「百雑砕」って日々雑事をこなして働く、それが生きる事だと教えているんじゃないかなぁ!?

やれと言われた事じゃなく、やろうと決めた事だから倦まず弛まず続けられるんじゃないかなぁ!?

「幸福」って物欲で満たされるより、精神的な満足感があれば、それでいいんじゃないかなぁ!?

「必死」って死に物狂いでやってると、愚痴も涙も出やしねェ、それが必死じゃないのかなぁ!?

「天啓」って人間は何かに護られ、不意に閃いた精神論を啓示として受け止めることじゃないの!?

「箴言」って人生の支えになる格言を見つけて、ひとつでも持った方がいいんじゃないかなぁ!?

「人生の師」って自分で見つけるもである。よき師をもたないことほど無駄な人生はありません!?

「夢」って見て居られること事態が最も幸せであり、本当の夢は叶わぬから見て居られるのだ!?

タグ:名言集
posted by てらけん at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | マスターの日記 | 更新情報をチェックする

「エヘヘッ」(^o^)/ 注文していた本たちがやっと届いたのら!!

「三十光年の星たち」宮本輝 著

Teraken Shop へようこそ! で注文していた本が東北大地震の影響で

遅れていたが、思っていたよりもわりに早く届いた。(一冊足りねェようだけど)「嬉ピー」

ダンボール箱がボーンと届いて        ダンボール箱をバーンと開けて
Teru2 001.JPG Teru2 002.JPG

ちゃんと立ったまま並んでねェ「ハイ、カシャッ」      お目当ての新刊はアップで「カシャッ」
Teru2 005.JPG Teru2 003.JPG

女房のやつ、いつもとっとと僕より先に読むから、今回はしばらく黙っておこうかなァ・・・。
これじゃ、大事なものを貸してといわれて、貸すのが嫌でシブル、子どもの心境と同じだな(^^;/





2011年03月17日

伊丹市阪急駅ビル本屋さんにて。

宮本輝 新刊 「三十光年の星たち上下」

駅ビルの三階の文学館の開店は10時からとは知らずに開店前に着いてしまった。
しばらくなかの様子をうかがってから、コンコンとノックをすると店員さんが気付き
近寄ってきてくれた。で、「これこれしかじか」とお願いをしたら中に入れてくれた。
「親切だったねぇ!!」 入り口から一歩入ったど真正面に新刊が積んであった!!

元画像サイズ 800×600 600×800 ピクセル
Teru-1 001.JPG Teru-1 002.JPG

ついでに隣のビルのB1のTUTAYA(こちらは9時開店)へ、レジのまん前の上棚に新刊があった!!
Teru-1 006.JPG Teru-1 007.JPG


デジカメで新刊が並んでいる写真をゲットし、自転車に辿り着くまで、NHKの朝ドラてっぱんの
ダンスの振り付け部分をまねるように、手を挙げ足を上げてとび跳ねる踊りを思い出していた。



2011年03月15日

東日本大震災の影響か!?Amazon.co.jp より出荷がまだだ。

未発送 お届け予定日: 2011/3/31 - 2011/4/14 これではいつ届くのか???

いつもならとっくに届いていいはずなのに、東日本大震災の影響で通常通りの出荷の手続きが
滞っているのでしょう。まぁ楽しみは先になってもいいから、じっくりと、待つことにします。
「宮本輝」の小説たちのお陰で、読書が好きで楽しみになり、暇な店でも気にならなくなった。

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前々から宮本輝「三十光年の星たち」の発刊を機に他の本もついでに購入する気で居ました。
いつものように、近くの本屋さんで買うべきかなぁと思ったりしてたのですが…、行っても
ほしい本が全冊揃わないことは解かっていたので、Teraken Shop へようこそ!で、注文をしたのです。
ここは誰でも普通に本以外の物でも注文が出来るテラケンのアマゾンインスタントショップです。
posted by てらけん at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | マスターの日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

今、興味を抱き魅かれる作陶家「加藤高山」

独自の隆起象嵌の技法で作陶。

私の知り合いが箕面の山奥にある工房に陶芸を習いに行っている事は前々から
聞いてはいたが、師はどんな作品を作っているお方なのかまったく存じなかった。
今日は、その先生の個展の案内葉書を見せて頂き、お名前を知り、検索をして
その先生の作陶をネットで鑑賞することがやっと出来たのです。

大阪 高山 に為那都窯をもつ、加藤高山の工房は大阪の北部、箕面から更に山奥に
進んだ、豊能郡豊能町というところにあります。これが大都会の近郊かと思うほど、
のどかな田園風景の広がる場所です。 「近い内に一度、訪れてみたいなァ」

加藤高山氏の作陶があまりにもすばらしいので、勝手に紹介させていただきました。
独自の隆起象嵌の技法を使い自然の中に溶けいるような温もりのある作品 。
過去の作品、現在の作品、そして新作をご鑑賞下さい。「隆起象嵌水差」etc...


為那都窯(いなつかま)

加藤高山(かとう・こうざん)氏の作品をご覧下さい。


ひょっとして箕面に詳しい、さくおさんならこの方をご存知かも知れないなァ…。


posted by てらけん at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | マスターの日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月10日

最新刊のお知らせ!「三十光年の星たち」宮本輝

新刊を手にする喜び…!!

人生何が起こるか解らない、終わったも同然と言われた青年が老人と旅に出る
京都から始まった。人生を変える奇跡の旅とは、宮本文学の最高傑作!


TERAKEN SHOP ENTER





2011年03月09日

「受動禁煙防止条例」Boggy, Boggie, あんたの時代はよかった…♪

「公共的施設における受動禁煙防止条例」

喫茶店などのお店も公共的施設とみなし、100uを超える場合には
喫煙または条例基準を満たした完全分煙を義務付けるものです。

全日本コーヒー商工組合連合会では喫煙ルールステッカーの店頭に表示の普及を
推進しています。当店は入り口に喫煙できますのステッカーを貼ってあります。

ボギー あんたの時代はよかった〜♪と口ずさみ・・・、
なんでもかんでも条例や規制でがんじがらめ、それでも決して以前より
社会が良くなって来ているとは思えないよなァ Boggy, Boggie, よ・・・。

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昔の白黒映画で、ハンフリーボガードやイングリッドバーグマンなど、往年の銀幕のスターの、
名男優、名女優がここぞという場面でタバコをふかしていたシーンを想い出します。
「トレンチコートの襟を立て、紙巻きタバコをキザに咥えて吹かす」粋なスタイルだった。



posted by てらけん at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

午前中の暇な時間を有効にしたい!

Leather craft

近頃なんだか考えるところがあって、昔やっていたレザークラフトの
道具や残っていた材料などを家の納戸から持ち出し店に持ってきた。
長いことトンカントンカンと革を叩いてないなぁと懐かしく思いながら、
箱のふたを開けてみると、むかし作った作品が3品出てきた。

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亀の背中にカエルが乗っかり、その先にはトンボが岩の上にとまっている。
どれもこれも縁起が良いと言う生きものを彫ってある。笑うカエルが好きだねェ!
これはフィギャーカービング技法で詳しいテクニックは下のブログをご覧下さい。

レザークラフト講座 初心者から上級者まで
posted by てらけん at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | マスターの日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月04日

宮本輝の名言・名文を集めて掲載

《人生の啓示となる名言集》


宮本輝先生の作品の中の名言・名文を集めてみました!

「何がどうなろうと、たいしたことはありゃあせん」
『地の星』(流転の海シリーズ 文庫本の230P)

「やれやれ、勝てそうだ」という局面を迎えると、人は安心して悪手を指してしまう。
どんなに優勢のときも、どんなに劣勢のときも、終盤に入って、やっと、
「さあ、これからだ」と頑張らなければ、勝負には勝てない。
『彗星物語』

恐らく人間とは、一つの欠点の消滅によって新しい美徳が生じるというのではない。
欠点は欠点のままに、その人のちょっとした心の作動によって美徳に生まれ変わる。

学校は出たわ、早死にしたわ、てなことになったらどないするんや。勉強なんか出来ん
でもかめへんのや。アホでもええ、根性なしでもええ。大きいにさえなってくれたら

「量のない質というものを信じない」

若者は自由でなくてはいけないが、もうひとつ、潔癖でなくてはいけない。Teru-m.jpg
『青が散る』

久美子のすべてを許してやろうと思った。我儘も高慢さも、お天気屋な
ところも、俺を石か木みたいに扱ったことも帳消しだ。
『優駿』

風の精の申し子のように速く、嵐みたいに烈しく、名馬となる
天命をたずさえた仔馬でありますように
『優駿』

「説明と描写は別物。説明する文章はできるだけ減らして、
描写による文章を心がけている。」

文章によって抽象化されたものが、読者の中で具象化する。
そんな「水だと思って飲んだら血だった」と感じさせる小説を理想とする。

阪神大震災で被災、心の傷も癒えないままにシルクロードを旅した。
「天山山脈が見えたとき、自分が書きたかったのは人生の
不思議だったんだと改めて感じた。

生前に水上勉さんが「宮本という山には(小説のモチーフとなる)たくさんの木が
生えているんだ」と言ってくれたことがある。「水上さんこそ多いでしょう」と言ったら、
「おれはだいぶ切り倒してきた。君は若いからこれからも生える」と笑っておられた。
(自分の人生を振り返ってみたら)木の多さは確かにそうかもしれないと思う」

『どんな人と出会うかは、その人の命の器次第なのだ』

運の悪い人は、運の悪い人と出会ってつながり合っていく。
へんくつな人はへんくつな人と親しんでいく。心根の清らかな人は心根の清らかな人と、
山師は山師と出会い、そしてつながり合っていく。

「別れようが別れまいが、親子は親子やないか」2009.04.06朝日-p.jpg
仕事がうまくいかなかったり、病気になったり、生きていく上で思い通り
にならないことは多い。心が弱ったとき、ぼくの小説を読んで、もう一踏
ん張りするかと感じてもらえたら、作家として幸せに思う。

この世の中には、「不思議」という言葉を使う以外、いかなる適当な言葉
も当てはまらない事柄が無限にある。
『ドナウの旅人』

恋人同士であれ、夫婦であれ、友人であれ、いったい誰がいつもいつも
相手の求めるものに応じられるだろう。
『ドナウの旅人』

「賢過ぎる女も、それに愚か過ぎる女も、人生を劇のように生きられないわ」
『ドナウの旅人』

「冗談てのはねぇ、相手が笑って初めて冗談と言えるんだ。」
『ドナウの旅人』

「女って、ええい、どうなとなりやがれって覚悟しちゃわなきゃ、どんな男と
だって結婚出来やしないわ。先のことなんて誰にも判らないんだもの。」
『ドナウの旅人』

「何も知らない人間は、ときに何でも知ってる人間と同じ行動に走ったりするもんさ」
『ドナウの旅人』

ローソクが電灯に変わり、馬車が自動車に変わっただけではないか。同じような
喜怒哀楽の独楽の上で生き、そして死んでいくのだ。
『ドナウの旅人』

結局は家に帰るしかない。自分のすみかってのは、そんなに簡単に捨てきれるもんじゃない。
あっちこっちほっつき歩いて、気がついたら家のベッドに寝てる。そんなもんさ。
『ドナウの旅人』

人生において大切なことは、簡単な言葉でしか表現できません。
難解な言葉で説明する人は、結局わかってないんです。

恐らく人間とは、一つの欠点の消滅によって新しい美徳が生じるというのではない。
欠点は欠点のままに、その人のちょっとした心の作動によって美徳に生まれ変わる。

人間には、勇気はあるけど辛抱が足らんというやつがいてる。
希望だけで勇気のないやつがおる。
勇気も希望も誰にも負けんくらい持ってるくせに、すぐにあきらめてしまうやつもおる。
辛抱ばっかりで人生何も挑戦せんままに終わってしまうやつも多い。
勇気、希望、忍耐。この三つを抱きつづけたやつだけが、自分の山を上りきれる。
『春の夢』親父の遺言

自分のためだけに生き、人のために生きたことがない……。そんな人間が寂しいのはあたりまえだ……。
『人間の幸福』260P

「人間から誇りってものを奪っちゃいけない。どんな人間にも誇りってものがあるんだ。それを奪うのは、
命を奪うのとおんなじだ。でも、誇りってのは、少しでも正義をおこなわない人間には無縁のものなんだ。
娘の心臓が止まったとき、俺、娘に、ありがとう、ありがとうって言ったよ。俺たちの娘として生まれてくれて
、ありがとうって……」『人間の幸福』481P

「今の貴方は魔が差しているだけなんだよ!魔は人間としての生命力が 落ちている時につけいるんだよ!」
『草原の椅子』

「私は今は一番幸せだ。所願満足という言葉があるが私は自分にそのような
境遇が与えられるとは想像もしなかった。…それにしても世の中というものは、
なんと奇妙な因縁に満ちていることだろう」
『胸の香り』

「・・・それらしい口実をもうけてるけど、すべては、利権。政治家や企業や
そのおこぼれにあずかろうっていう一部の庶民の利権のために、何千年もかかって
出来上がった大自然の途方もない恵みが水泡に帰してしまう。・・・」
『焚き火の終わり』

「勝ったのはだれでもない、博正という青年の祈りにすべてがひれ伏したのだ」
『優駿』

「ひとこと……。そう、ひとことなのだ。ひとことで、……なんと、おぼつかない生き物であろう。」
『避暑地の猫』

人は嫉妬する生き物なのよ。どこで誰が何を理由に、一人の人間に嫉妬のTeru-post.jpg
心を抱いているかわかったもんじゃない。人間が抱く嫉妬のなかで最も
暗くて陰湿なのは、対象となる人間の正しさや立派さに対してなの。
『骸骨ビルの庭』

われわれは他者の人生に意味を与えることはできません。われわれが
彼に与えることのできるもの、人生の旅の餞として彼に与えることの
できるもの、それはただひとつ、実例、つまりわれわれのまるごとの
存在という実例だけであります。
『骸骨ビルの庭(上)』

どんな魔法使いになるよりも、「人を幸福にする力」を持った人間に
なりたいと、子供がお伽噺を夢想するのと同じ気持ちで……、
『骸骨ビルの庭(上)』

「人徳というよりも、福徳やなァ。不思議な福徳を持ったお方なんやろ。
 どんな人生をおくってきはったお方や?」
『骸骨ビルの庭』上巻 P252

「魔だらけでっせ。自分のなかにも、周りにも。この魔っちゅうやつは、
うまいこと隠れてまんねや。この魔め、みつけたぞ、お前の思いどおりに
されてたまるかい、かかってこいって大声で言うたったら、きっと勝てまっせ」
『草原の椅子上』

「人情のかけらもないものは、どんなに理屈が通ってても正義やおまへん」
『草原の椅子上70頁』

「人間も組織も、生命力が弱くなると、見栄とか虚栄心とか対面にこだわるようになる」
『草原の椅子上120頁』

「強気でなければできない退却というものがあるのだ。強気にならなければ掲げられない白旗があるのだ」
『草原の椅子上206頁』

「どこで生まれて、どんな学校を出て、どんな仕事をしているかなんて、どうでもいい。つきあううちに、
そのようなことは自ずとわかっていく。大切なのは、その人間の品性や心根であって、これだけは偽りがきかない」
『草原の椅子下139頁』

人生の大事に対して、結局は感情で対処した人間は、所詮、それだけの人間でしかないんや」
『草原の椅子下255−6頁』

日本人は、いつのまにか、畏敬の念というものを失ってしまったような気がする。
あらゆるものに対して、畏敬の念を忘れた。この自分もそうかもしれない。死の砂漠に立って、
果てしない風紋を見れば、あらゆるものに対しての畏敬の念が蘇えるであろう。
『草原の椅子下』

怖がって生きるのも一生。安心して生きるのも一生。少々、何があろうとも、安心していると
いう修養を、自分もまた努力して己に課さなければならないと憲太郎は思った。
安心しているということは、能天気に油断しているというのとはまったく違う。
物事にかしこく対処し、注意を払い、生きることに努力しながら、しかも根底では安心して
いる……。そういう人間であろうと絶えず己に言い聞かせることだ……。
『草原の椅子下』

世の中がいかに汚れようと、いかにすさもうと、いかに衰退しようと、心根がきれいな
人間がいるかぎり、いつか歪みは正され、失望は希望へと一転する。心根というものが大切なのだ。
『草原の椅子下』

俺には宇宙と同じ力があるのだ・・・・・・。・・・。何が起ころうが、それがどうしたというのだ。
俺は、生き、働き、人間を尊敬し、生きとしいけるものを愛しみ、正しい振る舞いをこころがけて、
与えられた寿命を生きつづけるのだと思ったのだった。すると、怖いものなんか失くなってしまった。
『草原の椅子下』

物事には、正しいやり方と、そうでないやり方とがある。正しいやり方をひたすら繰り返していれば、
いつかそれが自然のうちにできるようになっていく。「正しいやり方を繰り返しなさい」
『草原の椅子下』

「いろんなことがあったが、自分を苦しめたり、いじめたりした人たちを許そうと思った、って……。
えんとくをもってむくいるっていう言葉が中国にあるらしいが、・・・・・できそうな気がした、って」
『草原の椅子下395頁』

確かにこの世には、人間の精を抜いていく病気があるんやと、・・・・・そんな病気にかかった人間の心には、
この曽々木の海の、一瞬のさざ波は、たとえようもない美しいものに映るかも知れへん。・・・・・そやけど、
荒れ狂う曽々木の海の本性を一度でも見たことのある人は、・・・・・暗い冷たい深海の入り口であることに気づいて、
我に返るに違いありません。
『幻の光』

雨でなくても、ちょっとした風でも吹けば散り亡んでしまう満開の桜を、・・・・・眺めていた。
かつてこんなに息を凝らして眺め入ったことはなかった。・・・・・ぽろぽろ、ぽろぽろ減っていく
なまめかしい生きものにも思えるのだった。・・・・・この不思議な夜を、桜とともに起きていようと決めた。
『幻の光、夜桜』

私は慄然たる思いで、いつまでもこうもりを見つめた。それは鋭く黒い目を持つ、鳥とも獣とも
つかない生き物の、醜悪な踊りであり、汗と虚無にまぶされた官能の、無数の飛沫であり、奇怪な
熱情にあやつられるそれらの精魂の、どうしようもないざわめきであった。
『幻の光、こうもり』

私は、作家をこころざしたときから、〈純文学〉という言葉を嫌悪していました。文学に〈純〉も
〈不純〉もない、ただ、いい小説と、よくない小説がある。質の高い小説と、質の低い小説があるだけだ。

どんな教育をしているのか・・・・・「人を裏切るな。他人の物を盗むな、とだけ教育しておる。
梅ノ木にバラは咲かん」
『命の器、瀬音風音』

土曜日のせいか、リスボンの目抜き通り付近には人が多く、密集した石造りの建物の壁に貼りつくように、
靴磨きの少年や新聞売りたちが並んでいる。街灯が、細かく敷きつめた石畳を灰色のさざ波みたいに見せている
一角に、オフィスともアパートとも思えない古ぼけたビルがあった。
『胸の香り さざなみ』

「私の生きた時代は、夢みたいだった。まぎれもなく歪んだ時代でした。しかし、その歪みが、
まっすぐ高く飛ぶために屈んだのだという時代であってもらいたいものです。」
『オレンジの壷(上)』196P&200P 雨宮豪紀の言葉

〈愛〉と〈心〉。いかにも陳腐な言葉。しかし、私たちは、この陳腐な二文字からいつも
 自由になれたことがない……。
『オレンジの壷(下)』169P祖父の日記より

「女は、面倒な生き物だよ。賢い女は、その賢さがわずらわしさの種になるし、馬鹿な女は、
その馬鹿なところが、男にとってはいらいらの種になる。しかも、賢くなければ馬鹿でもない
という女が一番厄介だ。何をするかわからない」
『オレンジの壷(下)』216P祖父の日記、〈鯨〉の台詞より

「現代人には二つのタイプがある。見えるものしか見ないタイプと、見えないものを見ようと努力
するタイプだ。君は後者だ。現場が発しているかすかな情報から見えない全体を読み取りなさい」
『三十光年の星たち』93P

「いやな思い出が、あれはあれで良かったんだ、いい方向へといくために、あのときはひとときの不運に見舞
われたんだ、あの不運や不幸は、のちに大きな幸福のためにあったんだって、はっきりとわかってくるんだ」
『三十光年の星たち』171P佐伯老人の台詞

「どんな手のこんだ魔法も、このひからびた小さな種から芽が出て花が咲き、また次ぎの種を
作ることと比べたら、たいしたことおまへん」
『三十光年の星たち』240P三浦の台詞

「自分を磨く方法を教えるよ」と佐伯は言った。……、……。
「働いて働いて働き抜くんだ。これ以上は働けないってところまでだ。もうひとつある。自分にものを教えて
くれる人に、叱られつづけるんだ。叱られて、叱られて、叱られて、これ以上叱られたら、自分はどうか
なってしまうっていうくらい叱られつづけるんだ。このどっちかだ」
『三十光年の星たち』上255P佐伯の台詞

「物」を見る目と言うのは、人間を見る目でもある。優れた「物」の価値を解せない人は、
「他者」をも粗末になっていくのだ。
『三十光年の星たち』下147P佐伯の台詞

「誰かが、こんなことを言ったよ。……母親が死んだら、子供はそのとき哀しくて泣き暮らす。
父親が死んでも哀しいことに変わりはないが、五年、十年たつごとに、思い出して泣く回数が増える。
父親の死は、人間に、いろんな形の愛情というものを教える……。そんな言葉だったな」
『海辺の扉』上 廃墟のモザイク119P~120P


記述した中には私や読者が感じた名言の他に、メディア記事による名言も含まれております。
名言も名文も、「そうか!」と具現化し、そうとらえることが出来た読者のあなたも素晴らしいと思います。
宮本輝作品を読んであなたが感じた名言・名文をCommentよりTerakenに教えて下さい。宜しくです。



2011年03月02日

お客さんから聞いたトンボの話を調べた。

蜻蛉が勝ち虫と呼ばれる由来!

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トンボは勝ち虫とよばれ縁起物であり、前にしか進まず退かないところから、
「不転退(退くに転ぜず、決して退却をしない)」の精神を表すものとして、
特に武士に喜ばれた。 戦国時代には兜や鎧、箙(えびら)刀の鍔(つば)
などの武具、陣羽織や印籠の装飾に用いられた。
とんぼ柄は現在も風呂敷に、剣道具や竹刀袋の柄として用いられることが多い。

トンボを勝ち虫とする由来は雄略天皇が狩に出かけた際に詠んだ歌。

〔み吉野の 袁牟漏が嶽に 猪鹿伏すと 誰ぞ 大前に奏す やすみしし
 我が大君の 猪鹿待つと 呉座にいまし 白たへの 衣手着そなふ 
 手腓に 虻かきつき その虻を 蜻蛉早咋ひ かくの如 名に負はむと
 そらみつ  倭の国を 蜻蛉島とふ(古事記)〕が元になっている。

素早く飛び回り害虫を捕食し、前進するのみで後退しない攻撃的な姿からともいわれる。

詠んだ歌の翻訳です。

吉野の小牟婁(おむろ)の岳に、獣が隠れていると、俺の大前に申す者は誰だ。
そこで大王である俺様は狩に出かけ、獲物が現れるのを待とうと、
呉座にお座りになっていた。
すると、白い袖で覆われた腕の筋肉に、虻が食いついた。
その虻を、蜻蛉がさっと来て食った。
こんなふうに、蜻蛉が自分の名を立てようと俺に奉仕してくれた、
だから大和の国を蜻蛉(あきつ)島と言うのだ。

というものです。これが「蜻蛉=勝虫」の由来になるのですが、
これはつまり雄略天皇が戦に出たとき蜻蛉に窮地を救われたことを暗示する歌です。 
蜻蛉が何者なのか?は不明ですが、その事を喜んだ雄略天皇は秋津国を与えます。
その戦勝の故事からちなんだものです。

ちなみに、トンボは害虫を食べる肉食性の昆虫ですので、五穀豊穣を
願ったものであるともされていますが、古代の銅剣の紋様なのにも
使われていることから、戦説の方が強いと思われます。

この勝ち虫(トンボ)を陶芸作品にデザインする。あるいはモチーフに
する陶芸作家が居ると言う話から、勝ち虫の由来を知る事が出来ました。


 
タグ:蜻蛉 勝ち虫
posted by てらけん at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | マスターの日記 | 更新情報をチェックする